テラーノベル
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放課後…
空き教室に移動し、机にリュックを置いて
椅子に座るが、どうも落ち着かなくて立ち上がる。
その場に突っ立って意味もなくスマホを弄り
沼塚が来るのを待った。
(話…って、なんなんだろう)
沼塚の言う「話」とは、一体なんなのか
全く予想がつかずに、ただ待つしかなかった。
「お待たせ」
スマホを弄って待っていると、教室の扉が開き
沼塚が入ってきた。
「あ……沼塚」
沼塚は僕の元まで歩いてくると
「話っていうか、奥村に確認したいことなんだけどさ。単刀直入に聞くね」
その眼差しは真剣で、思わずドキっとした。
「な、なに…そんな改まっちゃって」
「あのさ、やっぱり奥村って俺のこと好きなの?」
「はっ!?」
急に何を言い出すかと思えば……
「なんでそう思うんだよ!」
思わず顔を赤くして沼塚に問うが、沼塚は続ける。
「俺さ、聞いちゃったんだよ。後藤に、奥村が俺のこと恋愛対象に見てるってこと、本人にバラされたくなかったら言うこと聞けって感じのニュアンスで何か言われてたの」
「え……」
確かに僕はあのとき後藤に
そういうことを言われた。
しかしまさか、沼塚に聞かれていたなんて思いもよらなくて、心臓が飛び跳ねる。
「た、確かにあのとき後藤くんとはいたけど…
なんかの聞き間違い、でしょ。」
「前も言ったけど、そう言う沼塚を好きとかないから」
「絶対?」
「絶対」
即答して、沼塚の言葉を跳ね返した。
だが沼塚は、核心を突いてきた。
「奥村って、嘘下手だよね」
「えっ」
「顔赤くなってる、それって決まって緊張してるときだよね」
「……っ!」
沼塚に言われて、思わず下を向いた。
「適当なこと、言わないでよ…話ってそれだけ?
なら僕帰るから」
「待って」
教室を出ようとしたら、沼塚が腕を掴んできて
「奥村、まだ話終わってない」
なんて言う沼塚にくるりと顔だけで振り向けば
眉尻がわずかに下がり、悲しげな弧を描いていた。
(なんで、そんな顔するの……)
「僕は無い、もう答えは言った…」
「納得行かない、奥村絶対なんか隠してるでしょ」
「ないよ…隠してることなんて」
「そう言うなら、俺の目見て言ってよ」
「っ……」
その言葉にビクッとして沼塚と目線を合わせると
沼塚の真っ直ぐな瞳に吸い込まれそうになって
視線を逸らした。
「なんで目逸らすの……やっぱり、なんかあるんでしょ」
「…なんも、ない」
頼むから、今言葉を引き出そうとしないで欲しい。
そんな目で見つめられたら
3秒以上見つめただけでポロッと本音が出てしまいそうになるから。
今まで必死に押さえ込んできた、沼塚への好意が。
でも、ダメだ。
ここで1度でも口にしてしまえば
沼塚に僕の気持ちを知られて
沼塚から気持ち悪いって思われて嫌われる。
白い目で見られてしまう。
そんなの、絶対に嫌だから。
だからなにがあっても好きだと言ってはいけない。
そう思うのに…
今にも泣きそうなくらいに苦しくて心が痛い。
今にもその痛みで涙が出そうなのに
きっと沼塚にキモイなんて思われたら
友達ですらいられなくなったら
きっと言葉も涙も溢れて止まらなくなってしまう。
(…無理、好きなんて言えない)
「奥村、どうして壁作ろうとするの?」
「そんなんじゃない…もう、離して…っ!」
僕は沼塚の手を払うと教室から飛び出した。
「奥村っ……!」
後ろから沼塚が僕の名前を呼びながら追いかけてくるが、僕は無我夢中で走った。
(もうダメだ……)
これ以上、沼塚の傍にいたらおかしくなりそうだ。
(もういっそ全部ぶち撒けて、楽になってしまえたら……楽なのかな)
そんなことを考えてしまうくらいには
もう頭がぐちゃぐちゃで
狂おしくて胸が痛くて、涙が溢れて止まらない。
そんな思いのまま一階のロビーまで逃げて
いつもカフェオレを買う自販機の前まで着くと
沼塚に見つからないように壁に背中を預けて身を潜めた。
しかし
追いかけてきた沼塚に呆気なく見つかって
「それで撒いたつもり?」
と言われ、また逃げようとすると
「奥村…っ、逃げないで」
強く腕を引かれ
恐る恐る振り向けば、真剣な顔で僕を見つめる沼塚と目が合って
「は……離して」と訴えるが
更に強く握りしめられて。
もうその体温が伝わってくるだけで無理だった。
「やだ、離したらまた逃げるでしょ?」
そんな物欲しそうな淡い瞳、必死な表情
自分に向けられることはないと思っていた表情の沼塚に、胸を劈かれるような痛みに襲われ
また目線を逸らした。
「なんで、なんで…」
沼塚の顔なんてまともに見られなくて俯けば
「ねえ、奥村…ちゃんと教えてよ。
俺のこと、好きだよね」
なんて静かで落ち着いた声で断定付けられて。
もう観念するしかなくて。
さっきより顔に熱を帯びては
絶対に人前で流さないと決めていた
余計なものまで流れ出して
雫がマスクの下で頬を伝った。
それがポタ、ポタ、と床に落ちると
沼塚もそれに気付いた。
「奥、村…?なんで…泣いて…
ごめんそんな強くしたつもりは……っ」
言うと、僕の手首を離して
「ねえ、本当に大丈夫…?」と、こっちの気も知らないで相も変わらぬ優しい声をかけてくるものだから
その優しさに業を煮やして心の奥底に溜め込んできた気持ちが爆発した。
「好きなんて、言えるわけないじゃんか……っ」
「お、奥村…?」
「こんな気持ち悪いの……絶対嫌われる、し
友達でもいられなくなる……っ」
言い切ってしまえば、涙腺が壊れたように
涙が溢れて止まらなくなった。
溢れ出てしまった想いも今更止められなくて
沼塚から目線を外すことなく
流れる涙を無視して勢いのままぶち撒けた。
「あぁそうだよ…………っ、好きだよ」
「…本当に、言ってんの…?いつ、から…」
「…めん…ごめん、好”きなんだ…本気、なんだ…
途中、から…っ、沼塚のこと、好きになってた……っ」
「沼塚が女の子と楽しげに話してるだけで…
勝手に嫉妬なんか…して…っ」
「ねえ待って」と沼塚に制止されても止まらず
今まで心の奥にしまっていたことを全部言ってしまった。
もうどうにでもなれと思った。
すると沼塚は
「そんなん言われたらさ、俺だってもう友達じゃいられないよ」
と言ってきて。
予想していたはずなのに
好きな人に拒絶されるというのはあまりにも残酷で苦しくて、今すぐ死にたくなった。
「……こ、んな、間違ってるって分かってる………沼塚に好きな子がいるのも知ってる…っ、だから…」
「…沼塚は友達として接してくれでる…って、のも…わがってて……沼塚が、僕のこと変じゃない…って、言ってくれて嬉しかったの、に…」
「やっぱり僕、普通じゃない…。ご、ごんなの、おかし……から…っ、気持ち悪いって言って…」
「お願い、だから…突き放して…っ」
すると沼塚は、気持ち悪いわけないと言って
僕の体を引き寄せて、抱きしめてきた。
「ちょ…苦し…」
あまりの力の強さにそう訴えると
「慰めとか、いらない…早く、振れ…って……」
瞬間、僕の体を離したかと思えば僕の両肩を手でガシッと掴んで
「ちゃんと聞いて。俺が好きなの、奥村だから」
と真正面から言われて僕は目を見開いた。
「え……?」
…………
………………
…………………?!!!
(…………え、す…好き????)
頭の中は真っ白になり、状況に全くついていけず
ただ目の前にいる沼塚を見つめ、動揺する。
「…す、好きって…」
「奥村と同じ、友達としてじゃなくて
恋愛対象の好き」
(……沼塚が、僕のこと…?)
「……そ、そんな、の……うそ……」
「嘘じゃないって。…たしかに最初、話しかけたときは友達としてだったけど…体育祭辺りから奥村のこと意識し始めてたよ」
「そ、そんなときから……?だだってそんな素振り…」
「奥村のことは結構特別扱いしてたつもりなんだけど…まさか全部届いてない感じ?」
「え……ぬ、沼塚は…気づいたらいつの間にか近くにいて、いつでも駆けつけて助けてくれるから、全部冗談とか友達としての優しさでやってくれてるものだとばかり…」
「いや…ただの男友達にそこまでしないでしょ」
「そ、そっか…でもだから、デー…じゃなくて、出かけたときも、彼氏ムーブ凄かったし、慣れてるんだろうなって内心…凹んでた」
「そ、それはさ…やっぱ奥村には、かっこいいとこ見せたいじゃん?…俺は、完全にデートと思ってたけど」
「…あっ、え…」
「で、でも僕なんかの何処に惚れる要素が…」
と安定のネガティブ思考で聞き返せば
「こんなこと言うのはあれだけど……俺、奥村の赤面顔好きだよ、なんなら素顔見て一気に惚れたし」
なんて言われて、僕はもうキャパオーバー寸前で
「そ、そう…なんだ」
と返すのが精一杯だった。
そんな僕を見て沼塚は
「ねえ、奥村」
と、僕の瞼に触れて指で涙を掬った。
「俺も奥村が薺とか後藤と楽しそうに喋ってるとき、ヤキモチ妬いてたから…似たもの同士だね」
そう言う沼塚は綻んだように笑うので僕もつられて少しだけ笑えた。
(嬉しい、のかも……)
沼塚が僕を好きなんて、思いもしなかったけど 嬉しさが込み上げてきて
同時に、すれ違っていただけなのかと拍子抜けしてしまって、クスッと笑みがこぼれた。
そんな僕を、沼塚はじっと見つめたかと思えば 僕の頬に手を添えて。
「ねぇ、奥村、キスしていい……?」
と問われて思わずドキッとした。
「え…っ、は、ここで……?!」
「うん」
と沼塚が頷くと
僕は恥ずかしくて目を逸らそうとしたけれど
それは叶わず
マスクを顎まで下げられてしまって。
それを癖から手で隠すと
「…だめ?」と首を傾げてきて。
(……僕今、顔見られてる……沼塚は、こんな病気持ってても、好きって言ってくれるんだ)
そう思っただけで更に頬が熱くなり 胸がさっきとは違う意味で苦しくなって
「や、やっぱキスは早いって……!」
と言って両手でマスクを元に戻し、目元以外を隠すと
「…ごめん、嬉しすぎて、つい」
と僕を見て素直に言った。
「……っ、ほんと、だよ…」
恥ずかしくてしどろもどろになれば
沼塚が僕の肩を抱いてきて。
「じゃあ…今日はこれで我慢するから」
と言って再び身体を抱き寄せられた。
その瞬間、僕は湯気が出るんじゃないかってくらい顔が真っ赤になってしまった。
(ぬ、沼塚の匂い……っ)
それでも、好きな人に抱きしめられているのがとても心地よくて
沼塚の体温や鼓動を感じれたのが嬉しくて
そっと背中に腕を回した。
しばらくしてゆっくりと顔を上げ
お互いの瞳を見つめ合った。
そんなとき
丁度最終下校時間を知らせるチャイムが鳴って
びっくりしてほぼ同時に身体を離した。
「び、びっくりした…もうこんな時間だったんだ」
「…ほんとだ、そろそろ帰ろっか」
「うん……」
そして、二人で学校を出て
沼塚と帰るの考えてみれば久々だな
と思っていると沼塚が先に口を開いた。
「ねえ奥村、俺たち両思い…ってことはさ」
「え……?」
「友達じゃなくて、恋人……ってことで
いいんだよね?」
恋人という言葉に恥ずかしくなったが
それを嫌がったりはしないし寧ろ嬉しい。
(夢みたいだ…沼塚と、恋人なんて)
そう思うと、胸がいっぱいになって
またドキドキしてしまう自分がいて。
「……それがいい」
と言って頷いた。
するとまた名前を呼ばれて横に振り向く。
「……顔、またちょっと赤くなってない?」
「っ……!な、なってない!」
それから数日後の昼休み…
パックのカフェオレにストローをさして啜っていると
沼塚がまたこっちに体を向けて
奥村手出して?と言ってきて
不思議に思いつつもストローから口を離しカフェオレを机に置いて
素直に掌を沼塚に向け差し出すと
指を絡み取られて手をにぎにぎと触ってくる。
「に、にぎにぎすんのやめてっての…っ」
照れてパッと手を離そうとするが
強く握られて解放してもらえず。
「ちょっとぐらいいいじゃん、昼休みなんだし」
「ま、また後藤くんに見られたら…」
「今いないし、いたって俺は気にしないよ」
「沼塚が気にしなくても僕が気にすんだよ…!」
「言っとくけど沼塚相当嫌われてるよ?
…僕もだけど」
「後藤が俺のこと?まあそれは仕方ないっていうか…」
「え、仕方ない…って?」
まるでなるべくしてなったみたいな言い方に
引っかかり、聞き返すと
「いや、実は昔────…」
そう、沼塚が言いかけたときだ
「なあ、お前らってさ」
「…最近なんか距離バグってない?」
聞き覚えのある二人の声がして
横を振り向けばそこには久保と新谷がいて。
僕の手は未だ沼塚に握られたままで
咄嗟に手を離す。
「に、握ってきたのは沼塚だから」
と強い語気で否定すれば
「なーんか怪しんだよねーさいきんの二人」
なんて、久保がおどけながら言ってくる。
「ま、まあいいじゃん……別に」
そう言って適当にはぐらかす僕に新谷がニヤニヤしながら追い討ちをかけてきた。
「ははーん、さてはなんかあったな?」
「っ!ないってば!」
そんなやり取りをしているうちに予鈴が鳴って
二人とも席に戻ると
沼塚は不服そうに「別にあの二人に隠さなくても良くない?」と口を尖らせて言ってきて。
「だって、なんか恥ずかしいし…
引かれないかなって」
なんて言えば
沼塚は「心配し過ぎだと思うけどな…」
とまた手に触れてきた。
(もう……っ)
沼塚と付き合って7日目──…
恋人と言えるのか分からないけど
触れ合いなど昼休みに沼塚から手を握ってくるぐらいしかなくて、未だにドキドキしてしまう。
僕にとって「恋愛」は沼塚が初めてみたいなものだし、恋人になって何か成長したか?と問われれば
我ながら奥手すぎて
〝普通に目を合わせられるようになった〟
ことぐらいしかない。
(何より学校だし…男同士だし、女の子同士みたいに気軽にハグなんてできないし……)
そんなことを考えて悶々としていると
沼塚がいつになく柔らかいトーンで言ってきた。
「ねえ奥村、今日一緒に帰ろ?」
ありもしないアンテナがおっ立つかのように
内心、一気に高揚感を感じて
「…いいけど、美化委員の集まりあるから……待っててくれるなら」
と遠回しに待ってほしいことを伝える。
「おけ、言うて10分ぐらいでしょ?
教室で待ってるよ」
「うん、わかった」
そんな約束を交わしただけでも嬉しくて
心がポカポカするみたいに温かくなって
感情表現が得意じゃない自分に、今だけは
〝こう見えても沼塚と帰れるの嬉しいんだよって思ってることが伝わればいいのに〟
なんてろくに口にすることも
出来ないことを願って
(…素っ気なすぎたかも、もっと優しい言い方したいのに…)
なんて思ってしまったが
沼塚が嬉しそうに「放課後楽しみ」と微笑んでくれるだけで、そんな不安はシャボン玉みたいに消えていった。
僕も、と返す前に沼塚が前を向いて次の授業の準備をし始めたので
僕も同様に机の中から教材と筆入れを取り出す。
流れるように授業は進み、あっという間に放課後になった。
(思ったより遅くなっちゃった…大体当番表配られて説明受けたら終わりだってのに、話長すぎ…)
そんなことを考えつつも沼塚が待つ教室へ向かう足取りは軽くて、自分でも単純だなと思った。
そして教室の前まで着くと
ドアの窓から沼塚の姿が見えた。
扉を引いて教室に入れば、すぐに沼塚は気付いて
「遅かったね」
「ちょっと話長引いちゃって…って、
なんでそこ座ってんの」
よく見ると沼塚は自分の席ではなく
僕の席に座っていた。
「気分?」
「なんで疑問形なのか謎だけど」
「奥村も俺の席座っていいよ?」
「いや今から帰るのにわざわざ座る理由無いし
変なこと言ってないで早く立って」
「えー、じゃあこっち?」
そんな会話を交わすと、急に腰に手を回されて
引き寄せられたかと思えば一瞬にして
沼塚の上に座らされる。
所謂、バックハグをされて
「なっ、なにすんの…っ」
「奥村…耳真っ赤だ」
沼塚の吐息が耳にかかってこそばゆい。
「う、うるさい…!」
そう言って沼塚から離れると
沼塚も立ち上がって「待ってよ奥村」と肩を掴まれて沼塚の顔を見ると
熱い瞳に見つめられて
「ぬ、沼塚……?」
呼びかけると、頬をほんのり染めた沼塚が
「奥村…キス、したいんだけど」と言う。
「…っ、だ、だめだって…ここ学校だし」
なんて言えば沼塚は目を輝かせて
僕の腰に手を回して引き寄せ、一気に顔が近づく。
「でも今なら二人しかいないし」
「…ち、近いんだって、こんなとこ誰かに見られたら…!」
「ちょっとぐらい大丈夫だって」
沼塚の蕩けた表情にグッと言葉を詰まらせて思わず目を背けるが
耳には沼塚の熱い息がかかってきて
僕の心臓はバクバクとうるさいくらい鳴っていた。
ドキドキしつつも、沼塚と唇を重ねたいのは
僕も同じ気持ちで。
マスクをそっと顎まで下ろして
沼塚の服の裾をぎゅっと掴んだ。
「っ、……す、少しだけなら……」
と僕が言えば沼塚は嬉しそうに微笑んで僕の頬に手を添えてゆっくりと顔を近づけてくる。
そして二人の唇同士が触れ合いそうになった
そんなときだった。
ガラッと教室のドアが開いて
「忘れ物忘れ物~」
なんて言いながら入ってきた久保と
目が合う。
咄嗟に沼塚から離れてマスクを上まで上げるが
「えっ…まーくんと沼ちゃん今キスしてなかった?」
「し、してな…い!まだしてない!!」
「まだ……?!!」
「やっぱ二人ってそういう?」
「いや、あの」
そんなやりとりをしていると沼塚が
「まあ、薺には隠す必要無いんじゃない?絶対薄々気づいてたろうし」
と言い出して
すると久保は一気にニヤケだして
沼塚があっさり認めたことに僕は驚いて
目を見開く。
そんな僕を見て久保は更に口角を上げて
「やっぱりね~、最近なんか二人距離感バグってるし、そうだと思ったわ」
なんて言い始めた。
「いい話聞いた」
「誰にも言わないでよ?!」
焦って口にすると
「言わない言わない、でもその代わり明日
もっと詳しく教えてよ?じゃ」
と去っていってしまった。
「案外、あっさり……」
恥ずかしさで居た堪れなくなり項垂れていると
沼塚に名前を呼ばれるので顔をあげれば
「ね?引かれなかったじゃん」
とまた沼塚は嬉しそうに笑っていて。
「うん……なんか拍子抜けしちゃった」
そんなことを言い合いながら教室を出て
下駄箱で靴に履き替えて学校を出る。
バス停までの道を横並びに歩いていると
「ねえ奥村、手繋ご」
「えっ……」
「だめ?」
そんな聞き方をされて断れるはずもなく
僕は頷いて手を差し出す。
するとすぐに指を絡み取られて
恋人繋ぎをされるが
恥ずかしくて下を向いてしまうのを
なんとか耐えた。
バス停に近付くにつれて人が増えてきたので
手をパッと離す。
「奥村?」
「人…いるから」
そして、バス停に着きバスが到着すると乗り込んで二人掛けの椅子に座った。
「奥村はさ」
「うん……?」
「俺と付き合ってて、その……どう?」
そう聞かれて、僕は少し間を置いて答えた。
「…そりゃ嬉しい、よ。ぬ、沼塚は…」
そんな僕の返答に沼塚は少し驚いた顔をしてから
嬉しそうに笑って言った。
「俺も、思ったより浮かれてて自分でもびっくりしてる…かも」
そんな沼塚を見て胸がいっぱいになると同時に
顔が熱くなっていくのが分かった。
その翌日──…
「ったく、奥村も隅に置けねぇな?」
「ほんとほんと、これぞ本物の愛玩カップル誕生的な?」
「も、もうやめてってば…」
早速久保が新谷にも話したようで、昼休みになるとすぐ二人の話題を振られていた。
「まあでもお前らならそういう関係になっても納得だわ」
「うんうんやっとくっついたんだって感じ」
特に引いたりするわけでも、茶化すわけでもなく
久保は僕たちを見てそう言ってくれた。
「二人とも、男同士で引くとかびっくりするとか、ないんだ…?」
不思議に思い、そう聞くと
「別に、な?大体同性カップルなんか十人に一人はいんだし、引くこたねぇだろ」
新谷はさも当然かの様に言ってきて久保もそれに続いて言う。
「驚きはしたけど俺に関してはずーーーっと沼ちゃんからまーくんのこと相談受けてたし?」
「えっ、そうなの……?」
「まじかよ」
僕の言葉に被せるように新谷も驚いていて
「そうだよ?体育祭終わりぐらいからちょくちょくまーくんのこと話してくるようになってさ~」
「めっちゃ前からじゃねぇか」
「何故かまーくんの好きな人が俺なんじゃないかって疑ってきてたぐらいだし」
と久保は言っていて
僕は「え、なんで?」と聞き返すと
「よく俺と一緒にいるとこ見てたからだと思うよ。」
「あと俺が体育祭の借り物競争でお題で好きな人連れてゴールしなきゃいけないやつでまーくん連れて行ったじゃん?」
「あぁ、そういえば…」
「あれもあってかまーくんが俺のこと好きなんじゃないか~って言ってきてさ?なわけないのに」
僕がその言葉に驚いていれば久保は続けて
「あ、あとあれもだ!前の壊れたクマのキーホルダーもイニシャルがNだからって〝絶対あれ薺のNじゃん〟とか言い出したからね?」
「えっ、そ、それだけで??」
(ていうかそっか…普通イニシャルって
下の名前選ぶしちょうど沼塚もNでなずくんの名前もNだから……っ)
(でも、僕……そんなに沼塚に想われてたんだ)
そう改めて実感して嬉しくなってしまって
思わず顔が緩んでしまうのを
なんとか堪えていると
「別にここで言うことじゃなくない?!
しかも奥村の前で…」
そう慌てたかと思えば、急に冷静になって
「でもさ、じゃああのNって俺ってこと…?」
僕の方に顔を向けて問うてきた。
「…ま、まあ…そうだけど……い、今更重すぎてキモイとか言われても困るからね」
保険をかけて返すと「いや、嬉しすぎてやばい」
とニヤける沼塚を見て僕は
「…はあ、なんか、泣いてたのがバカみたい」
と、つい本音が溢れてしまった。
「なに沼ちゃん泣かせたの?」
「沼男もここまで来るとクズだな」
その言葉に「語弊やめろ、そういうんじゃないっての!奥村、泣いてたって、放課後俺に告白してくれたときのことでしょ?」
と沼塚が慌てて言う。
「そ、それはまあ、そうだけど」
すると久保が興味ありげに
「え、感情昂ってとか?」と聞いてきて
僕は首を横に振り、口を動かす。
「…いや、沼塚に好きバレして…もう終わったなと思って、いっそ気持ち悪がられていいから全部ぶちまけてやろうと思って好きだって口にしたら、止まんなくなったっていうか…」
「…だからあんな支離滅裂だったんだ?…まぁ、それ言うと俺も急に奥村が避けだすからなんかしたのかなって必死だったんだよ」
「泣くほど好きなんだー?沼ちゃんのこと」
「ち…っ、違う、から」
「てかまーくんはいつから好きだったの?」
「え……っと、夏祭り辺りから…って
も、もういいでしょこの話…!」
これ以上は聞かれたくないと僕は制止させると
久保が
「んじゃ最後にひとつ!二人って付き合ってもう1週間なわけでしょ?どこまでやったの??」
と聞いてきた。
「えっ」
「だってもうキスはしたんでしょ?」
「いや、まだだけど」
僕の返答に
「え、まじ?沼ちゃんのことだから手早いと思ったのに」
と驚いた様子を見せる久保に
「人をヤリチンみたいに言わないで貰えますか??薺とは違うんですー」
と怒った笑顔で突っ込む沼塚。
「ふーん、なんか意外。
まあまだ1週間だしそんなもんなのかな」
「タイミングが合わないんだよ
しようとすると大体邪魔が入るんだから」
沼塚は不服そうに言うが
「まあ、そんな急ぐものでもないし…ていうか僕、沼塚とキスとか無理な気してきてるんだけど…」
と、罪責感を覚えつつ口ごもる。
すると沼塚が僕の両肩に手を添えて不安そうに眉を下げる。
「奥村俺としたくないの…?!」
「そ、そういうんじゃなくて…」
「じゃあなんで」
「ま、マスク外すのまだ抵抗あるんだよ…っ」
顔が赤くなっているのを自覚しつつ
沼塚と目線を合わせながら答えると
「こんな可愛いのに?」
と人差し指で僕のマスクの下の口を覗くように
マスクを顎まで下ろしてくるものだから
「っ……!?き、急に下ろすの悪質すぎ」
驚きと恥ずかしさでテンパりながらマスクを元の位置に戻すと
「ごめんって、でも奥村も俺とキスしたいとか思ってくれないの?」
「そっ、それは、どっちかと言えば…
したいけど……」
「じゃあ恥ずかしがらなくていいじゃん」
「でも絶対赤面するからやだ」
「大丈夫、俺に得でしかない」
真正面から飛んでくる言葉にありのままの言葉で言い返す。
「僕に損しかないってこと分かってる??」
「だって奥村とキスしたいし」
驚くほど素直な言葉に驚いていると急に犬みたいに引っ付いてくるものだから
「ひ、ひっつくなバカ!」
と引き剥がしながら顔を押し返すと
「はいはい、バカップルのイチャイチャは授業始まるまでに終わらせてねー?」
と久保が声をかけ、新谷も
「奥村も大型犬と付き合うと大変だな」
とケラケラ笑っていた。
「そんなんじゃない…!」
と言い返すが、二人とも聞き流すように席を立って廊下へと消えていった。
そんなこんなで沼塚と付き合って2週間が経とうとしていた。
まだキスも出来ていないし
自分から手を繋ぐことも出来なくて。
何より、男同士で付き合っているということで
さらっと公にはできなくて
隠すように付き合っているため
進展が全くない。
昼休み───…
「と、とにかく学校でベタベタすんの禁止!外でも同じ高校の人の目があるところでは手繋ぐのもだめ」
空き教室にて沼塚と二人で弁当を食べながら、僕はそう告げる。
「そ、そんなぁ……」
案の定沼塚はこの世の終わりのような顔で俺を見る。
犬みたいなつぶらな瞳に押し負けそうになるが、なんとか耐える。
「そんな顔してもだめだから」
もちろん沼塚が嫌いな訳では無いし
むしろ好きだ。
付き合ってから好きが増してる気さえする。
でもいざ手を繋ごうとしても
人の目があって恥ずかしさが勝ってしまい
沼塚から手を握られても人目があると
咄嗟に離してしまう。
何より、学校でいちゃつけない理由は他にある。
「…それに、後藤くんの目もあるでしょ」
そのとき、以前沼塚が後藤が自分のことを嫌ってるのは仕方ない、と話していたことを思い出した。
「って、そういえばこの前、後藤くんに嫌われるのは仕方ないって言ってたけど聞きそびれてたよね」
「ん?あぁ、そういえばそっか」
「あれってどういうことなの…?」
尋ねると、さっきまでの犬みたいな表情から一転、急に真剣な表情になる。
「実は中学のころさ、後藤と同じクラスで、でもアイツ、アニメが好きってだけで女子に虐められるようなってさ。それを唯一助けてたのが俺と俺の元カノだったんだけど」
「え……その話本当なら沼塚のことをこんな恨むほど嫌うとは思えないんだけど…」
「原因はその後なんだよ、これがまた複雑なんだけど…結論から言えば恋路を巡った逆恨み」
「……え?」
「そのときはまだ俺、元カノ…まあ名前出しちゃうけど、サリナって言うんだけど、実は──…」
そうして沼塚が話し始めたので
真剣に耳を傾けた。
沼塚の話によれば
中学1年のころ
サリナと後藤が恋人同士だったこと
サリナはクラスのカーストトップの女子にグループに誘われていたがそれを断ったことにより
「生意気」と判断され
その矛先が地味で目立たない・アニメを見ているチー牛オタクというレッテルを勝手に貼られた後藤くんに向いたこと。
それを聞いただけでも
(なんとも群れて人を叩くのが好きな害悪陽キャ女子らしい…)
と自分事のように身の毛が弥立った。
「それで、後藤を助けたことでいじめが無くなったのは良かったんだけど、後藤も笑顔増えたしさ。でもその翌週にサリナが急に俺に告白してきたんだ。」
「え、でも後藤くんと付き合ってたんじゃ?」
「そう、そのとき俺は知らなかったんだけど
ちゃんと円満に別れたって言うから」
「それで、付き合ったんだ…?
沼塚も、好きだったとか…?」
「告白されてから、意識はしたよ。」
「可愛かったし、彼女欲しかったし…って、はは…これだけ言うとチャラ男って思われるかもだけど
ちゃんと真剣に考えてたんだよ?」
苦笑いする沼塚が続けて言葉を吐く。
「でも、サリナと付き合って、まあ1週間もするとそれが風の噂でクラス中に広まって、美男美女カップルって持て囃されてたんだけど…後藤に話しかけても無視されるようになって」
「最初は、友達が元カノと付き合ってるってのはやっぱ気まずいか、ぐらいにしか思ってなかったんだけど、サリナがいないときに一緒に帰ろって誘ったら「人の女奪っといてよく話しかけられるな」って言われて」
「え……だ、だって円満に別れたんでしょ?
ならどうして」
「完全にサリナの嘘だったんだよね」
「ウソ…?」
「後藤にそう言うこと言われて、なんとか話し合ったんだけど、そのときに別れ話でサリナに
〝沼塚くんのこと好きになっちゃったから、別れたいの〟って一方的に言われたらしくて」
「そ…そんなことが」
「だから後藤の俺への恨みは相当だったよ。でも付き合って3ヶ月ぐらい経って、サリナが急に後藤に告げたみたいに俺に別れよって言ってきたんだ」
「あ……もしかして、それがイメージと違ったって言われたやつ……?」
「そうそう、そういや前に樹たちから聞いたんだっけ?サリナのこと」
そう問われて、数ヶ月前に新谷たちと元カノについて少し話していたことを思い出した。
「あっうん、名前とかは知らなかったけど、それで沼塚、恋愛する気失せたんだよって樹くんたちは言ってた…」
「まあね、それもあってかもう後藤と仲良くできることはないと思ってるから」
「でも、そんなすれ違いみたいな感じで…?」
「まあ……俺も結構ショックだったし。でも後藤は俺以上に辛かったと思うから。だからもう仕方ないと思ってるよ」
そう話す沼塚の表情はどこか悲しげで、僕はそれ以上何も言えなくなってしまった。
(やっぱり、沼塚…)
外野が口を挟んでいいことでは無いと思うし
似つかわしい掛ける言葉も思いつかなくて
「そっか……」と返すしかなかった。
それに元カノとの恋路を巡った逆恨みで後藤くんに恨まれているなんて思いもしなかった。
「ま、そんなわけだから、俺は後藤の目を奥村が気にする必要は無いと思ってるんだけど」
「う……ん」
そう呟くと
沼塚が僕の頭をわしゃわしゃと撫でる。
「もー、俺と後藤のことなんだから、奥村がそんな深刻そうな顔しなくてもいいのに」
「で、でもさ…そんなことで友情崩れるって、あんまりだなって。…ぼ、僕が感情移入しすぎなのかもだけど…」
「はは、奥村はやっぱ優しいね」
「そ、そんなことないし……」
(それに…ショックなのはどっちもじゃないのかな…一度は友達だった仲なんだろうし……)
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