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今日一度も投稿していないことに気づいて急いで書いた!読みにくかったらメンゴ!!!
ヨコハマの湿った夜風が、ポートマフィアの最下層にある薄暗い路地裏を撫でていく。任務明けの気怠い空気の中、二人の少年——「双黒」と恐れられる中原中也と太宰治は、建物の隙間に腰を下ろしていた。
中也は煙草を指に挟み、紫煙を夜空に逃がす。その隣では、包帯だらけの相棒が当たり前のように中也の肩に頭を預けていた。
「……おい太宰、お前、さっきからくっつきすぎだろ」
口では文句を言いながらも、中也は突き飛ばそうとはしない。むしろ、自分の肩に乗る重みをどこか愛おしく感じていた。中也は自覚している。自分はこの、死にたがりの厄介な相棒のことが、たまらなく好きなのだと。
「だって、中也はあったかいんだもの。これだけは評価してあげるよ。冬のカイロ代わりには丁度いい」
「俺を道具扱いすんな。お前、普段は人間に触られるの嫌がるくせによ……」
太宰はふふん、と鼻を鳴らして、さらに中也の腕に自分の腕を絡めてくる。太宰にとって、中也の体温は特別だった。荒々しく、しかし生命力に満ちたその熱は、自分が抱える虚無をほんの一瞬だけ忘れさせてくれる。
太宰自身、この心地よさの正体を深く考えたことはない。ただ「中也は犬だから」「体温が高いから」という便利な理由をつけて、今日も今日とて重力使いのパーソナルスペースを蹂躙している。
中也は、腕に伝わる太宰の細い体温に、心臓の鼓動が跳ねるのを必死に抑えていた。太宰はいつもそうだ。自分からベタベタと触れてくるくせに、そこに情愛があるのかと言われれば、霧のように掴みどころがない。
(こいつ、無自覚なんだよな……)
中也は呆れ混じりに隣の顔を盗み見る。月光に照らされた太宰の横顔は、十五歳の少年らしい幼さと、底知れない冷徹さが同居している。こんなに近くにいるのに、油断すればすぐにどこかへ消えてしまいそうな危うさ。
だが、今日に限って言えば、太宰の様子はいつも以上に「無防備」だった。中也の服の裾をぎゅっと握り、眠たそうに目を細めている。その姿があまりに可愛らしくて、中也の中に悪戯心が芽生えた。
いつもは太宰のペースに振り回されてばかりだ。精神的な攻防戦において、太宰治という男は難攻不落。だが、肉体的な距離感においては、こいつは驚くほど「守り」がザルなのではないか。
「なあ、太宰」
「なあに、中也。愛の告白なら聞き飽きてるから、面白い冗談でも言ってよ」
「……愛の告白なんて一度もしたことねえよ。まあ、いいからこっち向け」
中也は煙草を足元で踏み消すと、不意に太宰の肩を抱き寄せ、その顔を覗き込んだ。
「え……?」
太宰の瞳が、驚きに丸くなる。いつもなら余裕の笑みでかわすはずの彼が、至近距離で見つめる中也の瞳に射すくめられ、言葉を失っていた。
中也は逃がさないと言わんばかりに、空いた手で太宰の頬を包み込む。荒れた仕事でついた細かな傷のある手が、太宰の白い肌に触れる。
「お前さ、いつも自分からくっついてくるだろ。俺がこうしても、文句ねえよな?」
「……っ、中、也……?」
太宰の顔が、目に見えて赤くなっていく。耳の付け根まで真っ赤に染まり、視線が泳いでいる。普段、敵を言葉一つで絶望に叩き落とす天才が、今はただの、初恋に戸惑う少年のような顔をしていた。
中也は確信した。こいつ、攻めるのは得意だが、自分から「攻められる」ことに関しては、壊滅的に弱い。
「なんだ、顔真っ赤だぞ。熱でもあんのか?」
わざと顔を近づけ、吐息がかかるほどの距離で囁く。中也の低い声が太宰の鼓膜を揺さぶり、彼は小さく肩を震わせた。
「ち、近い……離れたまえ、この蛞蝓! 気持ち悪いよ!」
そう叫びながらも、太宰の手は中也の胸元を押し返す力が弱々しい。むしろ、逃げたいのか縋りたいのか分からないほどに、中也のシャツを強く握りしめている。
中也はくすりと笑った。
「気持ち悪いって顔じゃないぜ。お前、心臓うるさすぎだろ。こっちまで響いてくんぞ」
「それは……その、中也の心臓がうるさいから共鳴してるだけだ! 私の心臓は常に冷静沈着だよ!」
「はいはい、そういうことにしておいてやるよ」
中也は満足して、ゆっくりと手を離した。急に自由になった太宰は、弾かれたように距離を取り、自分の頬を押さえて激しく呼吸を整えている。
その様子を眺めながら、中也は確かな手応えを感じていた。太宰は気づいていないようだが、彼が自分に向ける視線や、無意識に求めてくる体温は、明らかに「特別」なものだ。
(こいつ、俺に惚れてんな……)
それは傲慢な思い込みではない。マフィアとして、そして相棒として積み重ねてきた時間が、中也にそう告げていた。太宰は誰に対しても壁を作るが、中也に対してだけは、その壁に自ら穴を開けて入り込んでくる。
一方、距離を置いた太宰は、激しく波打つ胸の内に困惑していた。
(何だ、今の。心臓が痛い。顔が熱い。中也の指が触れた場所が、焼けるみたいに痺れてる……)
太宰は混乱する頭を整理しようと試みる。自分は太宰治だ。感情の機微などすべて計算の内にあるはずだ。なのに、今の反応は何だ。中也に顔を近づけられただけで、思考が真っ白になってしまった。
「まさか……私が、中也を? いやいや、ありえない」
太宰は独り言をこぼし、ぶんぶんと首を振る。あのチビで粗暴で、帽子にしか脳みそが詰まっていない男を、この自分が好きになるなんて。
「もし万が一、億が一そうだとしたら、それはもう天変地異の予兆だよ。明日は空からタコでも降ってくるね」
自分に言い聞かせるように、精一杯の皮肉を口にする。しかし、火照った頬はなかなか冷めてくれない。
「おい、いつまで一人でぶつぶつ言ってんだ。帰るぞ、手柄の報告が残ってんだろ」
中也が歩き出し、少し先で立ち止まって振り返る。街灯の下で不敵に笑うその姿が、今はどうしようもなく眩しく見えた。
「……待ってよ、中也。一人で歩くなんて、犬の分際で生意気だ」
太宰は走って中也の隣に並び、また当たり前のように、さっきよりも少しだけ遠慮がちに、その袖を掴んだ。
中也はそれを拒まない。太宰が自分の感情を正しく定義できるようになるまで、まだ時間はかかるだろう。だが、こうして触れ合っている時間が、何よりも雄弁に答えを物語っている。
「中也、さっきの……」
「あ?」
「……いや、なんでもない。やっぱり中也はただの暖房器具だよ」
「あぁ!? てめえ、今更何言って……」
言い合いながら歩く二人の影が、石畳に長く伸びる。
太宰の胸の奥で、「まさかね」という打ち消しの言葉が、小さな期待に変わり始めていることに、本人はまだ気づいていない。
そして中也は、その小さな変化をすべて包み込むように、今日も隣の体温を黙って受け入れていた。
二人の夜はまだ始まったばかりで、恋と呼ぶには青すぎるその関係は、ヨコハマの闇の中で、静かに、けれど確実に熱を帯びていく。
「なあ太宰、次はもっと面白い顔させてやるから覚悟しとけよ」
「……馬鹿。中也のくせに、調子に乗らないでよ」
赤くなったままの太宰の顔を見て、中也は確信を持って微笑んだ。この勝負、案外早く決着がつくかもしれない、と。
また後日。
ポートマフィアの本部ビル、その一室にある休憩室で、中也はソファに座って資料に目を通していた。
すると、ドアが音もなく開き、ひらひらと軽やかな足取りで太宰が入ってくる。彼は中也の姿を認めるなり、吸い寄せられるようにその隣へ。
「中也、お疲れ様。肩を貸したまえ」
「お前、自分のデスクはどうしたんだよ」
「あんな埃っぽいところにいられるか。中也の隣の方が空気が美味しい」
そう言って、太宰は中也の膝の上に、ごく自然に頭を乗せて横たわった。いわゆる膝枕の状態である。
中也の手が止まる。いくら「くっつき虫」だとは言え、これは度が過ぎている。
「おい……これ、流石に近すぎんだろ」
「いいじゃないか、減るもんじゃなし。中也の太腿は案外柔らかいね、馬鹿のくせに」
太宰は満足げに目を閉じ、中也の腹のあたりに顔を埋める。その無防備なうなじ、白い肌。中也の理性という名の防壁が、みりみりと音を立てて軋んだ。
(こいつ、本当に分かってねえのか……?)
それとも、分かっていてやっているのか。いや、この反応を見る限り、後者ではなさそうだ。太宰はただ、本能的に「安心できる場所」に身を委ねているだけなのだ。
中也は資料をサイドテーブルに置くと、膝の上の頭をじっと見つめた。
「太宰」
「……ん?」
太宰が片目を開けて、下から中也を見上げる。その瞳に、中也の手が伸びる。
長い指が太宰の前髪を分け、冷たい額に触れた。そのまま、ゆっくりと眉間から鼻筋をなぞり、唇の端に指を添える。
「ひゃっ……!?」
太宰の体が跳ねた。魚が跳ねるような勢いで起き上がろうとするが、中也がその肩を押さえつける。
「逃げんなよ。お前が勝手に乗ってきたんだろ」
「いや、でも、これは……その、指が、冷たいというか……!」
太宰の顔は、一瞬で茹で上がったように赤くなった。さっきまでの余裕はどこへやら、呼吸は乱れ、瞳は潤んでいる。
中也はニヤリと笑い、さらに追い打ちをかけるように、太宰の耳元に口を寄せた。
「お前、俺に触られるの、本当は嫌じゃないんだろ?」
「……っ!」
「心臓、また暴走してんぜ。マフィアの幹部候補が、こんなことで動揺してどうすんだよ」
太宰は言葉を返せなかった。頭の中では「中也を罵倒する言葉」を千ほど並べ立てているはずなのに、喉が震えて音にならない。
ただ、中也の指が触れている場所が熱くて、そこから甘い痺れが全身に回っていくような感覚。
(やっぱり、おかしい。中也はただの犬なのに。なのに、どうしてこんなに鼓動が速いんだ?)
「中也……もう、いいよ。離して……」
消え入るような声で太宰が呟く。それは拒絶というよりは、これ以上続けられたら自分が自分でなくなってしまうという、悲鳴に近い懇願だった。
中也は「よしよし」と、子供をあやすように太宰の頭を一撫でして、拘束を解いた。
「あー、面白かった。お前、本当に守りに弱いな」
「……性格が悪い。悪魔。重力使いのクズ!」
太宰はソファの端まで転がり落ち、クッションを抱きしめて顔を隠した。真っ赤な耳だけが、彼の敗北を物語っている。
中也は満足そうに伸びをして、再び資料を手に取った。
「さて、仕事に戻るか。お前もあんまりサボると森さんに怒られんぞ」
「……言われなくても戻るよ、チビ中也」
太宰は立ち上がり、ふらつく足取りでドアへ向かう。ドアノブを掴んだところで、彼は一度だけ立ち止まった。
(……好き、なのかな。私が、中也を)
ふと、そんな考えが脳裏をよぎる。
(いやいや、まさかね! 宿敵で相棒で、あんなに趣味の悪い帽子を被ってる男だよ?)
太宰は心の中で自分の思考を全力で否定した。だが、次に中也に会った時、自分はまた当たり前のように彼の隣を求めてしまうだろう。その確信だけは、何故か揺るぎなかった。
「……また明日ね、中也」
小さな、けれど熱を持った声。
「ああ、また明日な」
中也の返事を聞き届けてから、太宰は逃げるように部屋を後にした。
廊下を歩きながら、彼は自分の胸に手を当てる。まだうるさく鳴り止まない鼓動が、自分でも気づかない「答え」を刻み続けていた。
それを見送った中也もまた、手元の資料が全く目に入っていないことに苦笑する。
「……可愛い奴」
相思相愛。けれど、一人は自覚して楽しみ、一人は無自覚に翻弄される。
「双黒」と呼ばれる二人の、これがマフィア時代の、ある日の風景。
ヨコハマの夜は更けていく。二人の距離が、物理的にも、そして精神的にも、ゼロになる日は、そう遠くない。
中也は、次に太宰がいつ「くっついて」くるかを予想しながら、静かに次の煙草に火をつけた。
その翌日、太宰は露骨に中也を避けていた。
廊下ですれ違えば「あ、蛞蝓だ。塩を撒かなきゃ」と言って足早に去り、食堂で見かければわざわざ遠くの席に座る。
中也はそれを見て、「相当効いたんだな」と内心でニヤついていた。太宰治という天才が、ここまで分かりやすく動揺を隠せない姿は珍しい。
だが、夕方の作戦会議が始まれば、二人はプロの顔に戻る。
「敵の拠点は三箇所。私の計算では、ここを叩けば一網打尽だよ」
「ああ、分かった。俺が正面から突っ込む。お前は裏の退路を断て」
完璧な連携。一分の隙もない、死神たちの対話。先ほどまでのぎこちなさは微塵も感じさせない。
しかし、会議が終わった直後。
「……中也、ちょっと」
誰もいなくなった会議室で、太宰が服の裾を引いた。
「なんだよ。まだ避け続けてんのかと思ったぜ」
「……別に、避けてなんていないよ。ただ、中也の顔を見ると知能が下がりそうだっただけだ」
太宰は俯いたまま、中也の腕をぎゅっと掴む。
「……やっぱり、あったかいね、中也は」
その声は、震えていた。
昨日の動揺、恥ずかしさ、そして自分の中で膨らみ続ける「正体不明の感情」。それらすべてを抱えきれなくなって、結局彼は、最も安心できる熱源に縋りに来たのだ。
中也は溜息をつき、今度は優しく太宰の背中を叩いた。
「……お前、本当に面倒くせえ奴だな」
「うるさい。中也は黙って、私を暖めていればいいんだ」
太宰は中也の肩に顔を埋める。
「……中也のことなんて、全然好きじゃないんだからね。ただ、便利だから。死ぬまでの暇つぶしに丁度いいから、そばにいるだけなんだから」
「ああ、分かってるよ。お前のその『まさかね』って顔、いつまで続くか見ものだな」
中也の腕が、太宰をしっかりと抱きとめる。
太宰は、自分の心臓がまた速くなるのを感じながら、今度は逃げなかった。
嫌じゃない。むしろ、もっと強く抱きしめてほしいとすら思っている自分がいる。
(……認めたくないけれど。今は、これでもいいかな)
二人の少年の、不器用で、熱くて、けれど何よりも純粋な恋の形。
それはポートマフィアという冷酷な組織の中で、唯一の、確かな光だった。
中也は確信している。太宰が自分の気持ちを認めるその日まで、自分は何度でも彼を赤面させ、何度でもその体温を分け与え続けるだろう。
だって、こいつは自分の相棒で、そして、世界で一番可愛い愛しい存在なのだから。
「……帰るか、太宰」
「うん、帰ろう」
繋いだ手は、どちらからともなく。
ヨコハマの闇に溶けていく二人の足音は、昨日よりも少しだけ、軽やかに響いていた。
愛しているという言葉を、太宰が口にするのは、きっとまだ先のこと。 けれど、その背中を見つめる中也の瞳には、確かな愛の焔が灯っていた。