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朝食は皆で美味しくいただいた。
エッグベネディクト風オープンサンドは、ホテルの朝食で一品物として頼んで出てくるような、手の込んだものだった。
見栄えもさることながら、味も良い。
マフィンの上に、サモンとボカドア(アボカド)、刻まれたディルが入ったマヨネーズがたっぷりかかった、ポーチドエッグが載っているのだ。
ナイフとフォークで一口サイズにして食べる。
とろりととろける卵が濃厚で、サモンやボカドアとの相性も抜群だった。
普段食べているコッコーの卵より大きいので、クエック(アヒル)の卵かもしれない。
「ノワール? オープンサンドの卵って……」
「はい。主様の御推察通り、クエックの卵を使わせていただきました。一般的にはコッコーの卵を使っておりますね」
「王都では、皆が食べられるのかしら?」
「そもそもエッグベネディクト風オープンサンドを作れる者は多くないので、皆は無理かと思われます。ポーチドエッグのコッコー仕様でございましたら、貧民の贅沢品レベルでしょうか」
「なるほど……」
ノワールの説明を聞いた奴隷たちが目を輝かせて、オープンサンドを堪能している。
美味しい食事を美味しくいただくのも、仕事のうちです。
貴女方の仕事は、主様が与えてくださるものです。
常に感謝の心を忘れぬように、己の職務を全うせねばなりません……と、ノワールが言い聞かせたお蔭で、奴隷たちは食事に遠慮がない。
さすがにお代わりまでは進んでできないようではあるが、出された物を美味しく食べられるようにはなったらしい。
良いことだ。
彩りサラダの彩りを楽しんで咀嚼しながら、やっぱり誘惑には勝てず、セジソーを頼んでしまった。
フランクフルトタイプの大きなものもあったが、大半は二口で食べられるだろう小さいサイズのものだったので、のぶたんセジソー、まるうしのズーチー入りセジソー、バーレ(レバー)セジソーの三種類を選択したのだ。
奴隷たちの中には全種類網羅の覇者もいたので、私は控えめな口だ……と思う。
サラダは特に生レンソが美味だったので、セジソーとのバランスを考えて、お代わりを所望しようか迷ったが、フルーツが美味しすぎたのでやめておいた。
フルーツ三種盛りのフルーツは、オレンジン(オレンジ)、ロベリートス(ストロベリー)、メロメロン(メロン)。
どれも食べやすく切られているのが嬉しい。
手や口周りを汚さないで食べられるフルーツって、いいよね?
ハニーホットミルクは、若干食べ過ぎな気がする胃に優しい。
蜂蜜の甘い香りに至福の吐息をついた。
「戻ったぞぇ!」
ちょうどハニーホットミルクが飲み終わる頃に、ランディーニが帰宅した。
「王宮の朝食は美味じゃったが、上品すぎるのぅ。ノワール、今日の朝食、妾の分も当然用意しておるはずじゃな?」
出て行くとき、必要ないと言っていたような……と首を傾げる横で、彩絲と雪華はにやにやしている。
ノワールは肩を竦めてから、ドロシアを呼ぶ。
ふわりふわりと浮いているドロシアが、朝食一式を運んできた。
セジソーも焼きたてが五種類も載っていた。
私以外はどうやらこうなることを見越していたようだ。
「うむうむ。これなら妾も満足じゃ! おぉ、主。リゼット殿は一時間後には、こちらへ伺うとのことじゃよ」
「あら、早いのね?」
「ふむ。では、アリッサを着替えさせねばなるまいな」
普通のルームワンピースより質が良いので、このままでも十分大丈夫な気がするけれど、その辺りは二人の指示に従っておくのが無難だろう。
私を着せ替え人形扱いしたい疑惑は一生消えないが、二人の笑顔が見られるなら、体と時間ぐらい何時でも差し出す心積もりだ。
「奴隷たちは買い出しに行かせます。バロー殿のもてなし準備は私とドロシアが。ランディーニは奴隷たちの護衛をなさい」
「うむ。奥方の大切な財産をきっちり護衛するので、安心するがよかろうて」
くちばしにセジソーの破片がつきまくっているのが可愛い。
ドロシアが丁寧に拭いてくれるのに対して、よく気がつく女性は、望めば再婚も叶おうものよ! と褒めていた。
幽霊同士の結婚って、あるのかしらね?
「私たちはアリッサの支度をする感じね?」
「さて、何を着せようかのぅ」
空いた食器類を下げながら、和やかに語らう二人。
私の希望は必要ないのかと思いつつも、特に希望がないしなぁ……と困った顔をして、食器を下げようとすれば、それは私どもの仕事です、主様! と何時の間にか隣にいたフェリシアに奪われて、片付けられてしまった。
手持ち無沙汰に、指をわきわきと蠢かしてしまう。
「貴婦人の趣味には、乗馬、刺繍、絵画・音楽鑑賞、ダンスなどがございます。御方からいただきました情報によりますと、奥方様はどれも嗜まれるということでございますね?」
手持ち無沙汰な私に、ノワールがそつなく声をかけてくれた。
「こちらの貴婦人には遠く及ばないけれど、多少は。一番の趣味は料理と読書なの」
乙女ゲームはさすがにないだろうし。
どうせだから、リアル脱出ゲーム的なものを広げてみようかしら。
迷路庭園とかありそうだから、簡単に広がる気がするのよね。
あ、懐かしのゲームブックもいいな。
ないのなら是非とも流行らせたい。
「当屋敷内でありましたら、料理も読書も存分になさいませ。本も仕入れてまいりましょうか?」
「一緒に行って解説してほしいですね、本好きとしては」
「では、後日そういった時間も取りましょう。今は手持ち無沙汰にならずとも、お二方に任せておけば、バロー殿来訪の時間になることでございましょう」
「そうね、一時間なんてあっという間ですしね」
着替えだけでなく化粧や髪のセットなども考えると、むしろ足りないかもしれない。
シャワーを浴びる必要があるかどうかも聞いておこうと、私は遅ればせながら二人のあとを追った。
結論として、支度は五分前に終わった。
偏に二人が優秀だからだろう。
満足げに額の汗を拭う仕草をしている。
参考までに二人の着替えは、マジックのような早着替えだった。
二人の手によって整えられた私の服装は、漆黒のチャイナ系ゴスロリでまとめられた。
チャイナ系は彩絲の好み。
ゴスロリ系は雪華の好みだ。
間を取ったのじゃよ! と彩絲が力説していた。
本人曰くセクシー度が足りないそうだが、これはこれでいいのだそうだ。
雪華に言わせると、可愛さ度が足りないらしい。
二人の意見が完璧にあう機会は、永遠にこない気がしてきた。
そもそもセクシーで可愛い衣装なんて、難しいと思うし、私に与えられても着こなせる気が全くしない。
何を言っているんですか?
麻莉彩は、可愛いも、セクシーも、その両立も完璧ですよ!
……夫の声には反応しないでおく。
ゴスロリチャイナ服の丈は膝丈。
チャイナカラーにチャイナボタンがついている。
左胸には真紅の薔薇が一輪刺繍されていた。
またスカートには銀色の蝶が、胸の薔薇に向かって飛んでいくかのように躍動感溢れる風情で刺繍されている。
裾は透かしの薔薇レースが一周していた。
靴はルーム用チャイナシューズ。
黒地に透かしの真紅の薔薇。
引っかけるストラップもないプレーンな型だが、ぴったりと足に吸い付くようで、大変履き心地が良かった。
素足に履いているので、足首にはアンクレットが巻かれた。
黒いレースに、生花と見紛うばかりの瑞々しい真紅の薔薇がついている。
歩いているときに、落ちてしまわないか心配だった。
髪の毛はツインシニョン。
ほつれ毛が全くないのに驚かされる。
シニョンの根元をぐるっと囲むように、こちらは正真正銘生花の真紅ミニ薔薇が飾られた。
香しい薔薇の芳香が微かに鼻を擽る。
指輪とイヤリングは血赤珊瑚を薔薇彫りしたものだ。
中央部分までもしっかりと彫り込まれていた。
イヤリングから下がっているチェーンについた薔薇が揺れて、時々肌に触れる。
形を維持する魔法がかけられているので、花びらが欠けることもなければ、肌に傷をつけることもない代物らしい。
姿見の前で映り込んだ自分を確認するというよりは、満足げな二人の表情に納得してサロンへ足を運んだ。
リゼットは既に来ていた。
私の姿を視界に入れたのと同時に立ち上がり、深々と頭を下げる。
以前会ったときに比べて、穏やかな雰囲気になった気がした。
どうやら王城は確実に、あるべき姿へと戻りつつあるようだ。
「お忙しい方に足を運ばせてしまって、ごめんなさいね。直接お話を伺いたかったのです」
「いいえ。こちらこそ、有り難くも光栄なお茶会にお誘いいただきましたのに、無粋な返信をしてしまって、申し訳ありません」
「お茶会は参加していただけて嬉しいわ。そのときまでに憂いは少しでも払っておきたいの。詳しいお話をお願いできるかしら」
「はい。実は先日……」
ノワールが淹れてくれた、リラックス効果でもありそうな、香り高いブレンドティーを口にしながら私は、リゼットの言葉に耳を傾けた。