テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
第3話 〚高嶺の花に、噂が立つ〛
噂が広がるのに、理由なんていらない。
「ねえ、白雪さんさ」
「最近、橘と話してない?」
昼休みの教室。
澪は、机に向かったまま、その声を聞いていた。
聞こえないふり。
それが、一番安全だと知っているから。
(……もう、始まった)
昨日までとは、空気が違う。
視線が増えた。
ひそひそ声が、明らかに澪に向いている。
「え、あの二人?ありえなくない?」
「高嶺の花と人気者とか、漫画じゃん」
澪は、ペンを握る手に力を込める。
(違う……)
何も始まっていない。
ただ消しゴムを拾ってもらっただけ。
ただ少し話しただけ。
――それだけなのに。
「澪」
村上えまが、そっと声をかける。
「気にしなくていいからね」
石田しおりも、 静かに頷いた。
「噂は噂。事実じゃない」
「てかさ〜」
河野みさとが、わざと大きめの声を出す。
「好きな人と話して何が悪いの?」
周囲が、一瞬静まった。
澪は、胸が熱くなるのを感じる。
(……ありがとう)
でも、その静けさは、長くは続かなかった。
「――は?」
甲高い声が、教室に響く。
澪が顔を上げると、
そこにはりあが立っていた。
長い髪を揺らしながら、
男子の前では見せない、冷たい目。
「河野さんさ」
「勘違いしてない?」
みさとの笑顔が、ぴたりと止まる。
「白雪さんって」
りあは、澪を見下ろすように続けた。
「自分から何かしたわけじゃないよね?」
教室の空気が、凍る。
「高嶺の花ぶってるだけで」
「橘くんに近づくとか、正直、場違いなんだけど」
澪の視界が、白くなる。
――見えた。
未来。
ここで黙れば、噂はもっと酷くなる。
ここで反論すれば、嫌われる。
(……どっちでも、傷つく)
喉が、動かない。
そのとき。
「それ、違うと思う」
静かな声。
橘海翔だった。
教室中の視線が、一斉に集まる。
「白雪さんは」
「何もしてないし、悪くもない」
りあの顔が、歪む。
「は?橘くん、騙されてるだけだよ?」
「騙されてない」
海翔は、はっきり言った。
「俺が話したかっただけ」
その瞬間。
澪の未来が、揺れた。
(……予知が、ズレた?)
今まで見てきた未来には、
こんな展開はなかった。
心臓が、強く鳴る。
「俺は」
海翔は、少しだけ視線を落としてから、
もう一度前を向いた。
「白雪さんのこと、ちゃんとした人だと思ってる」
教室が、ざわつく。
澪は、息をするのを忘れていた。
――未来を見ているだけじゃ、だめだ。
第2話で、そう思った。
そして今、初めて。
未来が、自分以外の誰かによって変えられた。
りあは、唇を噛みしめ、
何も言わずに背を向けた。
嵐が、去ったあと。
澪は、まだ動けずにいた。
「……大丈夫?」
海翔が、少し心配そうに聞く。
澪は、ゆっくりと頷いた。
「……ありがとう」
声は小さかったけれど、
確かに、自分の意思で出した言葉だった。
その瞬間、澪は思う。
――予知は、外れない。
――でも、未来は、変えられる。
それを教えてくれたのは、
橘海翔だった。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!