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十、標(しるべ)
傷が癒え、魔力も満ちた魔族達は、人間への反転攻勢を実行し始めた。
新たに進行拠点を作り、そこに小さいながらも砦を建てた。
森の境界で、人間の決めた国境の外側ではあるが、中継地点として必要だった。
以前は一方的に急襲され、この辺りからはすぐに引いたせいで作れなかった砦。
なぜか勇者一行にそのほとんどを任せ、森の占拠までしなかった人間達。
人員が不足しているのか、それとも余裕なのか、それは分からない。
イザにも、その実態は分からなかった。
王都にどの規模の兵が居て、どのくらいの戦力なのか。
だが、単体でなら勇者一行を殺せる実力者は居る。
勇者であるリーツォはイザが殺したが、戦士ガルンは人間が殺した。
二人は単体攻撃に特化していたが、リーツォは範囲魔法も使えるし、ガルンに至ってはその怪力で薙ぎ払えるだけの実力はある。
そのガルンが、娼館で油断していたと言っても殺されたのだ。
だから、油断できない上に戦力未知数という、何とも面倒な戦争になりそうだった。
**
良い報告が上がった。
国境周辺を巡回していた王国兵六人を、瞬く間に倒したという。
魔族は二人一組、相手は全員が馬に乗り、警らしていた。
開けた平野部であったのに、数キロほど離れていたとはいえ、人間達は二人に気付きもしなかったらしい。
遠距離からの魔法攻撃で一撃、それでその六人と馬は死んだ。
放ったのは、速度重視の電撃系魔法だった。
空気中では威力の維持と伝達が難しいが、それでも一撃で六人が全滅。
それは、倒した人数よりも威力の高さを祝うべき報告だった。
確実に魔力は高まっているし、その扱いも上手くなっているからだ。
それを成し遂げた魔族はどちらかというと魔法は苦手で、電撃で牽制をし続けながら、バディが得意としていた炎系魔法で止めを刺す手はずだったと言う。
ならば、そのもう一人の魔法の威力は、どれほどだっただろうか。
幸先が良い。
だが、イザは満足しなかった。
「もっと私を抱きなさい。もっと深く愛しなさい」
少し、彼女はやつれて見えた。
それは、毎日のように抱きにくる魔族達全員が思っていた。
これだけ皆で精を注いでも、魔玉はそれ以上に、イザの精を吸い上げているのではないだろうかと。
最近では、イザを失うわけにはいかないと、そう考える魔族がほとんどになった。
「精が足りませんか? それとも、連日連夜でお疲れなのでは?」
一人がイザを気遣った。
皆を代表して。
だが、イザは首を横に振る。
「不足はないけど、深さが足りない。想いを、念を、もっと込めなさい」
魔玉が求めているのは、精よりもむしろ、想いが持つ力だ。
イザはそう感じていた。
熱を感じるほど、体の中で力が満たされる。
それをもっと欲しいのだ。
一人二人のものでは、結局皆に分散されてしまう。
そうではなくて、皆が同じくらいに深く愛をもってすれば、皆がもっと強くなれるのだ。
そのじれったさが、イザを疲れさせていた。
なぜ分からない。
なぜ伝わらない。
お前達魔族の力を、底上げしてやっているというのに。
それが、彼女を少しやつれさせている。
「私に匹敵する力を、持てるはずなのに」
そう告げると、イザは一度、前線に出る事を決めた。
「……私が出ます。魔道の何たるか、力とはどういうものか、それを見せてあげる」
**
兵が六人殺された事で、もっと警戒されるとイザは思っていた。
何なら、森の境に建てた砦を落としに来るほどに。
しかし、何の警戒もされていないように見える。
――そう思っている時だった。
砦の最上部で遠見の魔法で王都を見ていると、土煙を上げてこちらに集団が向かって来るのが見えた。
街から出ると一直線に、こちらに向かって来ている。
イザは笑みをこぼし、そして魔力をその手に集中させた。
「よく見ておきなさい。範囲魔法と、遠距離魔法を完全な状態で融合させたこの力を。そしてこの程度、何人もが出来てくれないと困るのです」
なおも増幅する魔力は、やがて光を伴った。
絶望の黒い光。
これを見たことのある魔族は居なかった。
むろん、人間達も。
夜の闇であれば、誰も視認出来ないだろう。
この昼の明るい時だからこそ、黒い光というものを見る事が出来る。
イザが連れた三十の魔族達は、それを見て恐怖した。
そしてその後に、これが味方であるのだという安堵。
「この闇こそ我が怒り。静寂の後に焼き尽くす。汝ら、消えぬ残火の絶望を知れ――」
イザは両手を高く掲げ、その膨れ上がった魔力を収縮させていく。
その拍子に、巻き付けていた布がはだけて落ちた。
白く美しい肢体が露わになり、漆黒の魔力と対を成している。
「――落ちよ、黒き太陽」
それは最初、単に、黒い魔力が彼方へと飛んだだけに見えた。
少なくとも五百はくだらない数の、人間の騎兵達の上に。
玉のような、しかし実態のない黒い光は、スッと地面へと落ちていった。
そして――音が消えた。
土煙を上げて進み来る人間達の、その馬が蹴る地面の音が、聞こえてきていたはずだった。
それが消えた。
いや、それらの姿そのものも、消えたのだ。
黒い光が水平に広がり、一瞬で彼らを飲み込んだ。
それは、上空から見れば黒い巨大なレンズのように、中央ほど膨らんで見えただろう。
だが、その中は阿鼻叫喚の地獄と化していた。
想像を絶する熱が、じわじわと彼らを蝕んでいく。
それは徐々に温度を上げていき、最終的には、一万度に近い熱をその一帯に残していた。
やがて黒い光のレンズは形を変え、ゆらゆらと地面を舐める炎の姿となった。
約一万度の、黒い炎。
それがまさしく残火となり、消えずに残り続けている。
「これが、力よ。皆にも、このくらい出来てもらわないと。だから、もっと私を愛しなさい」
そうすれば、人間など敵ではないのだから。
そう言いかけて、イザは倒れた。
近くにいた男達が咄嗟に抱えはしたものの。
まだ、これだけの魔力を使うと一度きりになってしまう。
それでは、完全な勝利を得る事が出来ないのだ。
それらを伝えるべく、イザは少し無理をした。
ひとたび帰還し、魔王城で休養を取らざるを得なくなった。
だが、その空白の時間は無駄ではなく、今後の魔族達への標となる。
イザはそれを確信したのか、運ばれる馬車の中で、微笑んでいた。