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#シリアス
【天馬Side】
花火大会の帰り。
喧騒を置き去りにした電車は、思っていたより空いていて、俺たちは二人席に並んで座っていた。
ガタンゴトンと規則正しく響く走行音が、祭りの後の心地よい脱力感をさらに深く沈めていく。
車窓の向こう側を、都会の夜景が光の帯となって流れていく。
車両の端からは、まだ興奮冷めやらぬ風の若者たちの笑い声が遠く聞こえた。
ふわりと、自分の袖口から火薬の煤けた匂いと、甘いあんず飴の香りが混じって漂う。
今日一日、ずっと隣にいた。
その事実だけで、胸の奥が綿菓子みたいに甘く、ふわふわとした頼りない熱を帯びていた。
隣を盗み見る。
水瀬は、薄暗い窓の外をぼんやりと眺めていた。
反射した車内の明かりに照らされて、横顔が淡く浮かび上がる。
「疲れた?」
声をかけると、水瀬はスローモーションのようにゆっくりとこちらを向き、小さく首を振った。
「……たのしかった」
その一言。
少しだけ語尾がはにかんだような、柔らかな響き。
でも。
数分もしないうちに、水瀬の反応が目に見えて鈍くなっていく。
「……」
長い睫毛が、ゆっくりと重たげに伏せられる。
はっとしたように何度か瞬きを繰り返して
膝の上で拳を握り、必死に睡魔と戦っているのが見て取れた。
(かわよ……)
そんな微笑ましい光景を眺めていた、その時だった。
こてん。
不意に、左肩に柔らかな重みが乗った。
「……!」
一瞬、思考が真っ白になる。
見下ろすと、水瀬の頭が俺の肩に預けられていた。
規則正しく、静かな寝息が耳元で聞こえ始める。
「……マジか」
思わず、呆れたような、それでいて抑えきれない喜びを含んだ笑いが漏れた。
普段はあんなに警戒心が強くて
少し距離を詰めようとするだけで小動物みたいにビクッとしてたくせに。
その水瀬が今、完全に俺に体重を預けて、無防備の極致みたいな顔をして寝ている。
少しだけ目にかかった前髪の隙間から、穏やかな寝顔が見えた。
いつもどこか緊張を含んでいる眉間が、今はすっかり緩んでいる。
(……かわいい)
あぁ、やばい。
これ、普通に心臓に悪い。
ただでさえ破壊力があるのに、今日は「浴衣」という特効薬までついてるんだ。
うなじから微かに香る石鹸の匂いと、祭りの名残。
肩に伝わる水瀬の体温が、まるで熱伝導みたいに俺の全身へ広がっていく。
起こさないように石像のように硬直して見守っていると
水瀬が寝ぼけたのか、さらに深く、俺の方へ擦り寄るように顔を埋めてきた。
「っ……」
無理だ。耐えきれない。
可愛すぎて、思わず空いた右腕で水瀬に触れたくなる。
本人は絶対に、自分が今どれだけ俺の理性を削っているか自覚なんてないんだろう。
そうこうしているうちに、無情にもアナウンスが目的の駅が近いことを告げた。
ブレーキの振動が伝わり、俺は小さく息を吐いてから、心を鬼にして水瀬の肩を優しく揺すった。
「水瀬ー、着くよ」
「…んぅ……」
「ほら、起きろ」
揺り動かすと、水瀬がゆっくりと、夢の淵から戻ってくるように目を開けた。
数秒間、焦点の合わない瞳でぼーっと宙を見つめていたが
やがて自分の頭がどこにあるかを理解したらしい。
「わっ……!」
バネが弾けたように、がばっと起き上がる。
「ぼ、僕、寝てた……!?」
「あぁ。がっつり、俺の肩で」
「ご、ごめん……っ!重かったよね…」
顔を真っ赤にして、壊れた玩具みたいに何度も頭を下げてくる。
その慌てぶりがあまりにいつもの水瀬で、また可笑しさがこみ上げてきた。
「いや、別にいいけど。水瀬意外と寝相悪いな」
「うっ…嘘だ、恥ずかしい……」
そうからかいながら、ふと、心に浮かんできた疑問を口にした。
「……そんなに、安心してくれてんだ?」
深い意味はなかった。ただの確認のつもりだった。
すると水瀬は、赤らんだ顔のまま、まだ少し眠気の残る潤んだ瞳でじっと俺を見つめた。
それから。
春の陽だまりみたいに、ふにゃっと力の抜けた笑顔で言ったんだ。
「……うん。天馬くんの隣、すごく安心する」
「……っ」
心臓が大きく跳ねた。
完全に不意打ちだった。
本人はきっと、一日の感謝を込めただけの、何気ない言葉のつもりなんだろう。
だけど、そんな愛おしそうに笑いながら言うのは反則だろ。
「……天馬、くん?」
固まってしまった俺を、水瀬が不思議そうに覗き込んでくる。
視線が絡んで、俺は耐えきれずに勢いよく視線を逸らした。
「……水瀬って、ほんとずるいわ」
「え?なにが……?」
「なんでもない。ほら、ドア開くぞ」
逃げるように席を立ちながら、自分でも耳が熱くなっているのが分かった。
それを誤魔化すように
俺はまだ開いたばかりのホームの冷たい空気を深く吸い込んだ。