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分解、チェック、組立。毎日の日課。
長い事使っていない私のリボルバー。バレル、ボルト、サイト、レシーバー、グリップ、トリガー、シア、ハンマー・・・。最初は名前も分からなかった部品の一つ一つ。手に取って目で見て、汚れがあったら拭き、異常が無いか全て確認が終わると、組み立てて行く。動作を確認して終わり。丁寧にケースに仕舞って、私はランプを消した。
窓に寄ってカーテンを開ける。陽は傾き、夕暮迫る時刻。
今日も帰って来ない。私の大切な人。
彼が家に帰って来なくなってからもう少しで三週間になる。
「行ってきます」
いつも通りにそう言って私の頬にキスを落とし、まだベッドから出ない私に手を振って出て行った。黒いスーツにダークグレーのネクタイ。右手にケース、左手に弾丸。
いつもの格好、いつもの服、いつもの持ち物。いつもの「行ってきます」。
当たり前に、いつも通りの様子で出掛けて、そのまま帰って来なくなってしまった。
一日目は、そのまま寝ずに待ち続けた。二日目は心当たりを探し回った。三日目は、死亡届が出ていないかを確認した。全て空振り。以来私は、毎日事務所に通って各種の届けが出されていないかを確認し、何も無い事に、落胆と安堵と心配、色々な感情を抱いて家路についている。
時が、止まってしまったみたい。彼が居ないだけで、私は何も出来ない。
窓の外を見る。庭では、花壇に同居人が水を撒いているところだ。彼が帰って来なくなってから住み着いた新しい住人。
彼は言っていた。
「この家は僕の物じゃ無いんだ。先輩から譲り受けたんだよ。とても広いだろ?もし、家が無くて困っている人が居たら、住まわせてあげてね。僕が居ない時は、君が決めていいから」
家賃は必要ない。それは私も。彼自身も。ここはそういう世界だから。
水を撒き終わった新しい住人が振り返る。二階にいる私と目が合った。片手を挙げて挨拶をしてくる。私はカーテンを閉めて、ベッドに横になった。
ここは死後の世界だ。私は死んだ。罪を犯して死んだ。私だけでは無い。この世界に存在する人々は、皆罪人で、皆死んでいる。
罪の重さはそれぞれ。死んで、この世界に堕とされると、地獄に行く前にここで償いを行う。償って償って、許されると、ようやく地獄に堕ちる事を許可されるのだと言われている。
償い、それは、償いが終わった人を解放する事。一度死んでやって来たこの世界から解放してあげる。具体的にどうするのかと言うと、殺してあげるのだ。
ここにいる人は、死ぬ事は無い。許されるその日までは。
つまりは、自分が許されるその時迄、既に許された人を探し出し殺し続けなくてはならないのだ。
一人殺す毎に給与が支給される。他に、殺した総数に応じても月毎に給与は支給される。殺せば殺す程、沢山の金額が貰える。だから皆、必死に許された者を探し出して殺す。そして許されて行く。
許されるまでの人数は、その人の罪の大きさに比例するのだと言う。殺しても殺しても許されない人は、それだけ罪が大きいと言う事だ。
ただし、許されたからといって、死ななければならないという訳では無い。許された後でも、他の許された者を殺せば給与は支給される。総数を増やせば月の給与は増えていく。自分が殺されるその日まで。許されていても他者を殺し続け、存在し続ける者も少なくは無い。そういった者の事を『オーバーアライバー』と言った。オーバーアライバーには、懸賞金が掛けられている事が多い。
私は、そこまで長い事この世界にいる訳では無いから実感は無いのだが、ここにいる限り、老いも病も無いのだそうだ。だから、この世界でずっと存在し続けている、そんな人も少なくは無い。
給与を貯めて財を成し、事業を始めた人も居る。そういう人に雇われて生活する人もいる。
平和な様な、物騒な様な、そんな世界だ。
トントン、と、開けっ放しのドアをノックする音か響いた。首を持ち上げて見ると、先程庭で水を撒いていた新しい住人が居る。
「カナデちゃん、一緒に晩御飯でもどう?」
食事は取らなくても死なない。水を飲む事も必須ではない。だが、空腹も喉の渇きも感じる。美味しいもを食べたり飲んだりしたいという欲求はある。だから皆、生前と同じ様に食事をするスタイルは変わらない。心が病んでいない限りは。
「・・・」
私は、顔を背けて無視をした。
新しい住人は、肩をすくめて側までやって来る。
「ジェイが居ないと駄目なのは分かるけどさ、たまには俺の相手もしてよ」
彼の名を聞くだけで、胸の奥がシュッとしぼんだ様に苦しくなる。胸を押さえて丸くなった。
ベッドが軋んで沈む。すぐ横に新しい住人が腰掛けたのだろう。
彼の名はコウ。ジェイが居なくなって四日目の朝、家の門の前に立っていた人だ。
「大きな家ですね。部屋に空きがあったら住ませてもらえませんか?」
寝不足と泣き過ぎで目の赤くなった私に、そう笑顔で声を掛けてきた。
断る理由は無かった。この世界は自由な世界。誰が何処に住もうと、誰も文句は言わない。ジェイも、家が無くて困っている人は住まわせて、と言っていたのだから。
コウはそれから住み始めた。