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荒木羽理は母子家庭で、何となく自分と似た境遇を持った女性だと言う思いもあったから、岳斗の中では特別な存在だったのだ。
まぁ今となってはそれも妙な執着の仕方だったなと思えるから不思議なのだが。
(僕は荒木さんのことを好きだとか言いながら、実際は彼女の境遇に自分を重ねるばかりで、荒木さん自身のことをちゃんと見られていなかったのかも知れないな)
目の前の屋久蓑大葉よりよっぽど……自分の方が荒木羽理とは接点があったはずだ。なのに、気が付けばポッと出の大葉にあっさりと彼女を掻っ攫われてしまっていたのはきっと、そこら辺に敗因があるんだろう。
「社内での女性人気・男性人気ともにナンバーワンのキミからそんなことを言われても説得力ないんだが」
「好かれたい人を落とせない僕の人気なんて、意味がないと思いますけど?」
「それは……キミが本気で羽理と向き合おうとしなかったからだろう?」
さらりと痛いところを突いてくる大葉に、岳斗は「おっしゃる通りです」と吐息を落とした。
そうしてそれを言うならばきっと……今だってそう。
気付かれないよう屋久蓑大葉をちらりと窺い見た岳斗は(いや、何考えてるんだ僕!)と自分の気持ちを否定する。
そもそも岳斗はいたってノーマルなはずなのだ。断じて屋久蓑大葉に恋心なんて抱いていない――と思いたい。
***
「社長から言われたんだが……キミが俺と社長の関係を知ったのって……」
「貴方が財務経理課長に昇進した頃です」
今から倍相岳斗に話す内容を考えると、彼が本当に自分の味方かどうかを見極めるのは必須事項に思えて。
鎌をかける形で聞き出すことも考えた大葉だったが、先ほど倍相の方から自分と社長が縁戚にあることを随分前から知っていると聞かされたことを思い出して、真っ向勝負でいこうと気持ちを切り替えた。
案の定、大葉が話し始めたのに被せるように倍相の方からあっさり打ち明けてくれて……逆に反応が遅れてしまう。
「……それって」
「たまたま入った喫茶店で、社長と大葉さんのお姉さま方が〝たいちゃん〟とやらの昇進を祝う話をなさっているのを聞いてしまったことがあるんです」
最初は〝たいちゃん〟と屋久蓑大葉が同一人物だとは気付かずに聞いていたのだと、倍相が吐息を落とした。
だが話を聞くうちにピンと来たのだと言う。
「僕は……ちょっと前まで仕事が出来て部下からの信頼も厚いあなたのことが大嫌いでした。だから……」
「あることないこと噂を流した?」
「はい」
社長である恵介伯父からは何となくそんな気がすると聞かされていた大葉だったけれど、実際に目の前で倍相本人から「そうだ」と認められると結構くるものがあるなと思ってしまった。
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