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身動き一つ取れないフェリエラに、ヤツは更に近づいて肩に手を置く。
『そんなに怖がらないでよ。最初に言った通り、殺す気はない。君が大人しくしてくれればね』
そのままヤツは、フェリエラの頬をゆっくりと撫で回した。身体も胸から腰へと手を回していく。
『ねえ、私と契約してくれない? この事を他に口外しないで欲しいの。
その代わり私は、あなたを生かしてあげる。あなたは優秀みたいだしね。ねえ、良いでしょう?』
「……ムリだな」
刹那、【最後の魔術師】の今触れているフェリエラとは別に、ヤツの背後にフェリエラが現れた。
そのフェリエラは槍を手にしており、ヤツの胸を見事に貫いている。
突然の理解に困る状況。しかし、【最後の魔術師】は冷静に状況の理解どころか、一瞬でその更に向こうまで分析した。
『 あなたの【固有魔法】、とても良いわね。私と凄く似てる。【幻影】といった感じかしら?
でも私と戦うのは、止めたほうが良いわ。今ならまだ間に合う。無駄な殺しは嫌いなの。』
ヤツは胸を貫かれたまま、平然とそう話す。
その読み通り、フェリエラの固有魔法は幻影を創り出す事だった。 脳内のイメージを魔力で、象として形成する。それが能力。
だが、あくまで幻影。実物がある訳ではないので、触れることはできない。
ヤツに肩を触られた時点で、フェリエラの術はバレていた。
警戒心の強いフェリエラは常に、風魔法と幻影の固有魔法を発動させている。
フェリエラのような単純な力を扱う能力でないのであれば、それが敵に見抜かれた時点で引くのが鉄索。
そうしなければ、勝ちはほぼ無い。
それに今回の相手はただでさえ格上。本来であれば、出会った瞬間に逃げるべきだった。こんな出口のわからない異空間で無ければな。
おそらくもう、戦っても勝つ事はできない。待つのは死のみ。
だが、それでもフェリエラには、ここで戦わないという選択は取れなかった。
ヤツは言った。俺を殺す気は無いと。
しかし、ここでそれに乗れば、サーシスらの逃げ切る時間を作れないかもしれない。
それに実はコイツには仲間がいて、既に外でサーシスらは戦闘になっているかもしれない。
言い出してしまえばキリのない事ではある。だが、それでもフェリエラは【疾風の英雄】から追放された時のように、もう二度と仲間を失いたくは無かった。
もし、自分の命を落とすような事になったとしても。
「【インビジブル】」
フェリエラの、その言葉と同時に彼の姿が消えた。
複数魔法の同時発動や、強力な魔法というのは難しく失敗しやすい。
そこで使用されるのがその魔法に名前を与え、それらを一つの魔法として捉える事で自動化させる方法だ。
しかし、これは名前を与える時と使用時に本来の必要分を大きく越える魔力を消費する。
つまるところ、フェリエラがそれを使ったという事は彼は今、追い込まれているという事。それが必殺技だという事。
『姿を消す……それが隠し球? あなたはもう少し優秀だと思っていたけど、私の勘違いだったようね。
さようなら』
突如何十本ものナイフが空中に現れ、ある一点に向けてそれらは飛んで行った。
『あなたは今魔法を使って、この空間の魔力と濃度が変わっているわ。私にそれがわからないとでも?』
ナイフは遂に届いた。かに思えた。
ナイフは何にも刺さらず、そのまま空を切った。
【最後の魔術師】が探知したのはフェリエラでは無かった。
魔力濃度は確かに変わった。ただそれは彼だけではない。空間もだった。
違和感を覚えたヤツは、焦って空を見上げる。
浮いていた無数の球は上空に集められ、その中心にある巨大な火炎を覆っていた。
その瞬間【最後の魔術師】は、フェリエラが言った【インビジブル】という名を付けられた魔法を理解した。
姿を消したのは、地上付近の魔力の探知に意識を向けるためのもの。
本当の効果は、この莫大な爆炎とそれを更に強力とする風をつくりだす事だと。
その圧倒的物量は、空間にすら影響を与えていた。もう、魔力探知も風による探知も使えない。
それほどのエネルギー。
『あははっ! 面白い、面白いわ!』
球は遂に火炎を完全に隠し切るほどに集まった。
そして、そのまま隕石のように【最後の魔術師】の元へ向かって落下していく。
近づくほどに理解する事になっていく。その塊がいかに大きく、逃れようの無い攻撃であるかを。
巨大モンスター、【謳う母】にも匹敵するようなサイズ。
それがヤツに触れた瞬間、ついに内部の爆炎は破裂し、爆風とともにバラバラっとなった岩々が飛び交う。
硝煙があたりに立ち込み、フェリエラの魔法に関係無く視覚は意味が無くなる。
大きな爆発が終わった今も、ところどころで何度も小さな爆発は起こっている。
逃げ場は無い。
当然、使用者であるフェリエラもそれは同じ。全てを避けきる事はできない。
共倒れできれば……。そんな彼の自爆への覚悟と、願いは儚く散る。
『あなた、凄いわ。名前を聞いても良い?』
【最後の魔術師】は無傷。
あれほどの攻撃でも、深層第四十七層の守護者には通じなかった。
もう、悔しくはない。完全な敗北。
「フェリエラ……。それが俺の名だ」
『そう……。フェリエラ、あなたとの出会いに感謝を』
そう言って指をパチンッと鳴らす。
すると強い光がヤツを中心に起こり、フェリエラは思わず目をつぶった。
次に瞼を開けると、そこには地面があった。そう、そこは第五階層。
元の空間へ帰ってこれた。
シャワーを浴びてコーヒーでも飲みたい気分だが、どうもそうにはできそうに無い。
戻ってきたはずだというのに、その光景は先程までの、知っている第五階層とは変わり果ててしまっていた。
そこらに戦いの跡があり、人の血肉が飛び交ったような臭いがする。
「サーシス……?」
勘違いであってほしいが、岩影で彼女が倒れているような気がした。
今のフェリエラには魔力がほとんど残っていないため、風では確認できないが、魔力探知には引っ掛かっている。
フェリエラは彼女の生死を確認するために、一歩を踏み出した。
足裏にヌメっとした、気色悪い感覚が広がる。
何を踏んだかと足元を覗くと、そこには血でできた水溜まりがあった。それもまだ新しいものだ。
十年前の父を殺した時の光景が頭を過り、急に空気が薄く感じてくる。
鈍器で殴られるような頭痛。胃酸が口内まで混み上がってくる感覚が彼を襲う。
どうやら、ほとんど無いと思っていた魔力はもう、既に無くなっていたようで魔力切れの症状が出てきたようだ。
魔力量には多少の自信があったが、今回ばかりは流石に使いすぎてしまった。
今にも身体を休ませなければ、今後の冒険者生命に関わるかもしれない。
それでも、サーシスが逃げた事を確認せずにはいられなかった。
何やら凄く嫌な予感があるのだ。
無理やり身体を動かして、岩の方へ歩き出す。
吐き気を抑えられなくなって、思わず掌で受け止める。そこにあったのは胃酸じゃなく、血だった。
それでも、そのまま拳を握りしめ、進む。
意識が曖昧になってきて、歩くことすら儘ならなくなってきた。
それでも、這いつくばるようにして、少しずつ進む。
意識を保つために、血が出るまで唇を噛んだり、意味もないのに叫んでみたり。
そんな惨めな様子で必死に進み、岩のそばまでついた。
フェリエラは倒れ混みながら顔だけでもと、最後の力を振り絞り頭一つ分前に出てその先を覗く。
そこにいたのは、サーシスだった。ただし、傷は誰かが直したようで気絶しているだけ。
それで安心したフェリエラは、そのまま意識を失った。