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「見て、コリンヌ姉さん。聖女様はとても可愛らしいお方だろう? リーゼロッテ様と仰るんだよ」
さも、その亡骸が生きているかのように、ユベールは楽しそうに話しかけている。
狂気に満ちたユベールは、痛々しかった。
『主人、どうする?』
『……ユベールに、合わせてみるわ』
へたに刺激しない方がいいと考えたリーゼロッテは、数歩前へ出るとユベールの腕の中の姉に挨拶する。
「コリンヌさん、初めまして。リーゼロッテ・フォン・エアハルトと申します。ユベール助祭には、とてもお世話になっております」
「リーゼロッテ様、どうか姉さんの病を治してください」
ユベールの願いを聞き、無理を承知でコリンヌに触れた。
当然だが、亡くなった者を生き返らせることはできない。ただ、ユベールが納得出来るようにと、癒しを発動して見せた。
ミラの時のように、二人は光に包まれたが……。
リーゼロッテはコリンヌの手を置き、ユベールを見ると、首を横に振った。
「ごめんなさい、ユベール。私には、コリンヌさんを治すことが出来ないわ」
「――なっ!? あなたも偽物の聖女なのか!!」
激昂するユベールは、コリンヌをまたベッドに横たえるとブツブツと何かを言い出す。
突然、立ち上がったユベールは、乱暴に扉を開けて出て行くが、すぐに戻ってきた。
「……偽物の聖女なんて……姉さんの代わりに、死んでしまえばいいんだ。そうだ、リーゼロッテ様! その健康な身体を姉さんに下さい。……そうすれば、姉さんは生き返るかもしれない」
(ああ、狂っているわ。でも、今――)
どこから持ってきたのか、リーゼロッテに向かって、ユベールは鉈を振り下ろす。
カ──ンッ!!
と鉈は、瞬時に張られた結界によって阻まれ、リーゼロッテには届かなかった。
反対にユベールは、弾かれた衝撃を手に受け、鉈を落として膝から崩れた。
「リーゼロッテ様は、やはり……神が認めた聖女なのか? ならば……いっそ私を殺してくれ!」
床に額を擦り付け、嗚咽を漏らしながらユベールは言った。
(殺してほしい……って。もしかして、彼女の死は?)
結界を解いたリーゼロッテは、コリンヌのそばに行き、もう一度触れた。
なぜかコリンヌが悲しんでいる様な気がしたのだ。
(コリンヌさん、私に力を貸してください。……ユベールを助けてあげたい)
リーゼロッテは、全身に魔力を巡らせ身体を成長させると、23歳のユベール似のコリンヌを想像した。
纏った魔力が消え、現れたのは――リーゼロッテでもリリーでもない、紛れもない亜麻色の髪をしたコリンヌの姿だった。
項垂れているユベールの正面に立って、名前を呼んだ。
「ユベール、顔を上げなさい」
リーゼロッテではない大人の女性の声に、ユベールはビクリと身体を震わせ、顔を上げる。
そこには、美しく23歳に成長したコリンヌが居た。
「コ、コリンヌ……姉さん……?」
絞り出すようにユベールは姉を呼んだ。
「ユベール。あなたは私がもう死んでいるって、ちゃんと分かっているのよね? 私が死んだのは、ユベールのせいではないわ。それが、私の寿命だったのよ」
「だって……父さんと母さんが居なくなって、僕が姉さんのお世話をしないといけなかったのに。助祭になる試験なんかを受けに、留守にしてしまったからっ……だから、姉さんは死んでしまったんだ! 僕のせいだっ! これからは、ずっと姉さんのそばでお世話するから……帰って来て、お願いだよ……」
少年に戻ったかのようなユベールは、コリンヌに縋って泣く。
多分だが、コリンヌが亡くなってから随分と経っているのだろう。彼は、何年も遺体と共にこの家で暮らして来たのだ。狂わずには、生きていられなかったのかもしれない。
(ずっと、その罪悪感を抱えて生きてきたのね……。切な過ぎるわよ。もしもユベールが、元の世界の私の弟だったら――)
リーゼロッテは、フーッと息を吸う。
「ていっ!」と、ユベールの頭に手刀で叩いた。
頭に受けた突然の痛みに、目を白黒させるユベールは何が起こったのか理解できないようだ。
目の前には、腰に手を当てドーンと立つコリンヌの姿。
「しっかりしなさい、ユベール。それでも私の弟なの? いつまでもメソメソしないっ。お姉ちゃんはね……あなたが元気で精一杯、人生を楽しんでくれた方が嬉しいの。私は、寿命を全うしただけ。だから……悲しまないで」
「でも! 僕なんて生きる資格はないっ」
もう一度「ていっ!」と、する。
「……痛っ!」
「いい、ユベール。孤児院で、あなたを必要としている子供が沢山いるじゃない。その子たちを見捨てるの? ミラの時だって、寝ずに看病していたじゃない。大丈夫、私はちゃんと見ているから。私の分も沢山愛してあげて。いつか、生まれ変わったら……きっとまた逢えるわ。それまでは、しっかり生きなさい!」
慟哭するユベールは、何度も頷いた。
ユベールの頭を優しく撫でると、本物のコリンヌに触れ元の姿に戻る。
(これで、良かったかしら?)
気のせいかもしれないが『ありがとう』と聞こえた。
なぜ、会ったこともないコリンヌの姿を借りられたのかは分からない。
(寿命……か)
リーゼロッテがしようとしている事は、ユベールに言った事と矛盾している。
(だけど、私は――。絶対に守ると決めたんだから!)
――どの位、時間が経ったのだろうか。
「……リーゼロッテ様」
背後から呼びかけられた。
「本当に、申し訳ありませんでした。どうか、私を捕らえて領主様に突き出してください。そして、罰を」
「何を言っているの? 私……この部屋に入ってから、ちょっとおかしいのよね。全く記憶が無くて、何も覚えてないの」
コテリと首を傾げるリーゼロッテ。
「うぅっ……お嬢様」
ユベールは、また泣き出してしまう。
待機していることになっているテオを呼び、コリンヌを弔うと教会へ戻った。
なかなか帰って来ないのを心配した子供たちは、ずっと外で待っていたようだ。
「ユベール助祭、貴方はあの子達にとって大切な家族なの。心配かけてはいけないわ」
リーゼロッテは、ユベールの頬に触れると泣き腫らした顔に癒しをかけた。
「私は、これから子供達の為に生きていきます。ありがとうございます……聖女様」
憑物が取れたかの様なユベールの表情は、慈愛に満ちていた。