テラーノベル
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ゲームしてる時に無意識に声が出る太宰です。無邪気です。謎時空です。付き合ってます。
窓の外は、あくびが出るほど穏やかな休日の昼下がりだった。
中原中也の自宅、そのリビングのソファで、男が二人並んで座っている。手元にはゲーム機のコントローラー。画面の中では、デフォルメされたキャラクターたちが乱闘を繰り広げていた。
港カジノの利権争いも、異能力者同士の血生臭い抗争も、今日ばかりは関係ない。ただの、恋人同士の暇つぶしだ。
「ほらほら中也、そんな動きじゃ私のスピードには追いつけないよ?」
太宰治は隣で楽しげに、細い指先をせわしなく動かしている。画面上の太宰が操るキャラクターは、軽快なステップで中也の攻撃をひらりとかわしていく。
「うるせぇ、こっちはまだ操作に慣れてねぇだけだ。……おい、逃げんな!」
「逃げるのが私の専門だって知ってるだろう? あ、危ない、そこは――」
太宰が声を弾ませた、その時だった。
画面の中で中也のキャラクターが強烈なスマッシュを繰り出し、太宰のキャラクターを場外へと弾き飛ばそうとする。太宰は必死に復帰しようと、指に力を込めた。
「あっ、そこ、……やぁっ、だめ、ぇっ……」
不意に、太宰の口から零れたのは、およそゲームの最中には似つかわしくない、湿り気を帯びた嬌声だった。
ピク、と中也の指先が跳ねた。
今の声は何だ。中也は混乱した。
隣を見れば、太宰は真剣な眼差しで画面を見つめたまま、必死にボタンを連打している。その頬は少し上気し、潤んだ瞳は純粋に勝利への執着を宿しているように見える。
――いや、空耳か。
中也は自分に言い聞かせ、意識を画面に戻した。だが、太宰の「無意識」は止まらない。
「んっ……やだ、追いつめないで、……ぁっ、そこ、……ふ、あぁっ」
今度はもっとはっきりと、吐息の混じった声が耳に届く。
太宰本人は、自分がどんな音を立てているのか全く自覚がないらしい。ただゲームのキャラクターがダメージを受けたり、際どい回避をしたりする瞬間に、勝手に喉が震えているといった様子だ。
だが、聞かされている方はたまったものではない。
「そこ、だめ」なんて、普段の夜に中也が敏感な場所を責めた時にしか聞かないような、甘く、無防備なトーンだ。それが白昼堂々、明るいリビングに響いている。
「……っ、おい、太宰」
「んー? 何だい中也、あ! 隙あり!」
注意しようと口を開きかけた中也の隙を突き、太宰が強烈な一撃を叩き込む。中也のキャラクターはあえなく画面外へと消え去った。
『GAME SET!』
無情なシステム音声が響き、画面には「WINNER: DAZAI」の文字が踊る。
「やったー! 私の勝ちだ! 中也、今の見たかい? 最後のコンボ、完璧だったろう」
太宰はコントローラーを放り出し、子供のように無邪気な笑顔で両手を上げた。普段の食えない表情とは違う、年相応の、あるいはもっと幼いような無垢な喜びようだった。
「……ああ、負けたよ。クソが」
25
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中也は生返事をしながら、荒くなった呼吸を整えるのに必死だった。
負けた悔しさなんて、正直どうでもよかった。それよりも、耳の奥に残っている太宰の「声」の残響が、身体の芯を熱くさせている。
「さあ、もう一回やろう! 次はステージを変えて……」
「いや、俺はもういい。一人でやれ」
中也は逃げるように立ち上がろうとした。これ以上隣にいて、あの無防備な声を浴びせられ続けたら、理性の糸がどこで切れるか分かったものではない。
「えー、冷たいなあ。中也、負けず嫌いのくせに諦めるのが早いよ」
「うるせぇ。とにかく、俺はパスだ」
「ちぇっ、つまんないの。じゃあ、一人で練習モードでもしてるよ」
太宰は不満げに頬を膨らませながらも、再びコントローラーを握りしめた。中也はキッチンへ行き、冷蔵庫から冷えた水を取り出して一気に煽る。喉の渇きと一緒に、脳内に湧き上がったどろりとした欲望を流し込もうとした。
しかし。
「んんっ……、ぁ……そこ……だめだってば……」
背後から、再びあの声が聞こえてくる。
一人でプレイしているからか、あるいは集中が増しているのか、先ほどよりもさらに声が濃密になっている。
中也はキッチンのカウンターに手をつき、ぐっとこらえた。
太宰に悪気がないのは分かっている。アイツは時々、自分の身体の反応に対して無頓着すぎるのだ。だが、付き合っている男の前で、あんな誘うような声を無意識に出すなんて。
「……おい」
中也は振り返り、低く威圧的な声を絞り出した。
「ん? 何だい中也。やっぱりやりたくなった?」
「そうじゃねぇ。お前……もっと静かにできねぇのかよ」
「静かに?」
太宰はきょとんとして首を傾げた。その目は本当に「何を言われているのか分からない」と言いたげだ。
「……ゲームの音、うるさかったかな。ごめんごめん」
「いや、音っていうか、お前の……」
「わかった。じゃあ、イヤホンにするね。これなら中也の邪魔にならないだろう?」
太宰は中也の言葉を最後まで聞かずに、ちゃっちゃと手元のワイヤレスイヤホンを装着した。
それが、最悪の選択だったことに中也が気づいたのは、その数秒後だ。
ゲームのBGMや効果音が、太宰の耳の中にだけ閉じ込められた。
結果として、静まり返った部屋の中に響くのは、太宰の衣擦れの音と、そして――。
「は、っ……んぅ……あ……」
遮るもののない、太宰の声だけが、純度の高い艶を帯びて部屋を支配した。
テレビ画面の中では無音で激しい戦闘が繰り広げられている。それを見つめる太宰は、イヤホンで遮断されているせいか、自分の声がどれほど大きく、どれほど淫らに響いているのか、さっきよりもさらに意識しなくなっているようだった。
「ぁ、ん……そこ、は……やだ……っ」
白い喉元がせわしなく動き、薄い唇から熱い吐息と共に漏れる声。
中也の視界が、怒りと欲情で赤く染まった。
もう限界だった。
中也は無言でリビングへ戻り、ソファに座る太宰の背後からその腕を掴んだ。
「――あ、わっ!? 中也、急に何、」
太宰が驚いて振り返る。その耳から、片方のイヤホンを乱暴に剥ぎ取った。
「……中也? 顔が怖いよ。やっぱり負けたのがそんなに悔しかったのかい?」
太宰はまだ、無邪気にそんなことを言っている。
「……手前ぇな」
「え?」
「自覚ねぇのかよ。さっきから、どんな声出してやがったか……」
中也の手が、太宰の細い首筋に伸びる。そのまま指先で、喉仏をなぞるように触れた。
「声? 私、何か言ってたかな」
「……お前、俺がどれだけ我慢したと思ってやがる」
中也の瞳に宿る暗い熱に、ようやく太宰も異変を感じたらしい。少しだけ目を見開き、たじろぐように身体を引こうとするが、逃がすはずもなかった。
「あ……待って、中也、まだゲームが……」
「んなもん、もう知るか」
中也は太宰の手からコントローラーを取り上げると、絨毯の上に放り投げた。
「お前がそんなに鳴きたいんなら、ゲームなんかじゃなく、俺がもっといい声出させてやるよ」
「え、ちょっと……んむっ!?」
強引に唇を塞がれ、太宰の身体がソファに押し倒される。
さっきまで無意識に漏れていた可愛らしい声は、今度は中也の手によって、切実な甘い悲鳴へと変えられていった。
静かだったはずの昼下がりのリビングに、今度はゲームの電子音ではない、本当の熱がこもった吐息が重なり始める。
太宰が「無意識」に声を出すことはもうなかった。
その代わりに、中也の愛撫によって引き出される、確かな熱を帯びた声が、部屋の空気をどこまでも甘く溶かしていった。
窓の外の太陽が少し傾き始めた頃、ようやく解放された太宰は、乱れたシャツの襟元を押さえながら、恨めしそうに中也を睨んだ。
「……最低だよ中也。せっかくの休日だったのに、腰が痛くて動けないじゃないか」
「……うるせぇ。元はと言えば手前ぇのせいだろうが」
中也は少しだけバツが悪そうに顔を背けたが、その耳はまだ少し赤い。
結局、その後二人がゲームを再開することはなかった。
太宰は中也の膝を枕にして、そのままうとうとと眠りに落ちてしまったからだ。
中也は、眠る太宰の柔らかな髪を指で梳きながら、さっきまで響いていた声を思い出し、再び小さく溜息をついた。
「……全く、無防備すぎんだよ、クソ鯖」
そう呟く声は、どこまでも慈しみに満ちていた。
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