テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
114
駄作
#三角関係
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
『環の嫁入り〜カキツバタ〜』
「私、幸せ過ぎて死んじゃうかも」
青空の下。
私はうんっと背伸びをした。
白いワンピースの裾が風に優しく揺れる。編み込みをした髪も風にそよぐ。
あの土蜘蛛事件から一ヶ月が経ったなんて、月日が経つのは本当に早いと思うばかりだ。
一ヶ月前は必死に夜の帝都を駆け抜けたのに、今目の前にある景色はとても明るい。
視界に広がる公園の景色に目を細める。
公園に植えられた木々はどれも鮮やかな緑が眩しい。
ブランコや鉄棒の遊具。
散歩する大人。ベンチで休憩する老夫婦。
紙芝居屋さんの周りにお菓子を食べながら、紙芝居を凝視する子供達。
見ているだけで心が和む。なんでもない光景が愛おしい。
そんな今日は鷹夜様の仕事がお休みで、二人で|逢引き《デート》に出掛けていた。
朝から喫茶店に行ったあと、なにやら鷹夜様は私をどこかに連れて行きたいようで、今からそこに向かっている途中だった。
その道すがら鷹夜様が飲み物を買ってくると言って、私は公園の端っこで鷹夜様を待っていたのだ。
「はぁ。鷹夜様と念願の喫茶店。アイスクリームやプディングを食べられただけでも幸せ。それだけで胸がいっぱいになっちゃった」
ほうっとため息を吐く。
それだけじゃなく、真っ白なフリルエプロンを付けて笑顔で働く職業婦人の方に、胸がときめいた。
そんな私に鷹夜様は私が出島に行って給仕をするのは絶対に引き留めるけど、帝都のカフェーでなら、働いてみてもいいんじゃないかと言ってくれた。
私は首を縦に振って、もう少し身辺が落ちついてから、前向きに考えたいと鷹夜様に微笑んだ。
「まずは面接を受けなくちゃね。あ、その前にカフェーの求人を探さなくちゃ」
そう思っていると、ひやりと私の頬に冷たい感触がした。
驚いて横を見ると鷹夜様が、私の頬にラムネの瓶を当てていたのだ。
「環、待たせたな」
「鷹夜様っ。びっくりしました」
もうっとわざと唇を尖らして拗ねた振りをする。
すると鷹夜様が「可愛い環が悪い」と言って、私の手にラムネの瓶を渡して来た。
それだけでドキッとする。
だって、今日の鷹夜様はいつもの黒い隊服じゃなくて素敵な洋装姿。
白いシャツに濃紺のスーツ姿。茶色のネクタイがお洒落。
とにかくバッチリスーツ姿が決まっていて、カッコ良すぎて、私がなんだか恥ずかしくなってしまうほどだった。
冷たいラムネの瓶をきゅっと握って、鷹夜様を見つめる。
「今日は天気がいい。水分補給は大事だから、飲みながらゆっくり行こう」
「ふふっ。さっき喫茶店でミルクセーキを飲んだばかりじゃないですか」
「いいじゃないか。子供達を見ていたら、童心に返ってラムネが恋しくなった」
鷹夜様の視線がちらりと、紙芝居に夢中になっている子供達を見つめた。
子供達を見つめるその優しい眼差しに、私はこの人を好きになって良かったと微笑んでしまう。
そして鷹夜様が「行こうか」と、私の手を握って歩き出した。
「あれ、鷹夜様のラムネの分は?」
「環から口移しで貰うから問題ない」
「!」
にっこり微笑む鷹夜様に顔が熱くなるばかりだが、嫌じゃないと思ってしまう。
そんな自分自身にさらに顔が熱くなってしまう。
そうやって、手を繋ぎながら公園を出て鷹夜様と歩く。
風がそよぎ、鷹夜様の長い髪が靡く。
繋いだ手が暖かい。
──あぁ。本当に幸せ。
そっと青空を仰ぐ。
一ヶ月前私は鷹夜様の元を去って、土蜘蛛と終焉を一緒に迎えようとしていたのが嘘みたいだ。
目を閉じると思い出す。
私は土蜘蛛と炎の中で静かに、最期のときを待っていた。
けど、そこに鷹夜様が神剣を携えて私を本当に、迎えに来てくれた。
鷹夜様にも神剣の登場にも心底驚いたが、とても嬉しかった。
それでも土蜘蛛を一人で逝かせてしまうことに心が痛んだが、鷹夜様は人として土蜘蛛に敬意を払った。
土蜘蛛を祀り、忘れないと言ってくれた。それに私は涙を流してしまった。
きっと土蜘蛛にとって、人との初めての触れ合いだったと思う。人に排斥された土蜘蛛が人に認められた。
土蜘蛛のその複雑な心境は、私が誰よりも分かる。
嬉しくて、切なくて、怖くて──信じたい。土蜘蛛はそんな気持ちになったと、私は思っている。
その信じたい気持ちを後押ししたのが、きっと神剣。
神剣の存在と煌めきは何もかも、光へと還してしまうと妖の本能で理解したからだ。
だから土蜘蛛も全てを受け入れて、天へと還っていったのだろう。
私も光の奔流の中で気を失い、気がつけば──いつもの庵。自分の部屋に横たわっていた。
耳も尻尾も消えていたが、髪は長いままだった。
私はどうやら二日ほど、ぐっすりと眠っていたらしい。
直ぐに駆け付けてくれた鷹夜様から、ことの顛末を聞いた。
鷹夜様ははっきりと言った。──土蜘蛛は神剣により、この世から姿を消したと。
帝都は護られた。
しかも死んだ人は誰もいない。
石蕗様も、宇津木様達も、杜若家、五家の皆様も無事。鷹夜様も大きな怪我はしていない。
それらを聞いて、本当にほっとした。
あの吸収された五人も無事。
それどころか私の炎によって、入院患者の人達の傷や病気を全て癒したそうな。
被害といえば病院の建物や、道などの公共施設など。それらは予め想定していたことで、帝都が全て費用を出すからなにも問題ない。復旧作業も滞りなく進んでいる。
あとは鷹夜様が個人的にバイクの持ち主に、新しいバイクを贈ったとか。私が眠っている間、鷹夜様は公私ともども、色々と忙しかったことを聞いた。
そんな言葉を聞いて安心したけど──あのとき。
私の九尾の姿を多くの人に見られたはず。
狐狩りに遭わないか、鷹夜様に恐る恐る聞くと鷹夜様は苦笑した。
なんでも、私が稀代の狐の式神使いだというふうに周囲に触れ込みをした。
さらに、さらに。
あろうことか、私が帝のお抱えの術師に任命されたというのだ。
そんなこともあって、私を九尾だと糾弾する者はいないと断言してくれた。
「嬉しいな。私、これからも帝都に居ていいんだ……」
思い出したことを呟くと、また胸に幸せが広がった。