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自分のついた嘘のせいとはいえ、痛々しいくらいに様子がおかしくなってしまった羽理を呼び出して早退するよう仕向けたのは、実は仁子から引き離すためだ。
なのに羽理を席に戻すなり仁子が熱心に何かを話しかけているから。
それを見て、岳斗は柄にもなく真っ向勝負。
二人の会話をあえて断ち切るように仁子を呼び出して、いつもなら上手くやる駆け引きさえ忘れて、『荒木さんの恋心に起因する動悸のこと、きっと法忍さんも気付いていらっしゃると思います。ですが、僕に考えがあるのでしばらくの間、彼女には種明かしをしないようにしてもらえますか?』と要らぬ釘をさしてしまっていた。
(法忍さんの性格からして……あれは絶対反発するよね)
そう思ったからこそ。
岳斗は仁子が動く前に、勝負に出ないといけないと思って羽理に電話を掛けたのだ。
だけど――。
電源が切られているのか通じなかったから。
(裏を返せば法忍さんからの連絡もいかないってことだよね?)
と少し安堵して――。
見舞いと称して直に荒木羽理の家を訪ねることにしたのだった。
***
「……荒木さん、体調はどう?」
倍相岳斗に、心配そうに眉根を寄せて小首を傾げられた羽理は、突然の上司の訪問に強張らせていた身体の力をほんの少しだけ抜いた。
「あの……課長どうして私の家を?」
「あー、ごめんね。急に来たりしたら気持ち悪いよね。――えっと……前に迎えに行くって話した時があるでしょう? あの時に法忍さんから荒木さんの家、聞いてたんだ」
照れ臭そうに……どこか申し訳なさそうに言われた羽理は、なるほど、と思って。
「……一応来る前に連絡はしたんだけど……。ひょっとして荒木さん、携帯の電源切ってない?」
眉根を寄せた岳斗から、「何度掛けてもずっとオフモードなアナウンスが流れるから……倒れたりしているんじゃないかと心配になって来ちゃった」と続けられた羽理は「わー、申し訳ないのですっ」と、岳斗のうるん……とした子犬のような雰囲気にほだされて、思わず謝っていた。
このところちょっぴりイメージからかけ離れた一面を見せられて何となく戸惑っていた羽理だけれど、いま見せられているアレコレの表情は羽理のよく知る倍相岳斗のほわほわとした人畜無害の微笑みだったから。
「あ、あの……ご心配をおかけしました。実は携帯の電池切れに気付かなくて……さっき充電器に掛けたばかりなんです。体調の方は……ご覧の通り、お陰様ですっかり良くなりました」
「そっか。良かったぁー。――って、……ホント突然押し掛けるみたいになっちゃってごめんね」
「いえいえ、全然……」
「あ、そうだ。忘れるところだった。――はい、これお見舞い」
言いながら、岳斗が差し出してきたのは飲み屋街の一画にあって、開店時間が十七時から……と言うちょっぴり変わったケーキ屋さん『アフターファイブ』の箱で。
振り子時計に「5」のローマ数字を現す「V」が描かれた特徴的なロゴに、羽理は、「わぁっ、ここのケーキ、仕事後に行っても売り切れ商品が少ないからお気に入りでよく行くんですっ」と相好を崩した。
「うん、実は以前荒木さんの車がお店の前に停まってるの、見掛けたことがあるんだ」
「わわっ。ホントですかっ。な、何か恥ずかしいんですけど……!」
「別に恥ずかしがらなくても。……ここだけの話、実は僕も結構甘いものが好きでね、あそこは良く利用するんだ。今日も自分が好きだからってチーズケーキとイチゴのショートケーキにしちゃったんだけど……平気? 嫌いじゃない?」
やっぱり無難にチョコとかの方が良かったかな……と続けられた羽理は、驚いてしまった。
「奇遇です! 私もあそこのお店ではその二種類が特に好きなんですよ。きゃー。憧れの倍相課長と好きなケーキが一緒とか……何か照れちゃいますね」
羽理がヘヘッと笑ったら、岳斗が瞳を見開いた。
「……そう言うトコ……。ね、荒木さん、キミは魔性の女だって言われたりしない?」
「え?」
突然岳斗からわけの分からないことを言われた羽理は、目を白黒させてソワソワと岳斗を見上げた。
「ねぇ、羽理ちゃん、僕じゃ……ダメかな?」
目が合うなり、岳斗から何故か〝名前呼び〟をされて、ひどく切ない顔をされてしまうから。
「ダメって……な、にが……です、か?」
辛うじてそう返しながらも、羽理はますます混乱するばかり。
「ほら、羽理ちゃん、恋人はいないって言ってたでしょう? だから……えっと……僕じゃ恋人候補になれないかなって……そういう……意味……なんだけど」
岳斗からの思わぬ告白に、羽理は驚きの余りヒュッと息を呑んだ。
***
両手に沢山の荷物を持って小走りに羽理のアパートまで戻ってきた屋久蓑大葉は、建物脇の道路に路上駐車された見慣れない車を見て何となく胸騒ぎを覚えた。
急いでエレベーターホールにたどり着いて、操作パネルで昇りボタンを押せば、さっき自分が下まで降りた時に一階まで降ろしたはずの箱が、羽理のいる七階に上がっていた。
七階フロアにあるのは、もちろん羽理の部屋だけではない。
大葉が荷物を取りに行っている間に、他の住人が帰って来たという可能性だってもちろんある。
だけど――。