金曜日の逢瀬。如月倫子は、賢治と激しく交わったベッドの上に横たわり、肩で熱い息を吐いた。けれどそれはいっときの熱情で、部屋の中は少しづつ冷えていった。そこには虚しさだけが残った。
「倫子、俺が先にシャワー使って良いか?」
如月倫子は少しばかり考え、「バスタブに浸かりたいから、準備をして欲しい」と賢治に頼んだ。賢治は特に不審がる事もなく「わかったよ」と鼻歌まじりでベッドから起き上がった。
🎵🎵🎵
バスルームのダウンライトが点いた。賢治の逞しい背中に、レインシャワーが叩き付ける音が聞こえて来た。賢治は今、如月倫子との時間を洗い流している。
(・・・賢治)
嫉妬深い如月倫子が、この不倫関係を素直に受け入れる筈がなかった。如月倫子はバネに弾かれたようにベッドから飛び起き、賢治のスーツの胸ポケットを弄った。
「ない」
如月倫子は背後を気にしながらビジネスバッグのジッパーを開けた。そこにはシルバーに光る賢治の携帯電話があった。以前、2人で会食を楽しんでいたその時、賢治の取引先から電話の着信があった。暗証番号は単純な数字の羅列で、如月倫子が盗み見る事など容易かった。
(2424)
それは呆気なく解錠され、ホーム画面が表示された。そこにはウェディングドレス姿の女と、賢治の笑顔があった。如月倫子の眉間にはシワが寄り、口元は歪んできつく結ばれた。そして、携帯電話を握る手に力がこもった。
(これが、賢治の・・・)
カメラロールをスワイプすると、賢治が撮ったであろう美しい女が微笑んでいた。陶器のように白い肌、幸せに色付いた頬、血色の良いふくよかな唇、目尻は優しく幸せに満ちていた。その美しさは如月倫子とは真逆の姿形すがたかたちで、居た堪れずに思わず目を逸らした。
(名前は、名前は!?)
アドレス帳を開いた如月倫子は、初めてその忌々しい女の名前を目の当たりにした。
(綾野菜月、菜月)
バスルームの水音が途切れ、賢治が声を掛けた。
「倫子!一緒に入らないか!」
如月倫子は慌てて菜月の携帯電話番号をカメラで撮影した。
「そんな事言って!また始まっちゃうじゃない!」
「良いじゃないか!」
「ちょっと待って」
「早く来いよ!のぼせるだろ!」
「待って」
そこで如月倫子の目は見逃さなかった。
(美希?)
他のアドレスはフルネームで登録されていた。その中で異質な匂いを放つ”美希”という名前、それは女の勘だった。
(賢治さんにはもう1人、女がいる!)
自身が賢治の不倫相手であるにも関わらず、如月倫子は、本妻である菜月と浮気相手の”美希”に対し、激しい憎悪を覚えた。震える手を抑え、携帯電話を元の場所に戻すとビジネスバッグのジッパーを閉める。如月倫子は鏡の前で笑顔を作り、バスルームの扉を開けた。
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