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ラスベガスはネバダ州のモハーベ砂漠に位置する街で、六~七キロに及ぶストリップ通りを中心に、二十四時間営業のカジノやテーマホテルといった娯楽施設が建ち並び、昼夜問わず活気で溢れている。
空港を出た氷室と輝夜は、政府の要員三名と合流し、ルーカスの身柄を預けて街に出る。
「ほぉ、これがリゾート地というやつか」
輝夜と氷室の一歩先を歩きながら、アリアは鮮やかに彩られたネオン街を見回す。
「こうして人目を気にせずに歩けるのは久し振りだよ」
ぐっと背伸びをしながら、ご機嫌に話す輝夜。
「日本じゃ有名人やさかいな。ところで、あの子は誰や?」
アリアを初めて見る氷室は、こっそりと輝夜にそう耳打ちする。
「えっと、説明が難しいんだけど、端的に言うとナディと同じような存在」
「つーことは、ダンジョンのモンスターなんか? 人間にしか見えへんわ」
見かけにはよらないなと思いながら、先頭をウキウキで歩くアリアの後ろ姿を眺める氷室。
「おい、何をモタモタしておるのだ」
アリアはクルっと振り返り、早く案内しろと言いたげに進行方向を指差す。
「まぁ待ちぃや。折角ベガスに来たんや、ちょっと遊んでいこうやないか」
「おっ、いいねぇ」
「何をするんだ?」
遊びと聞いたアリアは、ウキウキした様子で二人に尋ねる。
「そりゃ、カジノやろ」
「だよねー! やっぱ最初はMGMに行きたいよ」
「いや、今回は有名どころはスルーや。代わりにもっとエエ場所に連れてったる」
「「もっとエエ場所?」」
アリアと輝夜は氷室の言葉に目を輝かせる。
「……僕、MGMのがよかった」
「よくわからんが、私もそこが良い」
氷室が連れてきたのは、大通りにある豪華建物と比べると、少しばかり見劣りする建物。それでも日本の都市の一等地に建っているような気品のある建物ではある。
「まぁ聞けや。百足旅団を誘い出すなら、ワイらが遺物を落札するんが手っ取り早い。ただオークションは現金での支払いしか受け付けてへん。せやけどワイらに軍資金はあんまりない」
氷室はそう説明しながら、建物の中に入っていく。
「別に即金ってわけじゃないんでしょ?」
「誘い出すなら、遺物はワイらの手元に置いておかなアカン」
「確かに、それならその場で払わないとダメか……それでカジノで軍資金を手に入れようってわけ? もしかしてバカなの?」
輝夜は、いくらなんでもカジノに夢を見すぎだろうと思った。
「それがな、ここは大通りの合法的なカジノやない。違法に経営された裏カジノや。イカサマ、魔法、スキル、何でもアリのな」
氷室は輝夜の耳元に顔を寄せ、周りに聞かれないように小声で話す。
「なるほどねぇ。それなら手っ取り早く稼げそうだ」
魔法やスキルを使っても良いのであれば、何でもできる。無法地帯もいいところである。
「そういうことや。とはいえ、胴元も当然イカサマしてくる」
そりゃ当然だと思いながら輝夜は頷く。
「せやから最初は普通に遊んで、普通に遊びに来た観光客やと油断させといて、確実に勝てるゲームを探して勝負を仕掛ける」
氷室はそう言いながら、所持金をチップに交換する。
輝夜も氷室の真似をして、所持金二万ドルほどをチップに変えると、その内半分をアリアに渡す。
チップを持って建物の中をうろつく二人。
「これはどうやって遊ぶのだ?」
いくつものゲームが行われているテーブルの内、一つに興味を持ったアリアは指を指して輝夜に尋ねる。
「ポーカーの事?」
輝夜は簡単にポーカーについて説明する。
「なるほど、要するにあの者に勝てばいいのだな?」
アリアはそう言うとディーラーの目の前の席に座り、輝夜もその隣に着席する。
ディーラーがトランプの入ったケースから一枚ずつカードを取り出してアリアと輝夜の二人に配る。
「おい、見えていないとでも思っているのか? 私の目の前で随分となめた事をしてくれるな」
アリアは血の刃をディーラーに突き付け、凍るような殺気の籠った眼差しでディーラーを睨み付ける。
ディーラーの持っているカードは上から二枚目から出ていた。
「アリア、落ち着きなったら」
アリアの肩に手を置いてなだめる輝夜。
「二度はない。しかと心せよ」
鼻を鳴らし血の刃を納めたアリアは、もう一度配り直せと言わんばかりに、自分に配られたカードを突き返す。
冷や汗を流すディーラーから再びカードが配られる。
「ショーダウン」
その掛け声と共に、一斉にカードを表にする。ディーラーはキングのワンペア、アリアはノーペア、輝夜はフォールドのためディーラーの勝ちである。
「これは私の負けなのか?」
「……今の流れで負けるんかい」
イカサマを見抜き、脅して正々堂々とした勝負に持ち込んだはいいが、役なしで勝負してしまい見事に負けるという、なんとも言えない結果に輝夜は思わずツッコミを入れる。
「……これはつまらん、他のがやりたいぞ」
「飽きるの早いね。ルールよくわからなかった?」
「もっと直感で出来るやつがいい」
アリアは席を立って他のテーブルを探す。
それから少しの間、少し遊んですぐにやめてを繰り返し、カジノ内のゲームを一通り遊び尽くす。
「どうや、行けそうなのあったか?」
一通りカジノを楽しんだ後、氷室と合流して悪巧みの算段を考える。
「イカサマするならルーレットかな。ナディの魔法で玉を狙った位置に入れられるし、ナディの姿は他の人には見えないからね」
『面倒なこと頼むわね』
肩を竦めながらそう言うナディ。
「面倒なの?」
『見た感じ、誰かが魔法で玉を操ってるわね。それを打ち消した上で、私の魔法を使わなきゃいけないから面倒だわ』
「出来ない?」
『私を誰だと思ってるのよ。出来るに決まってるじゃないの』
ナディは腕を組んで胸を張る。
「オーケー、ここじゃイカサマされる方が悪いんや、バレても構わんから派手に行くで」
輝夜と氷室の二人はチンピラのような笑みを浮かべてルーレットが行われているテーブルに向かう。
「ほな、お手柔らかに頼むで」
プレイユアベットの掛け声と共にゲームが始まり、プレイヤーが自分のチップをテーブルの上に置いていく。
スピニングアップの掛け声と共に、ルーレットにボールを投げ入れる。
氷室と輝夜の二人は遊び尽くして、手元に残ったチップ五千ドル分をすべて7の上に置く。ストレートアップと呼ばれるかけ方で、その配当金は三十六倍。
勝てば二人合わせて三十五万ドルの勝ちである。
当たる確率は三十六分の一。ただし、ナディが玉を操作しているため、決して外れることはない。
ノーモアベットの宣言で賭けがしめ切られ、ボールは見事に7のマスに落ちる。
配当金の受け取りが終わってすぐに次の賭けが始まる。
ボールが投入されてすぐに、氷室と輝夜の二人は持っているチップ十八万ドル分すべてを、21の上に置く。当然のようにボールは21のマスに落ちる。
十八万ドルの三十六倍。六百四十八万ドル。二人合わせて、およそ千三百万ドル。日本円にしておよそ十三億円に近い大金である。
元手の十数万が、たった二ゲームで二億近くにまで膨れ上がった。
「こんだけありゃ、何かしら落札できるやろ」
「だね」
輝夜と氷室の二人は配られたチップを回収する。
「待て!」
どこからともなく黒服を纏った屈強な男達がぞろぞろと集まってくる。
「どんな手を使ったか知らんが、ちょっと来て貰おうか」
一番ガタイの良い大男が拳を鳴らしながら、二人に近づいていく。
「なんて言ってるの?」
英語がわからない輝夜は、男達が何を言っているのかわからずに氷室に通訳を求める。
「お前ら勝ちすぎや、ちょっと事務所に顔出せや……って言うとるな」
「スキル、魔法、イカサマ何でもありなんじゃなかったの?」
「せやで、せやから暴力
こういうの
もありや」
氷室はそう言って、大男を殴り飛ばす。
黒服の男達は一斉に氷室に飛びかかるも、彼は片っ端から倒して行く。
中には魔法やスキルを使って攻撃してくる者も居るが、氷室は難なく捌いていく。
「血の気が多いなぁ……僕は付いていけないよ……」
こんな事をしていては、客足も遠退くだろうに……と思いながら輝夜は周囲の客を見渡す。
しかし、客は逃げるどころか氷室達を囲んで、煽るように囃し立てている。
「客も客で物好きしかいないわけか」
女の輝夜を人質にでもしようと考えたのか、黒服の一人がナイフを抜いて輝夜に掴みかかる。
足を振り上げてナイフを払い、振り上げた足を黒服の顔めがけて勢いよく振り下ろす。
黒服は曲がった鼻から血を吹き出し、白目を剥いて倒れる。
手からこぼれ落ちたナイフを拾い上げ、輝夜と氷室のチップを回収しようと手を伸ばすディーラーの手を阻むように、ナイフを突き立てる。
「玉ドロボーはダメだよ」
輝夜はそう言って氷室の方に視線を戻す。
氷室は日本でも指折りの実力を持っている。たかがカジノの用心棒程度が相手になる筈もなく、大勢いた黒服も数えるほどしか残ってない。
「なんや、この程度か? あ?」
足がすくんで動けない黒服達を威圧するように、氷室はゆっくりと近づいていく。
「まさか……魔葬屋……」
黒服の内の一人が氷室の正体に気付き、青ざめた表情で呟くように言う。
「だったらなんや?」
「そ、そうだとは知らず大変失礼いたしました」
黒服達は及び腰になりながら、慌てて頭を下げる。
「なんやそれ、今さら怖じ気づいたんか? お前、それでアウトローか?」
「ど、どうかお許しを」
首を鳴らしながら近づいてくる氷室を見て、完全に戦意を折られた黒服達は、その場に両膝をついて頭を下げる。
「まぁ、エエわ。ワイらの勝ち分と慰謝料合わせて二千万ドルで手打ちにしたる」
「そ、それは」
「ほな、今すぐこの店畳むか?」
氷室は黒服の胸ぐらを掴み、グッと引き寄せて威圧する。
「……お、お支払いします」
黒服の男はガクッと肩を落とし、絶望に満ちた表情でそう答える。
「解決したで」
「見りゃわかるよ」
輝夜の元まで戻ってきた氷室は、彼女の隣に腰を下ろす。
暫くすると、黒服を着た男達が、大きなアタッシュケースを二十個ほど運んで来て、テーブルの上に並べるとケースを開けて中を見せる。
アタッシュケースの中は隙間の無いほどにびっしりと詰められた百ドル札。
「なんか多くない?」
カジノで勝った分にしては大分多いなと思った輝夜は、隣に座っている氷室に尋ねる。
「二千万ドルあるさかいな」
「にせっ!? これまた吹っ掛けたね」
いくらなんでもやりすぎだと言わんばかりに、乾いた笑いを漏らす輝夜。
「別にエエやろ、先に喧嘩売ってきたんは相手やねんから。ここじゃ、やられる方が悪いねん」
「まぁ……それもそうか」
輝夜はまぁ良いかと思いながら、アタッシュケースを閉じてアイテムボックスに入れていく。
こうして二千万ドル、日本円にして二十億を越える資金を手に入れた。