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富来 えび
302
富来 えび
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川越城
伝令兵が慌ただしく駆け込んでくる。
「申し上げます!
里見勢が北条水軍と相模湾にて二度の衝突!
里見勢が勝利を収め、
梶原景時を捕虜にしたとの知らせが入りました!
息を合わせるため、里見勢は四日後に包囲を始めるとのことです!」
長野業正は報告を聞くと、すぐに頷いた。
「そうか……。
すぐ方円殿にも知らせてくれ」
「はっ!
では失礼いたします!」
伝令兵は一礼すると、急いで部屋を後にした。
スタスタ
長野業正は、しばし考え込む。
「梶原景時を捕らえたことはかなり大きい……!」
長尾景虎が顔を上げる。
「梶原景時……という方は、
それほどの人物なのですかな?」
「ええ。
以前少しだけ耳に挟んだだけですが、
大きく揺れる船でも平然と立ち、
矢をまとめて放ち、槍の腕も恐ろしいとか」
長野業正がそう答えると、
景虎は少し楽しそうに笑った。
「ほう……。
某が相手できなかったことが、悔しいですな。 はっはっは!」
その様子を見ていた長尾政景も笑う。
「敵ながら見事というほかありませんな。
はっはっはっはっは!」
(良かった。
以前の御館様に戻りつつあるな)
ーーーーーー
一日後――
甲斐国 岩殿城
伝令兵が岩殿城へ駆け込んでくる。
「申し上げます!
里見勢より報せが…(ry。
…息を合わせるため、
三日後に包囲を始める予定とのことです!」
方円は報告を聞くと、穏やかに頷いた。
「報告ご苦労。
向こうの部屋へ。
簡単な食事を用意している。
少し休まれよ」
「はっ!
ありがたき幸せ。
いただきます!」
伝令兵は深々と頭を下げ、
用意された部屋へ向かっていった。
スタスタ
その様子を見送っていた成田長泰が口を開く。
「梶原景時が捕虜か……。
あの海の怪物がのお……」
方円が首を傾げる。
「怪物……???」
成田長泰は少し苦笑した。
「それがしは少し前まで、
仕方なく北条に従っておったゆえ、
何度か拝見しております。
そのため、やつの強さは良く知っております。
陸の北条綱成、
海の 梶原景時、
影の風魔小太郎。
この三強だと、それがしは勝手に思っております」
「ほう……。
その三本の矢の一つを折ることができた。
そういうことですね」
「ほう……笑
三本の矢に例えるとは……。
やはり方円殿についてきてようございました」
そこへ、山中訓練を終えた成田兵が
ヘロヘロになりながら戻ってくる。
「はぁ……はぁ……。
山中訓練、終えてきました……」
方円は兵の様子を見ると、
すぐに声をかける。
「お疲れのようですわね。
食事を用意しておりますから、
食べて休んでください」
「ありがとうございます……」
ーーーーーー
しばらくして――
むしゃむしゃ
ガツガツ
「庶民的だが、なかなかいけるな!」
成田兵は夢中で食事を口に運ぶ。
「しかし、里見殿もやりますな!」
そこへ先ほどの伝令兵が。
「ええ。 某も聞いた時は耳を疑いました」
湯漬けと茶を流し込むと、
伝令兵は立ち上がる。
「では、佐竹様のところへ帰らねばならぬゆえ、
ここで失礼いたす!」
「お気をつけて」
「はっ!」
バタバタバタ
伝令兵が去っていく。
その横では、元山賊の頭も
黙々と食事を続けていた。
「美味い……。 ご馳走だ」
ガツガツ
「うめえよお。
こんな食事、久しぶりに取ったぜ」
下っ端たちも湯漬けや漬物を頬張る。
「甲斐国は地獄と聞いていたが……。
これがご馳走とは……。
本当に地獄なのだな……」
成田兵が苦笑しながら、
元山賊たちへ声をかける。
「もし戦が終わったら、
また成田領に来てくれ。
成田様に頼んで、
本当のご馳走を振る舞おう」
「本当か!?
なら何がなんでも生きて帰らなきゃな!」
元山賊の頭も頷く。
「そうだな。
絶対に死ぬなとは言えんが……
なるべく死ぬなよ」
ガツガツガツガツ
「おう!」
むしゃむしゃ
成田兵は、その食べっぷりを眺める。
「美味そうに食べるなあ、本当に……」
そこへ成田長泰が部屋へ入ってくる。
「某も頂こう」
成田長泰も腰を下ろし、
同じ食事を口にする。
「美味しゅうござる」
方円が申し訳なさそうに口を開いた。
「本当はもう少し、
もてなしのために食事を用意したかったのですが……」
成田長泰は食事を続けながら答える。
「甲斐は飢饉が多いと聞いております」
モグモグ……
「それなのに、
我らのためにできる限りの食事を用意してくださったのです」
モグモグ……
「それに我らは突然来た身。
感謝はすれど、
文句を言う資格はございますまい」
モグモグ……
(民と同じ食事を取るのも悪くないな。
戦が終わったら、たまに家でもやるか)
ーーーーーー
そのころ――
相模 小田原城
伝令兵が、青ざめた顔で駆け込んでくる。
「た……大変……
申し上げにくい……のですが……」
北条幻庵が静かに顔を上げる。
「構わん。
言ってもらえねば、状況がわからぬからの」
「梶原景時様が……
里見義堯に敗れ、捕虜となりました」
「なにっ……!」
北条氏康の顔が強張る。
「あ……あの梶原が……」
多目元忠も驚きを隠せない。
「何たることだ……」
伝令兵は続ける。
「命を張った一人の里見兵により、
片腕を負傷したのです。
そこから追い込まれ、
逆転を狙った一騎打ちを梶原様は
里見義堯に仕掛け、行いました。
お互いにほぼ互角で、
かなりの名勝負だったと聞いております。
しかし、やはり片腕だけでは……。
兵もかなり失いました。
里見勢も少しは減らしましたが……」
「そうか……。
ご苦労……」
氏康は静かに相模湾の方角へ目を向ける。
そして、両手を合わせた。
「…………」
幻庵も悔しそうに拳を握る。
「くっ……。
本当に何たることだ……」
多目元忠が呟く。
「梶原景時を負傷させるとは……。
命と引き換えとはいえ、
その兵も……実は怪物だったのでは……?」
氏政が静かに答える。
「死を覚悟した最後の力ってやつじゃない。
覚悟した兵の力は、
馬鹿にできないからね……」
「…………」
ーーーーーーーー
三日後――
小田原城。
兵が慌ただしく駆け込んでくる。
「申し上げます!」
一同が一斉に振り向く。
「小田原城へ、
三方向から軍勢が迫ってきております!」
氏康は、ついに来たかと
静かに目を細めた。
「ついに来たか……。
綱成はいるか?」
「おう、義兄者!
いるぜ!!」
北条綱成が勢いよく姿を現す。
「梶原景時の借りを返してやる。
……できるよな?」
「こ・た・ろ・う」
そして――
思いっきり背中を叩く。
バシッ!!
「はっ!
綱成殿、気合い入れ大変ありがたい!
氏康様以前の失態、
命を懸けて必ず晴らさせていただく!」
小太郎は気合いを入れ直す。
氏康はすぐに配置を確認する。
「では、ここをこうして……。
わしはここを担当するゆえ」
「おう……任された!」
小太郎も配置につく。
こうして――
ついに包囲が始まった。
小田原城を囲む三つの軍勢。
北の岩殿からは武田勢。
川越城からは長尾・上杉勢。
そして海からは里見・佐竹勢。
北条を支えていた者たちは、
一人、また一人と離れていった。
相模に――
大きな嵐が巻き起ころうとしていた。
コメント
1件
読み終えました!里見勢が梶原景時を捕らえたという知らせ、めちゃくちゃ大きいですね。三本の矢の一つを折ったって表現がすごくしっくりきました。それに長尾景虎が「惜しい」と笑うところ、本当に元気を取り戻した感じがして、胸が熱くなりました。北条側の動揺も丁寧に描かれていて、次がいよいよ包囲戦本番…緊張してきます!