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玄関まで急いで走り、ドアを開けようとする。
押しても開かない。
何故?今度は自宅に閉じ込められるのか?
外から強い力で押されているようで、いくら外に出たくてもドアが開かない。
とにかく外の様子が知りたい。
私は2階の自室に向かった。
そして窓を開けた。
やっぱり。。
外を開けると、どす黒い色をしたタールのような波がものすごい勢いで押し寄せてきていた。
次から次へと大きな波が押し寄せてくるのが見える。
津波だ。
下を見ると我が家の一階部分はもう水に浸かっていた。
だから出られなかったのか。
時期に二階もあの恐ろしい黒い波に飲み込まれるだろう。
外に出る方法は。
しかし、私はこの世界では死なない。
そんな確信が出来始めていた。
今までだって銃弾に当たろうが生き返っている。
「たぶん大丈夫だろう」
私は二階の窓から勢いよく、外に出来た黒い海に向かって飛び込んだ。
水の中だが寒くはない。
ただ街一面に黒黒とした永遠にどこまでも広がっているかのような海が恐ろしい。
これが津波なのか。
人は経験しないとわからないもの。
どこかで起きる災害や津波に「怖いね」「気の毒に」なんて口では言ってみても、当事者たちの感情なんて理解できていなかった。
助け合いましょう、なんて言ってみても何処か他人事だったのだ。
あの大震災で津波にのまれた人達は、どんなに恐ろしかったことだろう。
しかし、゛この世界゛では津波の中でも苦しいと感じることはなかった。
流れるプールのようでむしろワクワクさえ感じた。
不謹慎。
夢の中ですら、今の日本人に言われそうなことだ。
綺麗事で繕わなければすぐにSNSで叩かれる。
「みんな、常識を持って行動しよう!」
そんな風にSNSに革命家気取りでつぶやく貴方の常識の物差しが怖い。
自分が正しいと思っても正論を他者にぶつけるのは、もはや革命軍ではなく過激派だ。
なんて、どうでも良いことを考えながら私は黒い海の流れに身を任せる。
「春奈、春奈に会うためには…」
娘に会うためには…
何となく答えは出ていた。
やはり、あの不気味な女がいる工場。
あそこにまた向かわなければいけないのだと。
すると、おあつらえ向きにあの巨大な工場が見えてきた。
後ろにできた大きな活火山も見えた。
流れるマグマと黒い海が交わる部分、平和ボケした私には今まで見ることなかった恐ろしい光景。
゛死゛を身近に感じる光景。
流されながら巨大工場に近付くと、不思議と工場の周りだけは水に浸かることもなく綺麗なままだ。
工場を避けるように黒い海が流れていく。
私は中に入り、エレベーターでいつものオフィスへ向かった。
昨日、レーザーに倒れたはずの彼もデスクに座っていた。
やはり彼も死んではいない。
不気味な黒服の女も健在だ。
たぶん彼女がこの世界のカギを握っている気がする。
彼女を不快にさせるようなことをすれば
死ぬ。
今日は注意して行動しよう。
今日は何の仕事をするのだろう。
私は段ボールが配られるのを静かに待った。
しかし、今日は段ボールなんかでは済まなかった。
「この者たちの手当てを」
黒服の女が言う。
手当て?
すると部屋にゾロゾロと怪我人が担架で運ばれてきた。
運ばれてきたのは負傷した兵士のようだった。
え、何故日本に兵士がいる?
しかし彼らは皆、白人のようだった。
傷の痛みにうめいて何かを言っているが、言語がわからない。
しかも手当てって…看護師でもない素人の私に出来るはずないじゃないか。
しかし、そんな事を言ったら黒服の女の思うツボだ。
すぐに消される。
とにかく、この人達を助けなければいけないのだ。
そんな中、いつも隣のデスクに座る女性がテキパキと怪我した兵士に包帯を巻いたりしていた。
「あの、やり方教えてくれませんか?」
勇気を出して聞いてみた。
彼女は優しく言った。
「あなたは皆に鎮痛剤を飲ませてあげて?
堀さん!」
堀さんと呼ばれたのは、あの黒服の女の直属の部下のようなバスの運転手もしていた初老の男性だった。
堀さんと言うのか。
堀さんが救命道具セットのようなものを台車に積んでガラガラと運んでくる。
「これが鎮痛剤」
堀さんが言う。
兵士たちの痛みに耐えるなんともいえないうめき声がオフィスにこだまする。
断末魔。
阿鼻叫喚とはこのことだ。
とりあえず痛み止めを飲ませるのだ。
私はペットボトルの水と薬を持って、恐る恐る兵士に近付く。
体中血だらけで、片腕がない兵士。
テレビでは見たことがあるが現実は悲惨過ぎる。
その兵士が必死に、ペットボトルのほうを指差す。
あっ、水が飲みたいのか。
私はペットボトルの蓋を開け、兵士の口元に近付ける。
少しだけ水を飲むと彼が何か言った。
「スパシーバ…」
そう聞こえた気がした。
確かロシア語で「ありがとう」の意だった気がする。
それだけ言うと彼は眠ってしまった。
たぶん永遠の。
永遠の眠りについたのだ…。