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それからどれだけの時間が流れたか。静寂と沈黙に包まれたザウアシュ市の闘技場の中で、真っ先に息を吹き返し、正気を取り戻した者は巨大なる赤龍テトラであった。一つには、生命力というものの基本が人間などとは違うからであり、もう一つには彼女は主にデデストから受けていた処遇のせいで恒常的に飢餓に慣れているがために、オゾンのステータスに含まれているのと同じ『飢餓耐性』を身に備えていたためでもあった。
「グァォ」
小さく吠えた後、まずはそこに転がっているオゾン本人の安否を確認する。前足で転がしてみた。そうしたら『うぅ』と呻いた。どうやら息はあるようである。状態がハンガーノックであるということは分かっているので、カロリーがあり消化によいものを摂取させることが緊要なのであるが、どうやらオゾンの状態からして急を要する。やむを得ない。テトラは非常手段を取った。自らの前足の指の一つをその鋭い牙で噛み裂き、滴る血をオゾンの口に含ませたのである。
「ん……? う、うぅ……俺は……何が、どうなった……?」
(気が付いたか。オゾン)
「うわっ! ドラゴン! の、言葉が分かる!?」
(余の血を飲ませた。非常手段ゆえ、やむを得なんだからだが……これでそなたは、余と念話を交わすことができる)
「な、なるほど。というかあんた、喋れるんだな。てっきりただの猛獣なんだとばかり」
(その呼び方は止すがよい。余の名はテトラである。そして、問答を交わしておる場合でもない。この状況を、なんとかせねば)
「というと」
オゾンは競技場を見渡してみた。満席というほどには席は埋まっていなかったが、五体満足でこちらを見下ろしている観客なんてものは一人もいなかった。死屍累々、といったような光景。しかし、息はありそうな人間が多い。オゾンはとりあえず、闘技場の建物内に戻ってみた。ドロージが倒れていた。
「ドロージ! しっかりしてくれ!」
ドロージは息があった。闘技場の建物といっても広く、中で給食などもあるので台所もあった。砂糖壺があるのを見つけ、それを持ってドロージのところに駆け寄る。口に砂糖を含ませる。しばらくすると、ドロージは息を吹き返した。
「お……おらは……?」
「なんだか、エラい事態になってるんだ。助けにゃならん。大勢」
その場にいた数人に、同じように砂糖を与えて応急処置。既に死んでいる者もいたが、何人かはやはり意識を取り戻した。救護の輪が広がり始める。オゾンはドロージを連れ、この事態の責任者、つまりデデストのもとに向かう。彼が観客席にいることは分かっていた。
「……だめか。死んでる」
脈を取ってみたから分かったが、デデストは絶命していた。飢餓の状態異常は、『飢餓耐性』がある生命体ほど耐えやすく、そして暖衣飽食に慣れた人間に対して用いられた場合ほど危険なのである。
「はっ。……わたくしは」
デデストの隣に倒れていたモニカは無事に息を吹き返した。とりあえずこの街の権力者の一族には違いないので、彼女が中心になって状況に対処するための政治的な輪が広がり始める。ちなみに巨龍テトラも『応急処置』を受けていた。口の中に巨大な肉の塊を放り込まれ、かろうじてそれを咀嚼し、どうにか羽ばたいて浮かび上がることもできるようになったのである。デデストが彼女にかけていた契約の呪いは、既に解かれて鎖は砕け散っていた。そして、二日後。
「本当に……叔父上の暴虐のために、オゾン様には大変なご迷惑をおかけしてしまいました。一族を代表して謝罪させていただきます」
街はどうにか非常事態を脱し、かろうじてモニカの主催によるささやかな宴が開かれていた。そこにオゾンも招かれ、饗応を受けている。並んでいるのは御馳走で、形式としてはいわゆる「食べ放題」、ブッフェと呼ばれるタイプの宴席である。
「いやぁ、まあ。腹いっぱい食わせてもらえるなら、特に今更文句を言うほどのことでもないです。デデストの奴は死んでしまったわけだし」
もちろん手には鎖などかけられていないし自由の身、思う存分御馳走を食べられてオゾンは満足している。差し当たって、いま現在についていえば、現状に不満もなければこれ以上要求したい何があるというわけでもないのであった。……しかし。
「よろしければ……これよりしばしの間は、客将として。このザウアシュ侯国に、お留まり頂けないでしょうかしら? オゾン卿」
「はぁ。そりゃまあ、構いませんが」
目下の状況は、必ずしも単に平和なだけ、というわけにはいかないようであった。
何故なら。
ザウアシュ侯国の隣国にあたるノブリア王国の王が、ザウアシュ候デデストの突然の死を不審とし。『調査への協力』と称して、侯国内への派兵を申し入れてきたからである。