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「博人。お前、最悪やな」
ふいに声が上がったのでぎょっとして振り返ると、処置室から出てきた原口医師が立っていた。
「聞いてた?」思わずバツの悪い顔を見せた。
「あんな大声で喋ってたら、嫌でも聞こえるぞ。どういう見解で間男のお前がエラソーに相手の旦那に説教するんや」
「いや、なんか勢いで……」
「今回の件はどう考えてもお前のせいや。どうせ駆け落ち失敗して、旦那に見つかって修羅場になったんやろ」
千里眼でもあるのか――俺の顔色から読み取ったらしく、原口医師がため息をついた。
「はー。夜中に押しかけて来て、ほんま迷惑なヤツ。浮気くらいもっとうまくやらんかい」
「浮気じゃなくて本気」
「余計悪いわ」
「面目ない…迷惑かけて悪かった。それより、律はどうなった!?」
「大丈夫や。とりあえずこのお嬢さん、刺されたショックで気ぃ失ってただけや。オモチャみたいなナイフやから、そんなに深くは刺さらんかったのが幸いやったな。それでも傷はついてるから縫っておいた。麻酔が切れて目を覚ましたら連れて帰れってくれ」
「え、いや…連れて帰って大丈夫?」
「傷口は痛むと思う。情けで痛み止めと炎症止めは処方してやるから。火遊びの代償やと思えってお嬢さんに言うといてくれ」
火遊びじゃないと反論できないので黙っておいた。
「ありがとう。通院する時は面倒見てくれるか?」
「高くつくで。貸しにしておいてやるから、お前の人脈を頼る時は連絡するから、この借りはきっちり返してもらう」
「わかった。約束する。出来る限りのことはするから」
「よし、商談成立や。お嬢さんが起きて動けるようになったら連れて帰ってくれ。オートロックやから鍵の心配はしなくていい。儂は寝る」
ニコリともせず無情に言われ、原口医師が欠伸をして奥の自宅がある方へ去って行った。処置室へ急いでいくと白いベッドの上で律が眠っていた。
血を流していた時は青白い顔だったけれど、彼が適切な処置をしてくれたおかげで今は頬に赤みがさしている。
「良かった……」
律の手を握りしめた。温かい。生きている。
俺は、どうしてこんなに大切なことに気が付かなかったんだろう。
愛する人が自分の傍にいなくても、たとえ遠く離れた空の下でも、生きて幸せに暮らしているだけで心が満たされるということに。
強く手を握って律の寝顔を見つめた。いつまでもこうしていたい。叶うならふたりで――律との未来を想像しかけて静かに首を振った。
俺にはもう彼女を愛していく資格はない。結果、彼女をこんな風に傷つけてしまい、何の罪もない旦那に一生残る傷と罪を背負わせてしまった。俺の罪は深い。
彼女の掌に口づけを落とした。
愛しい女性(ひと)。
俺の全てを懸けて愛していると伝えたい、この世でただひとりの愛しい女性(ひと)。
傍にいることは叶わない。彼女の幸せを願うなら俺は――