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焚き火の音だけが、夜の森に小さく響いていた。
ノアは、膝を抱えるようにして座りながら、炎の揺れをぼんやりと見つめていた。
向かい側には、倒木に腰掛けたカイがいる。少し顔色が悪く、呼吸も浅い。それでも彼は、いつものように穏やかな笑みを浮かべていた。
「なあ、ノア」
その声は、やけに優しかった。
「旅が終わったらさ……海、見に行こうぜ」
ノアは一瞬だけ目を伏せ、それから小さく頷いた。
「……うん。約束」
その言葉に、カイはくしゃっと笑った。
「約束、な」
焚き火がぱちりと弾けた、その瞬間だった。
森の奥から、冷たい気配が流れ込んできた。
空気が、重くなる。
ノアは即座に立ち上がり、剣に手をかけた。
「……来る」
言い終わるより早く、黒い靄のようなものが木々の間を走り抜けた。
次の瞬間、強烈な衝撃がノアの身体を吹き飛ばす。
「っ……!」
地面を転がり、体勢を立て直したときには、もう遅かった。
「……カイ?」
焚き火のそばに、彼は倒れていた。
ノアは駆け寄り、必死に彼の身体を抱き起こす。
「ねえ……カイ……?
やめて、冗談でしょ……?」
カイの唇は、わずかに紫色に変わっていた。
呼吸は浅く、鼓動は弱い。
ノアは震える手で、自分の異能力を発動しようとする。
光が生まれかけて、すぐに消えた。
「なんで……なんで……!」
「私、まだ……何も……!」
カイは、かすかに目を開いた。
「……ノア……」
その声は、風に消えそうなくらい小さかった。
「……生きろ……」
ノアは、首を振る。
「やだ……やだよ……!
一緒に、行くって……言ったじゃん……!」
カイは、もう笑えなかった。
ただ、ノアの頬にそっと手を伸ばして——
そのまま、力なく落ちた。
焚き火が、ぱち……と音を立てる。
ノアの喉から、声にならない音がこぼれた。
⸻
二年後。
ノアは、ひとりで荒野を歩いていた。
風に揺れるフードの下、表情はほとんど動かない。
魔物が道を塞ぐと、彼女は迷いなく剣を抜き、一瞬で斬り伏せた。
返り血すら、気に留めない。
(……二年)
あの日から、ずっと。
行き先は決めていない。
目的地もない。
ただ——
(あの人を殺した誰かに、会うために)
町に辿り着いたノアは、掲示板の前で足を止めた。
「黒い毒で殺された商人」
「謎の魔法使いの目撃情報」
その文字を見た瞬間、胸の奥が、ひりついた。
「……似てる」
酒場に入ると、情報を集めるために男たちの話に耳を傾ける。
だが、すぐに不躾な視線と、嫌な笑い声が向けられた。
「おい嬢ちゃん、一人旅か?」
「危ないぞ〜?」
ノアは無視して立ち上がろうとした、その時。
「その子、俺の連れなんで」
低い声が割って入った。
フードを被った青年が、ノアの隣に立っていた。
黒い髪、鋭い目つき。でも、どこか優しげな雰囲気。
男たちは舌打ちしながら去っていく。
外に出ると、ノアは冷たく言った。
「……助けてって言ってない」
青年は、肩をすくめる。
「言わなくても分かること、あるだろ」
「……誰」
「レイヴン。
あんた、“黒い霧みたいな魔法”使う奴、探してるだろ?」
ノアの目が、わずかに見開かれた。
「……どうして、それを」
「俺も追ってる。
理由は……まあ、人探しみたいなもんだ」
その夜、ノアは町外れの診療所で怪我の手当てを受けていた。
「……その目」
包帯を巻きながら、女性が言う。
「ずっと眠れてないでしょ」
アイリスと名乗ったその人は、穏やかな声だった。
「誰か、失った?」
ノアは、少しだけ間を置いてから答えた。
「……うん」
アイリスは、それ以上何も聞かずに、包帯を巻き直す。
「無理しないこと。
それだけ、約束して」
ノアは、小さく目を伏せた。
翌日、町の外で魔物に襲われた子供を、三人で助けた。
ノアの剣。
レイヴンの素早い動き。
アイリスの回復魔法。
不思議なくらい、息が合った。
戦闘後、レイヴンが言う。
「なあノア。
目的地、一緒に行かないか」
「……どうして?」
「その顔で一人旅は、危なっかしい」
アイリスも頷く。
「私も同行する。
放っておけないの」
ノアは、しばらく黙っていた。
「……好きにすれば」
夜。
焚き火の前で、ノアは小さな指輪を見つめていた。
(約束なんて、してなかった)
(それでも私は、あの日から歩いてる)
(あの人に会うためじゃない)
(あの人を殺した誰かに、会うために)
少し離れた場所で、レイヴンはその背中を見つめていた。
何か言おうとして——やめる。
炎が揺れる。
その中に、一瞬だけ、カイの笑顔が重なった気がした。