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打ち合わせが終わったのは、2026年の冷え切った夜だった。
美咲は、駅へ向かう航の背中を追わずにはいられなかった。
「……待って、航くん!」
かつての呼び名が口を突いて出る。彼は立ち止まったが、振り返らなかった。
瀬戸口、と呼んでくれと言ったはずだ。佐藤さん」
「どうして、あんな嘘をついたの? 私が嫌いになったなんて、嘘だったんでしょ?」
航の肩が、微かに震える。彼はゆっくりと美咲に向き直ったが、その視線はどこか彼女の頭上を泳いでいるようだった。
街灯の光に照らされた彼の瞳は、かつてのように美咲を捉えていない。
「……2026年になれば、もっと魔法みたいな医学が発達してると思ってたよ」
航は自嘲気味に笑い、スマートフォンの音声ナビを耳に当てた。「でも、間に合わなかった。僕の世界は、もうすぐ完全に夜になる」
美咲の息が止まる。
彼が手がけている新しい美術館の設計図。それは、盲目の人でも「光」を感じられるように計算された、あまりにも優しく、そして孤独な構造だった。
航は一歩、美咲から遠ざかる。
2026年の冬、二度目の初雪は、傘を持たない二人の肩に冷たく降り積もっていく。
手を伸ばせば届く距離にいるのに、彼が見ている景色の中に、もう自分は映っていない。その事実が、美咲の胸を鋭く刺した。