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『似合ってるわよ、もう男に戻るの諦めたら?』
ドレスを身に纏った輝夜を見たナディは、ニヤニヤとからかうような笑みを浮かべてそう言う。
「やめて」
輝夜は露骨に不機嫌になりながら、ナディを睨み付けてそう言う。
『でも実際、女の子になってからの方が良い思いしてるわよね』
しかしナディはそんな輝夜を気にすることなく、輝夜の顔の周りを飛び回る。
「それは……否定しないけどさ……」
輝夜はそう言いながら、鏡に写る自分の姿を眺める
鏡に写るのは、目を引く銀髪に黄金の瞳。そして整った綺麗な顔立ち。モデルのようなスタイルとそれを強調するタイトな黒のドレス。
「鏡を見ても自分だって実感が湧かないんだよね」
鏡に顔を近づけて、自分の顔を間近で見てみるも、何処と無く違和感を覚える。
輝夜が鏡とにらめっこをしていると、ホテルのドアがノックされる。
ドアを開けると、全身黒で統一されたスーツを着こんだ氷室の姿があった。
「お、似合っとんな。良いとこの令嬢にしか見えへんで」
輝夜の姿を見るや否や、開口一番に褒める。
「その口縫い付けてやろうか?」
女性に対してはそれが正解かもしれないが、中身が男の輝夜に対しては不正解。むしろ地雷である。さしもの氷室も、それには苦笑を浮かべて輝夜を宥める。
「悪かった悪かった。せやけど会場で怪しまれる訳にはいかんさかい、淑女っぽい振る舞いで頼むで」
「どうせ言葉わかんないし、黙ってるよ」
一言も喋らず、その場に突っ立っているだけならボロが出ることもない。
「なら問題あらへんな。黙っとったら完璧な美少女や」
輝夜はヒールを履いた足で氷室の脛を小突き、次は踵で踏みつけるぞとでも言いたげな眼差しで氷室の顔を見上げる。
「わかったわかった、すまんかったて」
輝夜と氷室はホテルを出て、タクシーで会場へと向かう。
タクシーを降りる直前で仮面を取り出す。輝夜はレースのマスクで目元だけを隠し、氷室は般若のような仮面で顔の上半分を覆い隠す。
「こっちは連れや、同伴者は一人までならエエんやろ?」
氷室は入口で招待状を受付に渡すと、輝夜を指差してそう言う。
「はい、問題ありません」
受付は237と書かれた札と出品される品が記載されたカタログを渡して、二人を建物の中へと案内する。
「初めまして朱月輝夜さんに氷室透さん」
建物の中に入ると、カラスの嘴を模したマスクで顔の下半分を覆い、シルクハットを深く被った老紳士が二人に英語で話しかけてくる。
男の隣には狐の仮面で顔を隠した女性が、扇で口元を隠して、興味なさげに立っていた。
「……誰や?」
「飛行機では、私の手駒が世話になったようで」
少しマスクをずらし、頬に刻まれた百足のタトゥーを見せる。
「なんや自分から正体を現しよってからに、なんや、全世界に配信されて開き直りよったか」
氷室は鼻で笑うと、拳を鳴らす。
「あの程度、ちょっとしたアクシデントにすぎない。むしろ我らの存在を広く認知させてもらったのだから礼を言いたいくらいだよ。どうもありがとう」
老紳士は涼しい顔をして、氷室を煽るように言う。
氷室は不機嫌そうに舌打ちをして、眉間に皺を寄せて睨み付ける。
「随分と怖い顔だ。何かされる前に退散するとしよう。では、今日はお互いに競売を楽しもうか」
「待てや、自分からのこのこ出てきて、ただで帰れる思とんか?」
氷室は殺気の籠った声で、立ち去ろうとする老紳士を止める。
「……ここでやり合えばどうなるか、わからないほどに愚かではないだろう」
周囲には非力な一般人が多く居る。その中には国の要人や権力を持った富豪なども含まれる。氷室が手を出したことで、もし彼らに危害が加わるような事があれば国際問題に繋がりかねない。
氷室もそれを理解し、舌打ちをしながらも拳を納める。
「ああ、それと朱月輝夜」
老紳士はふと思い出したかのように立ち去る足を止め、輝夜の名を呼びながら振り返る。
「?」
名前を呼ばれた輝夜は、ビクッと肩が跳ねあがり、緊張のあまり身構える。
「あの方は君に対して非常にお怒りだ」
「……?」
なんとか聞き取ろうと頑張ってはみたが、何一つ知っている単語を聞き取る事が出来ず、困った表情を浮かべる。
「恐ろしさのあまり声も出ないか」
輝夜が恐怖していると思った老紳士は、彼女を見下ろして満足げにそう言う。
「……あ、あいきゃんとすぴーくいんぐりっしゅ」
輝夜がたどたどしい英語により、場が凍りついたように固まる。
暫くの静寂の後、氷室が吹き出すように笑う。
「お、おい笑うなよ」
輝夜は自分の下手な英語を笑われていると思い、氷室の腕を掴んで体を揺さぶる。
しかし、一度ツボに入ったら止めようがなく、目尻に涙を浮かべる輝夜をよそに、氷室は腹を抱えて笑う。
「アカンわオモロ過ぎるわ。英語が通じてへんだけやのに、勝手に勘違いしてカッコつけて……ホンマだっさいのぉ」
ひとしきり笑った後、さっき煽られた分を返すかのように、顎を付き出して老紳士を見下す。
「……後悔してもしらんぞ」
老紳士はそう吐き捨てるように言うと、足早に立ち去る。
「ほな、ワイらも行くか……って、なんや不機嫌やな」
「べっつにー? 下手な英語を笑われて拗ねてるだけですよーだ」
「……あぁ、いや、別にそれを笑ったわけちゃうねんって」
「どーだか」
「いや、ホンマに誤解やねんって、せやから機嫌直しいや? な?」
氷室は不機嫌な輝夜を宥めながら、オークションの会場に入っていく。
コンサートホールのように壇上を取り囲むように座席がズラリと並んでおり、二人は適当な席に腰を下ろして、カタログに目を通す。
「読めない」
カタログには出品される商品の写真とその説明、開始価格が書かれていたが、すべて英語で記載されており、輝夜にはさっぱりわからなかった。
「ちょい待ちぃ……遺物の出品は……」
氷室はカタログをパラパラと捲りながら、遺物の出品がないか探す。
「四つもあるで」
「多いね」
出品される遺物は合計で四つ。氷室はカタログを見ながら遺物についての説明を読み上げる。
「一つ目はカリドゥスのナイフ」
「二つ目は決して溶けることのないとされる、ロムウェの氷」
「三つ目は嘘がわかるっていう真実の瞳」
「最後に……これはとんでもないもんが出品されとるで、少し前に中国から盗まれたヨハネの予言書やな」
「手に入れるならそれだろうな」
隣からする聞き覚えのある声に振り返ると、血で形どった仮面で顔を隠したアリアが腕を組んで座っていた。
「勝手に出てきちゃダメだよアリア」
「構わぬだろ。顔を隠しているんだ、誰も気付かぬ。もしバレたとしても指輪に戻ればよかろう?」
それもそうかと思った輝夜は、視線を氷室に戻す。
「……最後のは開始価格が一千万ドルやさかいな、狙いはするが流石にこれは無理があるで」
カタログに記載されている開始価格を見た氷室は、渋い表情でそう言う。
「だとすると他の遺物も一つは持っておきたいか……僕的にはこのナイフが欲しいかな」
「元はお前が手に入れた招待状やさかい、好きなもんに入札したらエエわ」
「僕英語喋れないから、入札するのは氷室だよ」
「……ああ、せやったな」
壇上に一人の男が現れ、声高にオークション開始の挨拶をする。
「ご来賓の皆様、お待たせ致しました! これより、第八十五回ブラックオークションを開始致します!」
男がそう宣言すると最初の商品が壇上に運ばれてくる。
輝夜達の座っている所からは遠くて見ることが出来ないが、座席に備えられたモニターに映像が写し出される。
「始まったな」
最初の商品はミスリル鉱石。輝夜がゴーレムから手に入れたものと比べると一回り程小さいものの、傷一つなく鉱石に秘められた魔力も大きい。
鉱石に秘められた魔力により美しい輝きを放っているそれを見た参加者達からは感嘆の声が漏れる。
開始価格は十万ドル。十五万、ニ十万と次々札が上がり、値が上がっていく。
最終的な落札価格は百四十万ドル。円換算で一億五千万円を越える金額である。
「うそやん、初っぱなから百万越えて来るんか……」
「もしかして、二千万ドルって少ない?」
いきなり百万ドルを越える価格が出たことで、二人は先行きが不安になってくる。
その後も次々と商品が運ばれてきては、いずれも百万ドル以上の価格で落札されていき、中には八百万ドルを越える商品も出てくる。
会場の場も暖まってきた頃、布をかけられた台座が運ばれてくる。
「会場も暖まって来ましたところ、本日の目玉の一つをお出ししましょう」
布が取られ、ガラスケースに入った一振りのナイフが姿を表す。
刃渡り三十センチのナイフ。幅広厚みのある黒と赤の入り交じった刀身は、どす黒いオーラのようなものを放っており、見るからに不気味な雰囲気を醸し出している。
「来たな」
「頼んだよ」
「とあるダンジョンで発掘された遺物であり、一振りで大岩を両断する程の威力を持っております。開始価格は強気の五百万ドルから!」
「六百」
氷室は即座に番号札を上げて入札する。
「六百五十!」
「七百!」
しかし目玉商品というだけあって、次々と入札が入ってみるみる内に値が吊り上がっていく。
「……一千万や!」
埒が明かないと思った氷室は、一気に値段を吊り上げる。
流石に一千万は他の参加者も二の足を踏み、入札の勢いが止まる。
その様子を見た輝夜は、ほっと胸を撫で下ろす。
「一千二百万!」
このまま入札できるかと思った矢先、番号札が上がって値が吊り上げられる。
札を上げたのはカラスの嘴を模したマスクで顔の下半分を覆い、シルクハットを深く被った老紳士。
「一千二百五十!」
「一千四百!」
氷室も負けじと入札するも、その声を書き消すかのように即座に値が釣り上げられる。
「……二千万!」
氷室は苦虫を噛み潰したような表情で、札を上げて、立ち上がりながらそう叫ぶ。
その瞬間、紳士の目元が笑い、勢いよく札を上げる。
「二千と百万ドルだ!」
氷室の出せる限界が二千万ドルだと見抜いた老紳士は、これ以上は無理だろうと言わんばかりに、最低限の上乗せだけで入札してくる。
「あの野郎……なめよってからに……」
氷室は札を下ろして老紳士を睨み付けながら席に座る。
老紳士は煽るかのように氷室を見返し、マスク越しにでもわかるほどに、小馬鹿にした笑みを浮かべる。
言葉はわからないが、バカにされているというのは輝夜にも伝わり、その悔しさから眉をしかめる。
その後も遺物が出てくる度に老紳士が二千百万ドルで落札していく。
「なんちゅー資金力やねん」
「このままじゃ不味いよ」
なす術の無いまま、オークションは最後の競売となる。
「それでは最後の大目玉、知らない者は居ないでしょう! かの有名なヨハネの予言書です!」
ガラスケースに保管された一冊の書物が壇上に運ばれると、観客から歓声が上がる。
「それでは参りましょう、開始価格は一千万ドルからです」
「五千万!」
カラスマスクの老紳士は、待ってましたと言わんばかりに、いきなり五倍の値を提示する。
いきなりの五千万ドルに会場は一気にざわつく。
「コホン……い、いきなり五千万ドルが出ましたが、他に居ませんか?」
司会者も驚いた様子を見せるも、咳払いをして他に入札する人がいないか声をかける。
だが、札をあげようとするものは誰一人としていない。
「おい、その札を寄越せ」
その様子を見ていたアリアは輝夜の隣から手を伸ばし、氷室から札を奪い取ると、立ち上がって札を掲げる。
「一億だ!」
アリアの入札により、会場のざわめきはさらに大きくなる。
会場にいる者たちだけではなく、隣に座っている輝夜と氷室も、アリアの行動に唖然とする。
「い……一億にせ」
「二億」
狼狽しながらも入札しようとする老紳士の言葉を遮り、アリアはさらに価格を吊り上げる。
「聞こえなかったか? 二億だと言った」
静まり返る会場内に、アリアの声が響き渡る。
「……し、失礼ながら、二億ドルの支払い能力があるのか、証明できるものはお持ちでしょうか」
数名の黒服を着た者達が、そうアリアに声をかける。
「これで問題ないか?」
アリアはアイテムボックスを開き、中からダイヤモンドの原石を取り出す。今までに見たことがない大きさをしており、片手に収まりきらない程である。
「これ、本物ですよ。軽く見積もってもこれ一つで三億ドルはします」
黒服達はそれを受け取り、ルーペを取り出して鑑定をし、アリアの持つダイヤが本物であると証明する。
「なら支払はそいつをくれてやる。だからあの本を今すぐ寄越せ」
「……かしこまりました」
黒服達はダイヤモンドを受けとると、代わりにガラスケースに保管されたヨハネの予言書を持ってくる。
「受けとれ契約者」
アリアはガラスケースからヨハネの予言書を取り出して輝夜に渡す。
「いいの?」
「私を解放してくれた礼だ……それに見ろ」
アリアはそう言って老紳士を顎で指す。
老紳士は顔を真っ赤にして怒りに震え、体を震わせていた。
「たかが石ころ一つであの様だ。愉快極まりないと思わんか?」
「確かに」
◇◆◇◆
「おのれ……たかが小娘の分際で……」
予言書を受けとるアリアを他所に、老紳士は怒りに震える拳をひじ掛けに叩きつける。
「落ち着きなさい。みっともない」
隣に座っていた女性が溜め息混じりにそう言う。
「黙れ! あの予言書は必ず手に入れねばならぬのだ」
「わかってるわよ……で、どうするの?」
「決まっておる。全て奪い取るまでだ」
マスクの下に下卑た笑みを浮かべ、老紳士はゆっくりと立ち上がる。
「全く、はじめからそうすればよかったのよ。金で買うなんて、まどろっこしい真似はうんざりだったのよ」
◇◆◇◆
「……っていうか、アリア日本語なのに伝わるんだね」
「ニホンゴ? 何を言っている。私が喋っているのは魔人語ーー」
アリアの言葉を遮るかのように、会場内に爆発音が響き渡る。