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(俺には、俺のことをこんなにも思ってくれる仲間たちがいた……)
五百年前、カイトはすべての記憶を失った。
しかし、それを補って余りある、大切な仲間たちがいたのだ。
その事実を知り、カイトは感動に打ち震えていた。
「さて、前置きは終わり!」
エミリアは微笑を浮かべた。
「本題はここから。あなたはここ……アルヒ村で何をしたのか、教えてあげるね」
エミリアはゆっくりと語り始めた。
アルヒ村にやって来たとき、カイトはエミリアと二人旅をしていた。
まだ旅の序盤、仲間集めをしていた時期だという。
「魔王を倒すためには、強い仲間、武具を集めなきゃならないからね。もちろん、そのためだけに世界を回っていたわけじゃないよ。世界各地で暴れまわる魔物を討伐したり、困っている人たちを助けたりって目的もあったの。なんてたって、勇者だからね」
アルヒ村に訪れた二人は、村が抱えている大きな問題を知ることになった。
「アルヒ村から東にある森には、昔から精霊が棲んでいるらしいの。その精霊の加護によって、アルヒ村は魔物から守られていた。でも魔王が現れてから、魔物は凶暴化してしまった。精霊の力だけでは、村は守れなくなってしまったの。それでね──」
精霊に仕える巫女が、精霊から託宣を受けたらしい。
その内容は、『人身御供を差し出すことで救われる』というものだった。
「つまり生贄を求めてきたってわけ。しかも精霊は若くて神聖な力を持つ女性……巫女の命を求めてきたの。巫女の命を得ることで精霊はパワーアップして、凶暴化する魔物にも対抗することができる、みたいな。そんな理屈だったらしいわ」
精霊に仕える巫女──リニアという名前だという──は、村のために、生贄になる決意を固めていた。
魔物からみんなを守れるならこの命など安いもの、と。
「でもカイトは、リニアの言葉が強がりだって見抜いた」
──死にたくない。もっと生きたい。もっともっと色々な経験をしたい────自分が死ぬことで多くの人が助かるとしても……私は生きたい──
「その叫びを聞いたカイトは、精霊の棲む森に向かった。精霊の考えを改めさせようとしたの。そこで待っていたのは、なんと」
エミリアは話し上手だった。
盛り上がりのあるところでは、しっかりとタメを作っている。
「魔王の手先だったのよ。精霊は魔王の手先によって洗脳されていたのね。敵は精霊を操ることで、アルヒ村から若い女性を奪おうって魂胆だった。仮にリニアが生贄になっても、次、また次と要求していたでしょうね」
その企みをカイトは打ち砕いたのだ。
真相を知ったアルヒ村の人々は、勇者カイトを称え、未来永劫、その活躍を忘れないと誓ったそうだ。
「もちろんカイトは凄かったけれど……アタシだって大活躍だったのに! みーんなカイトカイトってさ! 失礼しちゃうわ! 所詮アタシは勇者の添え物なのよね! それに何と言っても、巫女のリニアがカイトにお熱になっちゃってさ! スキスキオーラ全開で、もう見てられなかったわ! ハッキリと迷惑って断らないのもイライラしたし、何より──」
「おいエミリア」
戦士のゲルハルトがくつくつと笑いながら話を遮った。
「これ未来に残るんだぞ。そんな嫉妬まみれな話を続けて大丈夫か」
エミリアははっとした表情になった。顔も赤くなる。
彼女は、コホン、と気を取り直すように咳払いをした。
「……ま、まあ、そんなわけで、カイトは村を救ったってわけ。あなたは勇者として……ううん、あなたの人としての優しさが、多くの人を救ったのよ」
それを聞いても、当時の記憶が蘇ることはなかった。歴史上の偉人の話を聞いているような感じだ。
だが、実際は違うのだ。
エミリアが語ったことは、紛れもなくカイト──自分自身のことなのだ。とても奇妙な感覚である。
(五百年前、俺はそうやって人を救った……)
それを認めると、心と身体がポカポカしてくる感覚になる。空腹で冷えた身体に、温かいスープが染み渡っていくような心地よさだった。
(たとえ記憶を失っても、それを覚え、語り、届けてくれる仲間たちがいた……)
カイトの両目から涙がこぼれた。
エミリアは、微笑を浮かべて続ける。
「この話を聞いて、あなたがどう感じるかはわからない。記憶を失った状態で聞いても、何が何だかわからないかもしれないね。でも、それでも……アタシたちは続けていくよ。アタシたちの思い、記憶が、きっとあなたに届き、救われると信じて」
届いている、届いているよ……と叫びたかった。
自身の声が、彼らに届かないとわかっていても、そう伝えたかった。
だが、声にならない。嗚咽だけが漏れた。
「そう、俺たちは続けるぞ!」
戦士のゲルハルトが言った。
「今回はエミリアに譲ったが、俺も話したいことが山ほどあるからな!」
「私もです」
僧侶のヨハネスも笑みを浮かべて言う。
「あなたとともにしてきたあれやこれやを語りたくてウズウズしているんです」
「ガウガウッ!」
三人に釣られるように、モフモフも鳴き声を上げた。
カイトは洟をすすりながら笑った。
彼らはいったい、どんな話をしてくれるのだろう。
きっと、楽しいものに違いない。
エミリアは、ほころんだ口元を押さえながら、静かに頷いた。
「……というわけで、ね。記憶の残響はこれだけじゃない。世界各地にあなたとの思い出を残していくよ。それを探すかどうかはあなたに任せるけど……ぜひ探してほしいな。アタシたちの思いを受け取ってほしい。記憶を、自分を、少しでも取り戻してほしいから」
何より、と言ってエミリアは続ける。
その目は再び潤み始めていた。
「どんなに時が経っても……アタシたちの絆が失われることはないってことを、知ってほしいから」
エミリア、ゲルハルト、ヨハネスは、柔らかな笑みを浮かべていた。
モフモフも力いっぱい尻尾を振っている。
かつての仲間たちが、五百年という時を越えて、カイトにメッセージを届けてくれた。
それだけで充分だった。
「最後に。カイト」
エミリアは涙を浮かべながら続ける。
「今のあなたは知らないでしょうけど……アタシ、あなたのこと、大好きなんだからね」
彼女は流れ出る涙を拭うことなく、力いっぱい叫んだ。
「あなたのこと、ずっとずっと愛してるから! これからもずっと愛し続けるから! この身が老いて、朽ちるそのときも……あなたを想い、愛し続けるから!」
五百年越しの愛の告白だった。
無論、今のカイトには、エミリアに関する思い出は無きに等しい。
だが彼女の魂の叫びは、確実にカイトに響いた。カイトは涙を流しながら、うん、うんと頷いた。
今すぐにでも駆け寄り、抱きしめたい衝動に駆られる。
だがそのとき。
目の前の三人と一匹が薄れ始めたのだ。
「……記憶の残響で記録できるのは、ここまでみたいね」
エミリアが残念そうに言った。
(待ってくれ……もう少し、話を聞かせてくれ!)
カイトは無意識のうちに手を伸ばしていた。
しかしどれだけ手を伸ばそうとも、彼らに届くことはなかった。
エミリアは、涙を拭った後、満面の笑みを浮かべた。
「さようなら、カイト。いつかまた……世界のどこかで会いましょう!」
瞬間、カイトの目の前から、三人と一匹の姿は消え去ってしまった。
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