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コメント
2件

胸が痛い‥でもストーリーの雰囲気が好き過ぎる‥!
ヘッドフォンの中で、音はどんどん濁っていった。
最初は、ただのフレーズだった。
いつもの指癖、いつもの流れ。
でも――
途中から、感情が絡まり始める。
昨日の会話。
元貴の強い声。
若井の、あの気まずそうな顔。
既読をつけなかったメッセージ。
「キーボード担当」という言葉。
全部が、一気に押し寄せた。
(うるさい……)
自分の中の声をかき消すように、
涼ちゃんは鍵盤を強く叩いた。
ガン、と低く重たい音。
和音が歪む。
指が、制御を失う。
強く、速く、
押し付けるみたいに鍵盤を叩く。
音楽じゃない。
感情そのものだった。
次の瞬間――
涼ちゃんは、力が抜けたように前に倒れ込み、
そのままキーボードに体を伏せた。
――ドン、と鈍い音。
音は止まる。
ヘッドフォンの中も、急に静かになった。
そのときだった。
後ろのドアが、開いていた。
元貴と若井は、
スタジオに入った瞬間の光景に、言葉を失った。
「……っ」
元貴が息を詰める。
若井は、一歩踏み出しかけて、止まった。
涼ちゃんは動かない。
キーボードに伏せたまま、顔は見えない。
ヘッドフォンは、ずれたまま。
鍵盤のランプだけが、静かに点灯している。
誰も、声をかけられなかった。
時間が、妙に長く感じられる。
時計の秒針の音。
遠くの空調の音。
涼ちゃんの背中は、上下している。
ちゃんと、息はしている。
でも――
今、声をかけたら壊れてしまいそうで。
元貴は、拳を握りしめる。
若井は、視線を逸らし、また戻す。
二人とも、分かっていた。
これは
「練習中のトラブル」なんかじゃない。
涼ちゃんの中で、
何かが限界まで溜まって、
音になって、
そして、崩れ落ちた瞬間だということを。
それでも、
誰も近づけないまま。
静寂だけが、
スタジオに流れ続けていた。