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逃げるは恥だが役にパロディ~いわふか編~
「家事代行は恋の始まりでした」~いわふか編~
目覚ましは鳴らない。鳴らなくていい。俺は社会に必要とされていない、そう、いわゆる「ニート」だからだ。
でも、「自由気ままな自堕落生活」なんていうのは幻想だ。
現実には、朝7時には起きて、白いご飯を炊き、味噌汁を作り、母親の弁当を用意し、ゴミ出しを済ませ、洗濯機を回しながら朝ドラをチラ見する。
「辰哉! 味噌汁の出汁、昨日より薄いじゃない! やり直し!」
キッチンから雷のような声が飛んできた。リビングに座る“鬼の母上”が、味噌汁をひとくち飲んで、バチバチに睨んでくる。俺はため息を飲み込んで、急いで鍋をコンロに戻した。
「え〜でも、昨日は濃いって言ってたじゃん……」
「今日は今日! 昨日は昨日! 何回言わせるの!? あんたが唯一人様の役に立てる家事くらい、まともにやりなさい!」
——これが、俺の朝の日課だ。
ちなみに言っておくが、俺は決して働きたくないわけじゃない。ちゃんと就活もした。…してた。面接にも行った。けど、どこも落ちた。
「深澤さん、ちょっと個性が強すぎますね」とか、「明るすぎてうちの雰囲気に合わないかも」とか、よく分からない理由で。
なんだよ、明るいのがダメって。暗けりゃいいのか?
「……ああ、もう」
味噌汁の味見をして、ちょっとだけ出汁を足す。うん、完璧。多分これで怒られない。多分な。
「辰哉、洗濯機止まってるわよ! 干すのはあんたの仕事でしょ!」
「はーい……」
はーい、って返事はするけど、心の中ではいつも「はいはい地獄地獄」って思ってる。
こうして、俺の“ニートだけど戦力外じゃない”一日は始まるわけだ。
「豚バラ安っ! 100g88円って……これは買いでしょ」
エコバッグを肩に掛け、スーパーの肉売り場で真剣に吟味している俺。お一人様用の小パックを二つ手に取って、脳内で今日の夕飯のメニューを組み立てていると、後ろから低くて聞き覚えのある声がした。
「……深澤?」
一瞬、誰に呼ばれたのか分からなかった。だって、そんな名前、スーパーで呼ばれるような珍しいもんでもないし——と思って振り返ったら、目が合った。
「……えっ」
金髪。黒マスク。スーツ。でかい肩幅。圧のある目。けど、どこか懐かしい雰囲気。
「岩本……照?」
「ああ。やっぱり深澤か」
その瞬間、なんか全身の血が逆流するような、妙な感覚がした。高校以来か? もう何年ぶりだよ。
「うっわ、マジで!? 久しぶりすぎない? なんでこんなとこにいんの?」
「職場が近くて。たまにここで弁当買ってる」
「いや、待って、スーツってことは……えっ、社会人してんの? ちゃんと?」
「してるよ。会社勤め。システム系」
うわー、出た出た、ちゃんと生きてる人だ。俺とは住んでる世界が違う感じ。変わらず無駄にかっこいいし、背も高いし、なんかムカつく……けど、懐かしい。
「お前は? 何してんの、今」
……来た、この質問。就活で100回は聞かれたやつ。でも昔の友達相手に見栄張るのもアホらしいし、変に取り繕うのも嘘くさい。
「ニート。……だけど、家事はできる」
「は?」
「いや、なんかさ、母ちゃんが鬼で。働いてないくせに毎日炊事洗濯掃除全部やらされてて、もう家政夫みたいな生活なんだよ。めちゃくちゃスキルは身についてるけど」
岩本は無表情のまま一瞬黙った後、ぽつりと呟いた。
「……それ、俺の家でやってくれない?」
「……え?」
「一人暮らしなんだけど、忙しくて家がめちゃくちゃ。毎日コンビニ飯だし、洗濯物も干さないで放置してる。誰かに家事やってもらえたら、助かるなって思ってた」
いやいや、なにこの急展開。再会して3分で仕事の話になる!? ドラマかよ。
「え、いや、俺そういうのじゃ……でも、まぁ、やれないことはないけど……」
「じゃあ決まりだな。週1でいい。報酬は払う。プロじゃないのは分かってるけど、信頼はしてる」
勝手に契約が成立していく。俺の意志、完全に無視。でも、なんか、悪くない。
もしかしたらこれ、俺にとっての”逃げ道”……いや、“役に立つ”道なのかもしれない。
「……じゃあ、来週の火曜でいい? 10時くらいから」
「……うん。分かった。行く」
こうして俺は、”岩本照の家政夫”として新しい一歩を踏み出すことになった。
それが、生活の何もかもを変える一歩になるとは、まだ知る由もなかったけど——。
「ただいまー……」
スーパーの袋を両手に抱えて帰宅すると、キッチンではすでに母が仁王立ちで待ち構えていた。玄関に入って3秒で視線が刺さるこの感じ、もはや日常。
「辰哉、何分買い物に出てたと思ってるの? 豚バラ買うのに何時間かけるのよ!」
「いや、ちょっと知り合いと会って……」
「言い訳はいいから。冷蔵庫に入れたらすぐ味噌汁の準備しなさい。今日のは豆腐とわかめよ。昨日より出汁濃いめでお願いね」
「……へいへい」
エプロンもつけずに流れるようにキッチンへ向かいながら、ふと今日の出来事を思い出す。
「てかさ、今日スーパーで岩本に会った」
「……岩本?」
母がぴくりと反応する。
「高校のときの同級生。照ってやつ。スーツ着て働いてた。システム系の会社勤めらしいよ。まあ、真面目だしな、あいつ……」
「へぇ……で?」
「で、なんか話の流れで、アイツの家の家事、手伝うことになった」
「………………」
母は数秒沈黙した後、突然、顔をぱっと明るくさせた。
その笑顔が怖い。あの人が笑うときは、たいていろくでもないことが起きる。
「それ、すごくいい話じゃない!」
「え、そう?」
「家事スキルを活かして、社会と繋がれるじゃない。何より、お金も貰えるならバイトみたいなもんでしょ? “社会復帰の第一歩”よ! 応援するわ!」
「えっ……いや、あの、なんか勢いで引き受けたけどさ……」
「で、いつ行くの?」
「火曜の10時からって言われた」
「分かった。じゃあその日は8時には起きなさい。朝食済ませて、身なりもちゃんとして。第一印象が大事なんだからね!」
母はすでにスケジュール帳を取り出して、俺の予定を勝手に書き込んでいる。
もう、完全に“うちの子、やればできるんです”モードだ。
「……はいはい。行きますよ。分かりました」
―――――――――――
火曜の朝、母に叩き起こされ、あり得ないほど身支度を整えられた俺は、電車を乗り継いで、岩本の住むマンションへと向かっていた。
スマホの地図アプリを見ながら、ふとため息が漏れる。
(……本当に、俺、家事しに行くのか……?)
いつもなら自分ちでバタバタ動き回ってる時間に、知らない家のチャイムを押そうとしている自分。なんか、変な感じだ。
高層マンション。静かなエントランス。オートロック。……セレブ感あるな、こりゃ。
教えられた部屋番号の前に立って、インターホンの前で一瞬だけ躊躇する。
「……行くしかないか」
ピンポーン。
ドアの向こうから、静かな足音が近づいてくる。
——次の瞬間、ドアが開いて、岩本照が、相変わらずの無表情でそこに立っていた。
「来たか」
「来ました……家政夫、深澤です……」
「とりあえず入って。靴、脱いでいいから」
「はい……って、いや、そりゃ脱ぐだろ普通……」
初めての“家事代行”。
俺の“なんちゃって社会復帰”が、静かに、でも確かに始まった。
「……は?」
岩本の部屋に入った瞬間、俺の足はフローリングに根を張った。
部屋の広さはそこそこある。高層マンションっぽく天井も高くて、窓も大きい。……それなのに。
床に散らばるコンビニ弁当の空き容器。カラになったペットボトル。脱ぎっぱなしのスーツの上着。洗濯カゴからあふれたシャツと靴下。キッチンには使われた形跡のないフライパンが寂しげに立てかけられていて、シンクは——見なかったことにしたい。
「……ここ住んでんの?」
思わず口から出た言葉に、岩本は肩をすくめた。
「生活してる、って感じじゃないけどな。帰って寝るだけ。朝はバナナかプロテイン。夜はコンビニ」
「いやいや、なんで床に弁当のゴミ積み上げてんの!? これ……人が住んでいいレベルじゃないよ!?」
「分かってる。けど、時間がない」
「それにしたって……もうちょっと……いや、無理か……これは……うん、手強いな」
俺は軽く鼻をつまみながら、部屋の惨状を目で追った。
これはもう“片付け”じゃない。“救出”だ。冷蔵庫の中身も確認したけど、水と調味料、以上! って感じだった。引いた。
「悪い、もう出る。会議で今日は早めなんだ」
腕時計をちらっと見ながら、岩本が上着を羽織って玄関へ向かう。
「えっ、もう?」
「うん。勝手にやってて。信頼してるから」
「信頼っていうか、もはや丸投げじゃん……」
「鍵、ここ置いとくから。終わったら閉めて。今日はいなくていい」
「いや、いてよ! せめて“これは捨ててOK”みたいな判断してくれよ!」
「全部捨てていい」
「まじかよ!」
岩本は最後にひとつ頷いて、スタスタとドアの向こうに消えていった。
残された俺と、ゴミと、部屋のカオス。
(……なるほどね。これが“社会人男子のリアル”ってやつか)
そう呟いて、俺はため息と共にエプロンをつけた。
「よし。……じゃ、戦争始めっか」
ゴミ袋、3つ目。
「なんでこんなにペットボトルあるの!? しかも全部、筋肉系プロテインドリンクじゃん……!」
床に座り込んで、ペットボトルのラベルを眺めながらため息をついた。全部で十数本。もはや飾ってるのかってくらい同じデザインが並んでる。
「こだわり強いな……」
とはいえ、黙々と手を動かしていると、少しずつ床が見えてきた。床が見えるってこんなに感動するんだな。知らなかった。
「よし、次は洗濯……」
カゴから溢れた洗濯物を抱え、洗濯機の前に立った瞬間——
「えっ、柔軟剤ないじゃん……洗剤も残りわずか……」
とことん“生活感”がない。生活してるのに、生活してない。なんなんだ、この矛盾。
けど、ちょっとだけ、分かる気もした。
働いて、疲れて帰ってきて、それでも部屋を整える余裕なんてあるわけない。
毎日ちゃんと飯作って、洗濯して、掃除して……って、俺がやってること、案外すごいのかもしれない。
「……ふふん」
誰もいない部屋で、ちょっとだけ胸を張ってみた。
照の家に来るって決めたときは、正直“面倒くせぇ”って思ってた。でも今は、
“俺がいなきゃこの部屋終わる”って、ちょっとヒーロー気分だったりする。
午後3時。
洗濯物をベランダに干し終えて、床を磨き、最後にキッチンを片付けていたとき。
食器棚の奥に、小さなマグカップがひとつだけ置かれているのに気づいた。
他の食器は全部シンプルな白なのに、それだけが派手なオレンジ色で、イラスト付き。
「ひーくん」って、手書き風の文字が描かれていた。
「……なにこれ」
マグカップを手に取ると、裏に“中学卒業おめでとう”の文字。
……あ。そういえば、昔、女子が岩本に渡してたやつ、あったな。え、まだ使ってんの? てか、捨てずに置いてんの?
「……意外と、物持ちいいんだな」
そう呟いて、そっと棚に戻す。なんか、勝手に開けちゃ悪いもん見た気がして、無駄に気まずくなる。
夕方、最後に玄関のドアを閉めて、俺はひと息ついた。
「終わったぁ……」
達成感に包まれて、エレベーターに乗りながらスマホを取り出すと、ちょうどメッセージが届いていた。
【岩本】
助かった。マジで感謝。
来週も頼んでいい?
その短い文章に、なぜか心があったかくなった。
【深澤】
任せろ。来週はもっとすごいからな。
送信ボタンを押して、にやっと笑う。
少しずつ、確かに世界が動いてる。
そして俺は、ただの“ニート”から、“誰かの生活を支える存在”になっていた。
――――――――
「……え、これ、先週掃除したよな?」
玄関を開けた瞬間、言葉が漏れた。
2回目の家事代行。つまり、1週間ぶりの岩本の部屋。
掃除済みの床は、もう見えない。
洗濯カゴからはタオルがはみ出して、キッチンには使用済みの紙皿と箸、そして——例のやつ。
「またプロテインの空きボトルが……今週も10本以上……」
ベランダに干したはずのシャツは、室内の椅子に放り投げられていた。
冷蔵庫を開けると、ミネラルウォーター、チルドのサラダ、そしてまたプロテイン。
「ねぇ岩本さん……人間ってこんなんで生きてていいの……?」
誰もいない部屋で問いかけても、返事はない。
俺はゴム手袋をつけながら、頭の中でスケジュールを再構築した。
(週一じゃ足りない。というか、こいつ……仕事して帰ってきて、プロテイン飲んで寝てるだけじゃん)
ため息をひとつ吐いて、洗濯を回しながらふと考えた。
——このままじゃ、照が壊れる。
「……帰ってくるまでいてやるか。飯、作って」
気づけば、そうつぶやいていた。
仕事で疲れて、散らかった部屋に帰って、栄養も偏って。
昔から無理して頑張るやつだった。無表情の裏で、全部一人で抱え込むやつだった。
だからせめて、俺が飯くらい作ってやらなきゃ。
そしたら、少しはマシな生活になるかもしれない。
午後6時。
キッチンに立ちながら、俺はいつもの“うちの献立スタイル”を発動していた。
冷蔵庫に入れておいた食材と、自腹で買い足した野菜。
岩本の嫌いな食材は知らないけど、あいつ、偏食じゃなかったよな? たぶん。
「今日は、豚バラ大根と、わかめと豆腐の味噌汁、あとピーマンの塩昆布炒め。……完璧じゃん?」
大皿に盛りつけて、テーブルにセッティング。
食器も普段使ってないやつを引っ張り出して、ちゃんと箸置きまで置いた。
誰のためって、岩本のため。……だけど、ちょっとだけ、自分のためでもある。
(“誰かのために飯作る”って、こんなに気持ちの良いことだったっけ)
ふと、時計を見る。もうすぐ7時。たぶん、そろそろ——
「ただいま……」
ガチャ、と玄関の音とともに、岩本の低い声が聞こえた。
「おかえり。……ちゃんと帰ってきたな、照」
キッチンの入り口で立ち尽くす岩本に、俺はニヤリと笑った。
「今日は、晩飯付きの家事代行です」
「……これ、全部お前が?」
テーブルに並ぶ料理を前に、岩本が珍しく口数を増やした。
「うん。冷蔵庫の野菜と、ちょっと買い足した。栄養やばそうだったから、ほら、体のこと考えてさ」
「……すごいな。旅館かと思った」
岩本の言葉に、思わず笑ってしまう。
「いやいや、旅館って。普通の晩飯だよ。豚バラ大根と、味噌汁と、ピーマン炒め。バランスは意識したけど」
そう言いながら、自分も岩本の向かいに腰を下ろす。別に一緒に食べるつもりじゃなかったけど、座ってみたら、なんとなくその空間が自然に思えてきた。
岩本は箸を取って、まずは味噌汁から口に運んだ。
「……」
ゆっくりと咀嚼し、飲み込んでから、ふと、ぽつりとつぶやいた。
「……これ、うまいな。ちゃんと出汁の味する」
「でしょ? 母さん直伝。味噌の配合から、出汁の取り方まで、めっちゃ仕込まれたから。下手したらおふくろよりうまいかもしんない俺の味噌汁」
「生意気だな」
そう言いながらも、岩本の箸は止まらない。
次に豚バラ大根。口に入れた瞬間、ふっと表情が緩んだのが分かった。
「これ……味しみてる」
「昨日から下味つけといた。再加熱してから煮詰めてるから、味はしっかりめ。ご飯進む系ね」
「……白米、ある?」
「あるよ。炊いてるから」
言い終わる前に立ち上がって炊飯器の蓋を開け、ふっくら炊きあがった白米をよそって手渡す。
岩本は無言で受け取って、口に運び——小さく、息を吐いた。
「……あー……生き返る……」
その一言で、全部報われた気がした。
掃除も、洗濯も、料理も、全部。
「……良かった。プロテインじゃなくて飯で生きてる人間に戻ってくれて」
「プロテインはプロテインで必要なんだよ」
「知ってるよ。けど、栄養は“飲む”もんじゃなくて、“食う”もんだからな。俺としては、ちゃんと噛んで味わって生きてほしいわけよ」
岩本は何も言わずに、口の中でゆっくりと白米を噛みしめていた。
目線は落ち着いて、どこか安心してるように見えた。
いつも無表情で、無口で、何考えてるか分かんないやつだけど——
今は、確かに“美味しい”って思ってくれてる。それが伝わる。
それだけで、今日ここにいて良かったって思えた。
食器を下げて、洗い物を済ませた俺は、ふぅと一息ついてダイニングに戻った。
岩本はまだ、食後の味噌汁をすすっていた。
食べ終わったあとも長居するなんて、あいつにしては珍しい。
「……なあ、照」
「ん?」
「なんでそんなに忙しいの? 仕事」
ぽつりと投げた問いに、岩本はすぐ答えなかった。
味噌汁の椀を置いて、少しだけ目を伏せる。
「仕事が多いから、って言えばそれまでだけどな。実際、そうなんだけど」
「でも、それだけじゃないっしょ。メールも夜中に返してるって言ってたし、朝もやたら早いし。なんかこう……お前だけ、ずっと全速力って感じ」
俺の言葉に、岩本は肩で小さく息を吐いた。
「……誰かがやらないと回んないんだよ」
「それ、よく聞くセリフ。でも本当にそう?」
「俺がやれば、間違いないし早い。だから頼られる。……断れない」
「……あ〜、分かるけどさ、そういうの、一生終わらないよ?」
岩本は何も返さなかった。でも、反論もしなかった。
だから続ける。
「俺さ、今はニートだけど、昔は結構バリバリ働いてた時期もあってさ。なんか、“任される=嬉しい”って錯覚して、勝手に無理してたんだよね。結局、それで潰れたけど」
「……」
「お前、俺みたいに潰れるタイプじゃないけど……無理してるのは分かる。飯も作らない、洗濯もしない、部屋も片付けないって、それ全部、“やらなきゃいけないこと”を自分で削ってる証拠じゃん」
岩本は、しばらく黙っていた。
そして、小さくつぶやく。
「……余裕、なくなるんだよ。気づいたら、何も考えられなくなる」
「じゃあ、考える時間、俺が作る。飯作って、掃除して、洗濯して……お前が、ちゃんと“人間”でいられるように」
「……深澤、お前さ」
「ん?」
「なんか最近……母ちゃんみたい」
「え!? どのへんが!?」
岩本は、ふっと笑った。それもまた珍しい。
「全部。うるさいし、口出すし、でも……ちゃんと助かってる」
「……ちょっと照れるじゃん、それ」
目を逸らしてみたけど、顔が熱くなるのは止められなかった。
岩本の“ありがとう”は、直接じゃなくても、ちゃんと伝わる。
それで十分だった。
「……そういえばさ」
片づけがひと段落して、岩本がぽつりと呟いた。
「ん?」
「お前、昔っから変わんないな」
「どのへんが?」
「……誰とでも仲良くして、空気読んで、でもちゃんと自分持ってて」
「あー……なんか褒められてる?」
「褒めてるよ」
岩本がすんなりそう言ったことに、ちょっと驚いた。
あいつ、昔から無口なわりに、褒めるときは照れずに言うタイプだったなって、少し懐かしく思う。
「……高校んとき、同じグループだったよな」
「だったな。昼飯のとき、いつもコンビニパン奪い合ってた気がする」
「俺が買ってたやつな」
「だってあんときのメロンパン、めっちゃうまかったんだって」
ククッと、岩本が短く笑った。
あの頃の記憶が、少しずつ蘇ってくる。
バカみたいなことで笑って、放課後ダラダラして、誰が一番モテるかみたいな話を真剣にして。
でもあの頃から、照はちょっとだけ遠くにいた。
グループにはいたけど、どこか線を引いてるようなとこがあって。
俺が誰とでも喋ってたぶん、あいつは“誰にも甘えない”感じだった。
「……深澤ってさ、すごいよな」
「急にどうした。なんか死にそうなセリフ言うなよ」
「いや、マジで。普通、高校の同級生がバリバリ仕事してんの目の当たりにして、そいつの家事やってやろうなんて思わないよ」
「……」
「プライドが邪魔してさ。俺だったら、逆の立場だったら……絶対無理だと思う」
照は、まっすぐ俺の目を見て言った。
その瞳の奥にあるのは、遠慮でも、照れでもなくて——たぶん、素直な尊敬。
「……お前が頼んだからだよ」
俺はそう答えた。嘘じゃない。
「頼まれなかったら、たぶん俺、踏み込めなかったと思う。でもさ。照が“助けていい相手”って思ってくれたことが、ちょっと……嬉しかったんだよね」
「……」
「それだけで、来た意味あるって思えたんだ」
照は黙って、視線をテーブルの端に落とした。
そして、ほんの少し口元がゆるんだ。
「……ありがとな」
その言葉は、さっきの“味噌汁うまい”より、ずっと、ずっと重かった。
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