テラーノベル
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「てか明後日クリスマスじゃん」
学校を後にして二人で歩く帰り道
横を歩く沼塚が思い出したようにそう言った。
「あ、もうそんな…?」
クリスマス
その単語を聞いただけで駅前の扉で道を塞ぐバカップルやイルミデートでイチャつくカップルが想像できてしまう。
リア充に囚われすぎている思考回路をいい加減どうにかしたいところだ。
(…でも……沼塚と、一緒にクリスマスデートとかは……ものすごくしたい)
そんな僕の心情を読み取ったかのように
沼塚が言う。
「奥村、24日予定とかある?」
「えっ?な、ないけど…」
「じゃあさ、イルミデートしようよ」
「…!…いいけど、どこで?」
「札駅でいいんじゃない?」
「てか顔赤いけど……そんな寒い?」
「だ、大丈夫…っ、そういうんじゃなくて……
僕も、今、誘おうかと思ってた…から」
恥ずかしくて顔を背けると
沼塚がぱあっと嬉しそうに目を開いて
「マジで?」と嬉々とした笑みで言う。
ニヤける沼塚に空恥ずかしくなって
「思っちゃ悪い?」と口を尖らすと
「全然」と言って沼塚が僕の手を取り握る。
「ちょ……っ、な、何して…こんなとこで恋人繋ぎしないでよ、人に見られたら…!」
「俺の奥村だもん、見せつけたいじゃん?」
その顔と言葉に心臓が跳ねた。
「……っ」
「え、引いた…?」
「……よくそんな恥ずかしいこと堂々と言えるなと思っただけ」
(……無理、にやけそう、嬉しすぎる)
そんな気持ちを隠すように素っ気なく返すが
「はは…まあ、本当はさ、ずっと奥村とこうやって帰りたかったし」
「……っ、そういうのもう良いから……!」
(なんでこいつはこういうセリフを
恥ずかしげもなく……)
「あれ、照れた?」
「…照れてない」
「でもちょっと顔赤くない?」
「さっ、寒さのせいだから……!」
そんなやり取りをしながら歩く帰り道。
クリスマスが待ち遠しくて仕方なかった。
そんなクリスマス前日
逸る気持ちを抑えて朝から出掛けたのは
いつも行くショッピングモールの一角に位置するカジュアルなものから韓国系まで取り扱うメンズ専門店。
服にあまり興味のない僕でさえ知っているブランドだ
そのメンズ専門店の店内を物色して見つけたのは1着のチェスターコート
いつも黒系か白系のベーシックなものしか着てなかった僕にとってそれはとても目新しいものだった
その他にも気になるトップスとズボンを見つけ、その三点を手に抱え
さっそく試着室で鏡の方を向いて試着をしてみると普段の自分とは違って見えて胸が躍った。
「いいなこれ、これにしよう」
即決して着替え直し、レジに持って行き会計を済ませて店を出た。
(ちょっとは、かっこよく見えたらいいけど…)
そう思いながら歩く帰路は驚くほどに足取りが軽かった。
そして迎えたクリスマス当日。
約束の時間より少し早めに待ち合わせ場所に着いた僕は、冷たい冬の空気に身を縮こまらせながら、沼塚を待っていた。
(……今日、考えてみれば初デートなんだよね)
そう思うと、なんだか緊張してくる。
しばらくすると、向こうから見慣れたシルエットが歩いてくるのが見えた。
「奥村~、お待たせ」
「……っ、ううん、僕も今来たとこ」
沼塚はいつもより少しカジュアルな服装で、それがやけに新鮮に見えた。
普段の制服姿とは違う、私服の沼塚。
何度も見たはずなのに
イケメンしか着ないようなロングコートに加え
細身の黒パンツを着こなす長い脚
クリスマスだからと張り切っているのか
いつもセンター分けにしている髪がオールバック風にセットされていて
(か、かっこいい…いつもと雰囲気違うし、こっちも、好きかも…)
思わず見惚れてしまって
「髪、セットしたんだ?」と聞くと
「あーー…うん、ちょっと、張り切っちゃってさ」
「…そ、そっか。いいと、思うけど」
「ほんと?よかった!奥村も可愛いね」
「そのマフラー。奥村にすごい似合ってる」
不意にそんなことを言われて、心臓が大きく跳ねる。
「べ、別に普通のマフラーだけど……」
「ははっ、奥村が着てると全部可愛く見える」
「……っ」
(……真に受けるな僕…っ、ほんとに…こういうことサラッと言うんだから)
「…じゃ、行こっか」
そう言って、沼塚は僕の手を取った。
ドキッとしながらもその手を握り返すと
「今日はいいんだ?」と横から聞かれたので
「…今は…デート、なんでしょ。」
不器用なりにそう答えると沼塚が嬉しそうに笑った。
そうして、僕たちはクリスマスデートを開始した。
イルミネーションで彩られた通りは幻想的な光に包まれていて、まるで僕たちを祝福しているような気分になる。
静かに手を繋いで歩いていると
自然とドキドキしてきてしまって
僕は緊張を紛らわせる為に口を開く。
「結構、カップル多いね…」
そう言う僕に対し、沼塚も辺りを見渡しながら答える。
「まぁ……クリスマスだしね」
みんな高校生とか
社会人ぽい人たちもいるけど、男女ばかり
見せつけるように彼女の腰に手を回していたり
恋人繋ぎをしている。
(当たり前だけど、僕らはただの友達同士に見えてるのかな…)
男女が手を繋いでいたら恋人だと決めつけるのに
それが同性同士だとただの友達としてしか見られない。
別に見せつけたいとかそういうわけではないけど
(それはそれで、悔しいな)
そんなことを考えていると沼塚が僕の手を引きながら
「奥村、ちょっとコンビニ寄っていい?」
真横のローソンを指さして言う。
「うん」
返事を聞くやいなや、沼塚は足取り軽く店内へと入っていき、僕も後をついていく。
店内はクリスマスの装飾で彩られていて
普段見慣れない光景に胸が躍る。
「何か買うの?」
レジ横のホットスナックコーナーに来たところで沼塚に聞くと
沼塚は「ちょっとからあげクン食べたくなって、奥村も何か買う?」と首を傾げた。
正直、からあげクンは好きだし食べたいなと思い
うんと答えると
「お、これ新しいやつだ」
と言って沼塚が手に取ったのは、レッドでもレギュラーでもない
しょうがたっぷりのからあげクン。
ふとその横を見るとネギたっぷりのからあげクンがあって、好奇心からそれを手に取る。
からあげクンと飲み物をレジに置いて
一緒に袋に入れてもらい店内を出る。
早速沼塚も僕も袋からそれぞれ買ったからあげクンを取り出して
爪楊枝の封を開けて肉玉を1つ掬い口に入れる。
「……それ、どんな味?」
横で美味しそうに頬張る沼塚にそう聞くと
一口食べてから言う。
「結構辛いけど美味い。1つ食う?」
そう言って、沼塚が僕の口元に肉玉を差し出してきた。
「じゃあ、ひとつだけ…」
「はい、あーん」
「……ん」
今日ぐらいはいいかと恥ずかしさを押し殺して言われるまま口を開けると
肉玉が中に入り、咀嚼する。
(……ちょっと辛いけど美味しい)
「どう?」
「……ん、美味しい。…沼塚も、ねぎいる?」
そう言って爪楊枝で刺したネギ味のからあげクンを沼塚の口元まで運ぶと
沼塚は「あーん」と口を開けた。
「あ、美味い。こいつぁ気に入った」
「なにその如何にもなアニメっぽいセリフ」
「え知らない?最近流行ってるミーム」
「どーせ誹謗中傷で溢れてる承認欲求しかない男女のたまり場のshort動画アプリでしょ」
「ははっ、親でも殺されたんかってぐらい言うじゃん」
交換こして笑い合う。
そんなささやかな時間にも幸せを感じながら僕らは手を繋いでクリスマスに彩られた通りを歩く。
すると暫く歩いたところで
煌びやかな装飾がされた噴水のある広場に出た。
そこは見渡す限りカップルだらけで
圧倒されてしまう
「すごい混んでるね」
「うん、男女しかいないし…僕ら浮いてない?」
そう言われて辺りを見回す。
確かにこのカップルだらけの中
男同士の僕たちはかなり浮いている気がする。
そんなことを考えていると、沼塚が僕の耳元に口を寄せて言った。
「誰に迷惑かけてる訳でもないんだし
俺らは俺らで楽しもうよ」
そうは言ってくれるが…やっぱり少し気まずい。
そう思ったのも束の間、沼塚に手を引かれる。
そしてそのまま噴水の前のベンチに二人並んで座ると
沼塚がこっちを見てきて
目が合うと
その眼差しは真剣で
ドキッとすると同時に胸が高鳴る。
すると沼塚の両手が伸びてきて僕の頬を包んだかと思うとそのまま引き寄せられてキスされる……
かと思いきや
「奥村、マスク反対になってるよ?」
「えっ!?……っ、」
指摘されて慌ててマスクを外して確認する
「…え、あれ?なんだ、沼塚
これなんも反対なってないけど…」
言いながら、落としていた視線を上げて沼塚を見ると「ごめん、嘘ついた」とだけ言って
また頬に触れたかと思うと
親指で唇に触れられて
「本命はこっち」と触れるだけのキスをされた。
沼塚の唇の形、感触を感じて
それは間違いなく一瞬のことだったけど
途端に顔に熱が集まっていくのを感じて
僕は何も言えず真っ赤になりながら俯いた。
(う、うそ今、キス……っ)
しかし、沼塚は一向に言葉を発さなくて
気になって顔を上げると
沼塚は真っ赤な顔で目を泳がせていた。
「……えっ」
「…その、じ、自分からしといてなんだけど…
結構、恥ずいね」
「……い、今更?」
「はは……。てか、奥村も顔赤すぎでしょ」
そう言って笑う沼塚に返す言葉が見つからなくて言葉に詰まる。
(……っ、だって)
「……沼塚が、急にキス、するから…」
そう小さく言うと途端に恥ずかしさが込み上げてくる。
しかも、平気な顔してるとかじゃなくて
した側も照れてるとなると
余計に調子が狂うってもんだ。
(……もうほんと、なんなの)
悶々として顔も合わせられず俯いていると
「……ねえ奥村」
と呼び掛けられて。
「……なに」
「俺、今日すごい楽しみにしてたんだよね」
その言葉に俯いていた顔を上げると同時にお互いの間に置いた手に触れられて
徐々に指の間に沼塚の指が侵入してきて
もうずっと心臓がうるさいほど跳ねていて
顔だって絶対赤くなってる自信があるけど
僕は平静を装って
「…クリスマス、だから?」
と、また目線を逸らして返す。
本当は沼塚が楽しみにしてくれてたの
凄く嬉しいし
僕も待ち遠しかったって返したいのに。
すると沼塚は頬を赤らめながら言った。
「クリスマスだからってよりは…
奥村と、初めてのデートだし…かっこつけたくて」
(な、なにそれ)
そんなの僕だってそうだ。
沼塚と初めてのデートで
前日にわざわざショッピングモールに足運んで4時間ぐらい悩んで
予算内で新しい服とズボンを買って
前日の夜に何度も変じゃないか確認して
こんなの浮かれてないわけがない。
だけどそれを言葉にするのはまだ恥ずかしくて
黙っていると
「奥村は?」と沼塚が聞いてくるから
またドキドキして
でもそんな
〝前日から浮かれまくってました〟
なんて恥ずかしすぎて言える訳もなくて
ぶっきらぼうに
「…そりゃ、楽しみにはしてたよ。」
と返すと
「ほんと?浮かれてるの俺だけかと思っちゃった」
ニカッと笑うその顔にまたしても胸が高鳴ってしまう。
(ああもう、ダメだ僕……沼塚のことすきすぎる)
そんなやりとりの後、再びマスクを付け歩き出し
時間も時間なので札駅の中のスターバックスで
ギリギリまでお茶をして解散しようということになった。
スタバに着くなり、ホットのドリップコーヒーに好みのトッピングをして
クリスマス限定のマグカップを注文すると支払いをし終わってドリンクが乗ったトレーを持って席を探す。
空いてる席を見つけて向かい合って座ると
コートを脱いで
沼塚に背を向けて椅子の背もたれにかけると
「あれ、奥村…セーターに値札ついてる…?」
と僕のセーターの襟元を触りながら言ってきた。
(…値札?!や、やば、昨日買って服だけ取り忘れてたんだ…!)
しかも
それをよりにもよって沼塚に指摘されるとか
(……っ、は、恥ずかし…)
「やば、昨日買って取り忘れ……」
「え、それ昨日買ったの?」
(し、しまった…!つい口が滑って…)
「とりあえず取ってあげるから後ろ向いて?」
「うっ、うん…」
言われるがまま沼塚に背中を向けるとセーターの値札を剥がす音が後ろから聞こえてきて
ドキドキする。
(やばい、絶対顔赤くなってる……)
「はい取れた」
「……あ、ありがとう」
そう言って前に向き直ると
「奥村、昨日買ったって言ったけど」
「もしかして今日のために買ったの?」
そう言って沼塚は僕の顔を覗き込んでくる。
「……っ、や、あの、これは」
(う……と、とにかくなにか言い訳を…っ)
「…たまたま、昨日出掛けてた、だけで…!」
「ねえ奥村、今日いつもと雰囲気違うしクリスマス
だからなのかなとしか思ってなかったけど…」
その真っ直ぐな眼差しから目を逸らしてしまうが
「…ぬ、沼塚と、初めてのデートだから……本当は、誘ってくれたときから浮かれてて、それで、その、新しいの買っちゃった、だけ」
しどろもどろになって言った言葉はもう尻すぼみになってしまって。
「え……じゃあ俺のために?」
「……っ、う、浮かれててバカみたいって
思わない?」
もう今更隠してても仕方がないと観念してそう聞くと沼塚は目をまん丸にして
「いやめっちゃ嬉しいんだけど……!
奥村そんなに楽しみにしててくれたんだ…?」
その勢いと声の大きさに思わずビクッとする。
「っ、声大きい!」
「ご、ごめん。」
「え…沼塚、な、なんでそんなジロジロ見てくるの…??」
(まだ値札ついてるとかじゃないよね…?)
不安に思ってセーターの裾を摘んで確認するが何も付いていなくて
「ぬ、沼塚?」
再び沼塚の目を見てそう聞くと
「いや、だって奥村が可愛いこと言うから…」
そう言って顔を手で覆う沼塚は指の隙間からでも分かるぐらい頬が赤く染っていて
「か、可愛くないし…っ」
「可愛いよ。また顔赤くなってるし」
「っ、ぬ、沼塚こそ…」
言いながら沼塚に視線を送ると
「……奥村が俺とのデートで浮かれてるとか嬉しくて、さ…」
そんな沼塚の予想外な反応に胸がきゅっとなると
同時に、恥ずかしさで頭がいっぱいになる。
「…こっちまで赤面するからやめて」
そう言ってお互い
誤魔化すようにコーヒーを啜る。
数十分ほどしてから店を出て
沼塚を見送るために改札前まで来ると
既に時刻は20時を回っていて。
するとすれ違ったカップルの会話が聞こえた。
『お揃いのペンダント買えて超うれしかった~
明日は家でゆっくり過ごそーね♡』
そう言って通り過ぎていく量産型な大学生ぐらいの女子の〝お揃い〟という言葉に
(……そういえば僕、沼塚とイルミデートできるって浮かれてプレゼントとかなんも用意してなかった…!)
そんなことを考えていると沼塚に顔を覗き込まれて
「奥村?どうかした?」
「え?あっ、いや、なんでもない…!」
慌ててそう返すと
沼塚は何か言いたげな顔をしたがそれ以上何も言ってこなかった。
(沼塚…と、なにか恋人っぽいものお揃いでつけたりしたいって言ったら…どんな顔するかな)
そしてそのまま改札の中へと入っていこうとする沼塚の背を見て
言うなら今しかないと思い
「……っ、沼塚!」
沼塚のコートの袖を掴んで声をかけると
沼塚は振り返って首を傾げる。
「どした?」
「……あの、さ…明日って終業式終わったあと…
時間ある……?」
「明日?妹とクリパするからあまり遅くは無理だけど6時までだったら全然平気だよ」
(よかった……)
「だ、大丈夫。そんな遅くならないと思うし…
その…」
「うん」
「っ、帰りに、なんか…お揃いでも、そうじゃなくてもいいから…なんか一緒に買いたいなって……思った、んだけど」
「俺とお揃いの?」
「そ、そう」
「それってつまり…恋人的な意味で……?」
「…せっ、せっかく付き合えたんだし…
そういう恋人っぽいなの…沼塚と、付けたいっていうか…い、嫌だったら全然」
(……勇気出して言ってみたはいいものの、沼塚そういうの嫌かもしれないし…やっぱり言わなきゃ良かったかも…っ)
そんなことを思っているといきなり手を引かれてそのままギュッと抱きしめられた。
「!?ちょ、な、何して……」
突然のことに驚いて離れようとするも力が強くて離れられなくて
「……やばい」
「な、なにが…?時間…?」
「奥村が可愛すぎて死にそう」
そう言ってさらに力を込められる。
「っ、く、苦しいってば……!」
そう言うと沼塚徐々に腕の力が弱まっていって
「俺も奥村となんかお揃いの買いたいなって思ってたんだけど、重いかなって悩んでたから…奥村から言ってくれたのめっちゃ嬉しい」
「え…沼塚も?」
「うん。奥村がお揃いの物欲しいって
思ってくれてて安心した」
そう言って笑う沼塚につられて僕も頬が緩んでしまう。
(なんだ……僕だけじゃなかったんだ)
そう思った瞬間、胸が高鳴ると同時にまた沼塚の顔が近付いてきて
「あのさ、奥村……キス、もう1回したい」
「へっ?いや、人見てるしさっき一回したじゃん」
「もっとしたくなっちゃったんだけど」
「だ、だめだってば…!」
言いながら沼塚の肩を手で押して離れると
「あ、明日も会うんだし…そのときで、いいでしょ…っ」
「…そ、そっか。うん、その……じゃあ、我慢する」
(が、我慢するって何……!)
「じゃ……じゃあまた明日。」
そう言って沼塚に手を振ると
「うん、おやすみ」
沼塚は改札の中へと入っていった。
(……っ、さすがにここでキスしたら心臓持たないし…よ、よかった)
そんな後ろ姿を見ながらそんなことを考えてほっと胸を撫で下ろし
同時に、あっという間だったなと
さっきまでの時間がもう終わってしまうことに少し寂しさを感じた。
しかし、まだ沼塚の唇の感触が残ってる気がして
僕は思わず自分の唇に指で触れて
その感触とドキドキにしばらく浸っていた。
(……は!やばい、ぼーっとしてないで早く帰らないと…っ)
そんなことしてる場合ではないことを思い出して自分も急いで帰路に着く。
しばらくして家に着くとリビングからはテレビの音と一緒に母の笑い声が聞こえてきていた。
手洗いうがいを済ませてリビングに向かうと
母に「おかえりなさい、外寒かったでしょう。」と声をかけられたので「ただいま」と返して
コートを脱いでとりあえず風呂に入ろうと思い
荷物を部屋まで持っていくと
着替えを持って浴室へと向かった。
すぐにシャワーを済ませ
部屋着に着替えて歯磨きをすると
寝る準備を整える。
部屋に戻りベッドへ飛び込むようにして横になった。
(どうしよう……なんかすごい、まだ幸せ感が溢れて止まない)
言わずもがな
クリスマスデートの余韻に浸っていた。
沼塚と恋人繋ぎしてイルミネーションで彩られた街を歩くのは、本当に夢みたいな気分だった。
それこそクリスマスイブの一夜の夢みたいな。
(楽しかったな……一瞬…だったけど
初キス……しちゃったし)
もう何度思ったか分からないことをまた反芻しながら一日を振り返っていたけど
ふいにさっきの沼塚の言葉を思い出してしまい
また顔が熱くなる。
〝奥村が可愛すぎて死にそう〟
(……っ、沼塚ってなんであんな恥ずかしいこと
サラッと……)
(やっぱり陽キャの余裕?イケメンの余裕ってやつ…?!)
そう心の中で叫ぶと僕は布団を頭まで被った。
そして、明日また沼塚に会えることを楽しみにしながら眠りにつくのだった。
翌日
12月25日、クリスマス当日
僕の学校も冬休みに入るということで
今日はいよいよ終業式だ。
しかし昨日あんなことがあったせいか
なかなか寝付けなかったせいで少し寝不足で頭がぼーっとするし体が重い気がするが
(でも沼塚たちに会えるし、今日は沼塚と帰りに約束もあるし……楽しみ)
そう思うと少し気分も上向きになった。
いつも通りの時間に登校して教室に入り
自分の席まで向かうと
既に自席に座っている沼塚の後ろ姿を発見し
「沼塚」と声をかけて近付くと、僕の声に気付いたのか沼塚もこっちを振り返ってきて目が合った。
「あっ奥村、おはよ」
そう返すが、昨日の今日で前よりも沼塚のことを意識してしまっているのか
「お、おはよ」とぎこちない返事をした。
するとそんな僕の顔を見た沼塚も珍しいことに
少し頬を赤く染めて目を逸らすから
また胸が高鳴ると同時に昨日のことがフラッシュバックしてきて気恥ずかしくなるが
なんとか平静を装っていると
ホームルームの時間を告げるチャイムが鳴った。
担任が教室に入ってくると
ものの数分で体育館へ移動が始まった。
校長の長い話を終えて教室に戻ってくると
すぐに大掃除が始まり
1時間ほどしてそれも終了し。
最後に通知表を渡され
保護者宛に郵送する資料や冬休み中の諸注意を
聞き終えるとようやく解散となった。
(ふう…やっと終わった……)
僕が心の中でそう思うと
ほぼ同時に隣席の久保も
「はーー、やっと終わった~」と呟いた。
僕はずっと座っていて固まった体をほぐすように伸びをして席を立つと
新谷と沼塚も同時に離席し
久保が僕らに向かい口を開く。
「ねね、沼ちゃんたちこの後なんか予定あるのー?」
「あーごめん、今から奥村と予定あるから」
そう言って断る沼塚に
「えーなになに二人デート?」
「デートは昨日したって、今日は普通に、ね?」
「ま、まあ…うん」
そんなやり取りをしてると新谷も帰る準備をしつつ口を開く。
「悪ぃけど俺もパス、れなとデートあるし」
と久保に言い出すが
「聞かないでも分かるっての
どーせ彼女とパコパコすんでしょ」
と久保がふざけたように返す。
「しねぇわ阿呆」
それに沼塚も付け足すように言う。
「樹ってば今日のためにずっとシフト入れまくって彼女のプレゼント費用稼いでたんだからないない」
「うわー真剣交際すぎてなぎくん尊敬しちゃう~」
いかにもわざとらしく久保が言う。
「絶対思ってねぇだろ」
「大体、薺なら女子から誘い来てるんじゃないの?」
沼塚がそう聞くと久保はスマホを取り出して画面の上で指を滑らせチェックでもするように呟く。
「いやぁ来てるけどー16時の子と17時の子と、18時の子計3人ね。それまで暇でさー」
「いや何人来てんの」
思わずそう突っ込むと
「これでも絞った方だから!しかもみんなスタイルいいし顔面可愛いしで最高なわけ」
「それにみんなイケメンって理由だけで3人ずつクリスマスデートすんの了承してくれたし問題なしっ!」
親指を天井に向けてドヤ顔する久保。
(前々から薄々思ってはいたけど、やっぱりなずくんって顔が良いというステータスを持ち合わせてるだけあって、それを前面に出してるし超がつくほどの女たらしだ…)
「やっぱこの顔のおかげだな~ってしみじみ思うよねぇ」
「本当にお前自分の顔にだけは自信満々だよな」
「だって性格クソじゃん?俺」
「ははっ、そこは認めてんのほんとウケる」
「てか沼ちゃんに断られたから俺でもいいやって感じで来てる女の子がほとんどだけどね??」
「「えっ」」
ほぼ沼塚同時に僕も声を上げて驚く。
「沼塚、誘われてたの?」
沼塚を見つめながら尋ねると沼塚は
「あー……うん」と少し気まずそうに返す。
「い、いつ?昨日とか…?」
「そうそう、奥村とデートしてたからスマホあんま見てなくて別れたあとに気付いたんだけど、インスタのDMで7人ぐらいからメッセージ来てたんだよね」
「そ、そんなに来てたのに全部、断ってくれたんだ…」
(なんかそれって、すごい嬉しい…
僕のこと優先してくれたんだ……)
そんなことを考えて照れていると
「なんていうか、イブも当日も…
時間が許す限り奥村と一緒にいたかったし…っ」
なんてそっぽを向きながら言う沼塚の頬が少し赤らんでいて
「そ、そう…」
また、今朝みたいなぎこちない返事しかできなくなる。
「そこでイチャイチャしないで??」
と突っ込む久保の声を聞きながら
(沼塚って本当に僕のこと好きなんだ……嬉しいな)
そんな実感が湧いてきて
心臓がさっきよりも大きく跳ねた。
そんなことを考えていると
新谷が慌てたように口を開き
「ってやべ、れな待たせてんだった。俺先に行くわ」
そう言って教室を出て行く新谷に久保も続くように「じゃーねバカップル~」
と言って教室を出て行き
僕と沼塚だけが教室に残された。
なんだか突然二人きりになると緊張してしまって昨日よりもぎこちなくなってしまった気がする。
するとそんな僕を見兼ねてか
「と、とりあえず行こっか」
と、沼塚が先に歩き出すので
「う、うん」
と返事をして僕も教室を出て
一緒に下駄箱へと向かった。
(ふ、普通に普通に…自然体で、平常心で…っ)
そう言い聞かせて心を落ち着かせながら
学校を出ると既に雪がちらついていて
吐く息も白かった。
今日に限って妙に沼塚を意識してしまっている
自分がいて。
恋人繋ぎは愚か
手を繋ぐのも気恥ずかしくなってしまって
ポケットに手を突っ込んでしまう。
それは沼塚も同じようで
いつもすぐに手をつなごうとしてくるのに
珍しく何もしてこない。
そして寒空の下
雪かきがされた道を二人きりで歩いていく。
シャーベット状になった雪を踏み締めながら二人で無言で歩いていると
ツルツル路面に引っかかり
足が前にツルッと滑って
思わず視界に入った
沼塚のコートを掴んでしまった。
しかし沼塚は転びそうになった僕に咄嗟に手を伸ばして体を支えてくれると
そのまま僕を抱き寄せた。
そして僕も咄嗟の出来事だったために素直にその胸元に飛び込む形になってしまって。
急接近な事態に
急速に顔に熱を帯びて焦っていると
頭上から沼塚の声が降ってきて
「奥村っ、大丈夫?」
心配そうな声色で顔を覗き込むように尋ねられる。
「ご、ごめん…!」
そう返すが、心臓はバクバクとうるさいくらいに高鳴っていた。
咄嗟に離れて
チラッと沼塚の顔色を伺うと
沼塚も少し頬を染めていて
(な、なんで沼塚まで赤く……)
そんなことを思っていると
今度は僕の左手に沼塚の指が触れてきて
「えっ……」
思わずそんな声が出してしまうが
「奥村、危なっかしいから」
と指を絡め取られる。
「また転びそうになるかもしれないし」
「なっ、た、たまたま今は地面がツルツルしてただけだし…!」
照れ隠しでそう言うと沼塚は寂しそうに眉下げて
「……俺と手繋ぐの、嫌?」
少しの間のあとに甘い声でそんなこと言われたら
拒む方が無理というもので。
「嫌じゃ……ない」
(っ……本当に、この顔に弱い…)
そう思いながらも今度は素直にその手を握り返した。
そしてそのまましばらく無言で歩いていると
いつの間にか駅付近に着いていて
「奥村、恋人みたいなの欲しいって言ってたよね。百貨店とか、ドンキ行ってみる?」
と沼塚に提案される。
「あっうん、広いし…なんかいいのあるかも」
「じゃあとりあえず、見に行ってみよっか」
そう言って沼塚は僕の手を引いて
百貨店へと足を向けた。
そして二人で店内を散策していると
ふと、雑貨屋が目に入り
二人で雑貨屋に入るとそこにはペアのマグカップやキーホルダーなどがあって。
(カップルがお揃いで持つやつだよね……)
そう思いつつ店内を回っていると
「奥村!見てこれ…!!」
沼塚がそう言って指を刺したのはスマホケースで。
しかしよく見ると
それは以前沼塚と一緒にやった
所謂サンドボックスゲーム「悠久のクラフター」
通称「ゆうクラ」というスマホゲームのリリース15周年を祝ったコラボ商品だった。
「えっこれ……ゆうクラのコラボグッズ?!」
沼塚は興奮状態でコクコクと頷く。
よく見てみると、ハンドタオルやボールペン
ノートやストラップの他にも
パスケースやスマホケースなどが置かれていた。
「やば、全部買いたい…」
「それな?種類ありすぎ」
「てかこれで500円はバグ」
すると沼塚がスマホケースを手に取りながら僕に尋ねる。
「ねえ奥村、これさ、ペアで買わない?」
それは黒色のスマホケースで
中央にゆうクラのキャラクターとロゴがプリントされていた。
「え、いい。めっちゃかっこいい……これにしよ…っ!」
沼塚の提案にそう即答する。
お互いにスマホケースを手に取ると
他のグッズも見てみる。
(あ、これいいな)
そう思って手に取ったのはゲーム内に登場する主要キャラクターである
バツ目の白猫と赤色の柴犬のボールチェーンの着いたぬいぐるみキーホルダーで。
(お揃いでつけたら良さそう…)
そんなことを考えているとふと視線を感じ
隣を見ると
「なんかいいのあった?」
と横から沼塚が僕の手の中にあるものを覗き込むように見る。
「このキーホルダー
カバンに付けたいなって」と言うと
「えっかわいいじゃん、それ俺も買お」
僕は白猫を、沼塚は柴犬の方を手に取って
1時間ほどそのコーナーに入り浸り、
会計を済ませ、お互い紺色の手提げ袋にグッズを入れてもらうと、そのまま店を出た。
そして百貨店を出てしばらく歩き
駅の中に入ると、朝はなかった
ツリーが中心に置いてあって。
「うわ……でっか……」
その大きさに思わずそんな声が漏れる。
「クリスマスっぽいね」
そんな会話を交わしていると
突然沼塚のスマホから着信音が鳴り出し
画面には妹という名前で電話が来ていて
「あ、愛華からだ。ちょっとごめん」
と沼塚は電話にでる。
(そういえば妹さんの名前知らなかったな、愛華ちゃんって言うのか)
「もしもし、なんかあった?…うんうん
えっ…こっちに帰ってきてるの?」
そんな声が聞こえてきて
(どうしたんだろう…?)
そんなことを思っていると電話が終わったようで。
「妹さん、なんだって?」と聞くと
沼塚は興奮したように
「母さんと父さん、出張終わって今こっちに帰ってきてるらしい」
と言う。
「えっ、じゃあ今日家族でクリスマスパーティーってこと?」
「そうみたい、いや、ほんと1、2年ぶり…声は電話では聞いてたけど、今日もきっと帰ってこないと思ってたのに…」
沼塚は嬉しそうに言う。
「ふっ…沼塚、嬉しそう」
「だって1、2年ぶりだよ??そりゃ嬉しいって」
妹がいるから平気とは言ってたけど
やっぱ相当嬉しいんだろうな…
本当に主人の帰り待ってるワンコみたいで、ちょっと可愛いななんて思ったりして
「じゃ、そういうことなら時間もちょうどいいし、ここで解散しよ」
と返す。
改札上の電光掲示板に目を通すと
沼塚の方が時間が早かったため
そう言って見送る態度を取ると
「うん、じゃ」
沼塚は嬉しそうに微笑んで手を振り
改札の中へと消えていった。
その数十分後に自分も改札を潜り
ホームのベンチに座って電車を待っていると
カップルや子連れの観光客でホームは賑わい始めて。
僕も人のいない端っこに移動して
電車が来るのをスマホを見ながら待っていた。
しばらくすると、間もなく電車が参りますというアナウンスが聞こえ
程なくして電車がホームへと滑り込んでくる。
そして僕の目の前に停車しドアが開くと
スマホを一旦ポケットに仕舞い、乗車して
ドア付近の壁に腰かけ
リュックを足元に下ろした。
そして先ほど沼塚と百貨店で購入したゆうクラのスマホケースを手提げ袋から取り出すと
早速つけちゃうか、と逸る気持ちを抑えられず
再びスマホを取り出してカバーを付け替えた。
そして、ついでに白猫のぬいぐるみキーホルダーも取り出してリュックに付けてみる。
(……わ、いい感じ)
その出来栄えに満足していると電車は発車して 加速しながら窓の外の街並みが流れ始めた。
(お揃いって言っても周りからしたら男同士で好きなゲームのグッズつけてる風にしか見えないんだろうな)
傍から見れば恋人には見えない
それだけ聞くと刹那にも感じるけど、逆にいい。
沼塚と僕だけが知ってるって
ふたりのヒミツみたいで悪くない。
(…そういや随分前にフレンド登録して以来、遊ぶってことなんだかんだなかったし、冬休み中にゲーム一緒にやろって誘ってみよっかな…)
そんなことを考えつつ、窓の外をぼうっと眺める。
すると、視線の先で雪が降り始めていて
それが街の中へと溶け込んでいく。
風光明媚なその光景は、なんだか幻想的で。
思わず目を奪われていた。
そんな景色を目に焼き付けて、しばらく電車に30分ほど揺られて
最寄り駅で降りると
改札を潜り抜けて帰路へとついた。
(今日は楽しかったな……)
そんなことを思いながらも家に着いて
玄関のドアを開けると
リビングの方から母さんが顔を出して
「おかえり」と声がかかる。
「うん、ただいま」
そう言うと靴を脱ぎながら廊下を抜けてリビングに行く。
「晋、明日から冬休みでしょ?」
「あ、うん。はい、これ保護者のプリント」
リュックからプリントの入った
ファイルを取り出し
通信簿やお便りを母に差し出すと
母がそれを受け取りながら言う。
「それはいいけど…あんた。小学校の頃から課題休みギリギリまでやらなかったり、一教科やるの忘れてたー!ってことあったんだから気をつけるのよ?」
「はいはい、昔のことでしょ。今はやってるし」
「はいはいってねぇ…遊ぶのもいいけどちゃんやるのよ?わかってるの?」
「わかってるって、もう部屋行くから」
「あっ、ちょっと!」
小言が始まりそうな気配を察知してそそくさと部屋に逃げ込む。
中央のテーブルの足元にリュックを起き、制服から部屋着へと着替える。
スマホも雑にベッドに投げると
特にすることもないし
(ゲームでもするか……)
そんな軽い気持ちで据え置き機にソフトをセットして電源を入れると
TVゲーム版のゆうクラを起動させる。
(やっぱスマホよりでかい画面でやるのがいいな)
短いロードを終えると、テーブルの上でコントローラーを操作する。
胡坐をかいて
気分転換にスキンでも変えようかと思い
白猫の通常Ver.から昨日追加されたクリスマスVer.のスキンに変更し
データ01を選択して、アイテムを集めたりするだけの作業をしていると
ベッドに放置していたスマホから着信音が鳴り出した。
コントローラーを一旦テーブルに置いて立ち上がり、ベッドの方に体を向け
膝を曲げずにスマホを取って画面を見る。
するとそこには沼塚の名前があって。
(え……沼塚から電話?め、珍しい)
っていうか今日クリスマスパーティ張り切ってたし両親帰ってきて喜んでたのに、電話するほどの用でもあるのかな…
なんて不思議に思いながら通話ボタンをタップしスマホを耳に当てる。
「もしもし…?沼塚?」
名前を呼ぶと、駅で別れる数秒前と同じく沼塚が嬉しそうに 言葉を発した。
「あ、奥村?!」
「こ、声でか…」
「ごめんごめん、てか聞いて!
めっちゃ嬉しいことあってさ」
開口一番、そんなことを言い出すので
「なに?嬉しいことって」と聞き返すと
「それがさ、俺、札幌の方に引っ越すこと
なったんだよ!」
その声があまりにも無邪気で、楽しそうで。
しかし〝沼塚が|札幌《自分の住み》に引っ越してくる〟という思いがけない報告に
「えっ、さ、札幌?沼塚って余市住んでるんだよね??なんで札幌に?」
と疑問をぶつけると
不思議がる僕とは対照的に沼塚は嬉しそうに続ける。
「父さんと母さん転勤が理由でさ、それで厚別区の方に本店があるらしくて、そっちに引っ越すことなったんだよね」
「えっ、厚別区って…僕が住んでる
白石区の隣ってこと?!」
ど近所じゃないか、と内心取り乱しながら尋ねる
「そう!だから今めっちゃテンション上がってんの」
「まさか、それで電話かけてきたの…?普通にメッセでも良かったのに」
「だって、早く言いたくてさ」
沼塚はそう返す。
「そ、そっか」
(…メッセで済むこと、わざわざ電話で教えてくれるとか…なんか、嬉しいかも。しかもクソテンション高い…)
わざわざ電話をかけてきてくれた沼塚を無碍にすることも出来ず
「でも札幌ってことは、もしかしたら電車とか一緒になることあるかもね」
と当たり障りのない言葉をかけた。
すると、沼塚は興奮したように
「それ!それが一番言いたかったんだよ、奥村と一緒に通学できる可能性大だし放課後デートもできること増えるなって!」
と言う。
そう言われて気づいたが
沼塚と通学するってことは、同じ電車に乗って
同じ車両で、一緒に登校できるかもしれない
ということ。
(…教室に着いたら沼塚が先にいる毎日が、これからは朝から一緒に過ごす日々になる…ってこと?)
その状況を想像しただけで胸にじわっと温かい感情が広がっていく。
「それってさ…朝、一緒に登校できるかもってこと?」
そう聞くと電話の向こうで沼塚が頷く。
「うん…あと、引っ越し作業終えたら奥村と札幌でデートしたいなって。無理じゃなければ!」
と沼塚は珍しく遠慮がちに言う。
(沼塚と、札幌でデート……)
そう思ってしまうと思わずにやけてしまいそうになったがグッと堪える。
そして平静を装って沼塚に告げた。
「いいよ。……僕も冬休み中どっかで会いたい、って思ってたとこ」
そう答えると電話の向こうから歓声が上がる。
「本当に?!」
その声があまりに嬉しそうだったから、なんだかこっちまで嬉しくなったりして。
「……うん、てかそれなら絶対アニメイトは連れて行きたい。ゆうクラのグッズめっちゃあるし」
「うわいいじゃん行こ!?こっちにアニメイトないからいっつも通販とかブックオフで買ってたからさ~」
「あっ、そうなんだ?…えっと、その、引越しっていつ頃なの?」
「今日25日だから、言うて2日か3日かかるぐらいだし今月中には余裕で引越し終わるかな。……ってそうだ、ねえ奥村!」
言っている途中に沼塚の声のトーンがまた上がった。
「新年のさ、初詣一緒に行かない?」
「えっ、初詣?」
(初詣……一緒に?新年から沼塚と会えるとか、最高…かも)
「奥村って元日、もう予定ある…?」
「……あ、一応、午前中に家族で初詣行くことにはなってるけど、参拝して帰るだけだろうし…」
沼塚に会えるなら会いたい
そんな気持ちが先行して
「だからその、昼過ぎぐらいに合流して、二人で…とかでもいいなら、全然……」
と思わず口走ってしまう。
沼塚と、と付けなくても〝行きたい〟の簡単な4文字すら言えないのが悔しいけど
「え、ほんと?じゃあそうしよ!」
沼塚の嬉しそうな声が電話越しに聞こえて胸を撫で下ろす。
「う、うん」
その勢いに押されるように頷くと沼塚は嬉しそうに続ける。
「やばい、すげー楽しみなってきた……
あ、でもさ昼過ぎって結構混んでるよね?
どこで待ち合わせする?」
そんな会話をして
結局待ち合わせ神社の入り口である鳥居の横あたりで、1時ちょうどに、ということになった。
すると丁度
「ごめん奥村!愛華呼んでるからもう切らないと」
と言われて沼塚との通話が終わってしまうことに寂しさを感じつつも
「あ、おけ。じゃ、おやすみ」
と返して通話を切ろうとすると
「奥村、もう寝る?あとでまたかけてもいい?」
と続けてくるものだから
予想外な言葉に
「……まだ起きてたら、しよ」
電話越しに話す沼塚には見えない顔を赤くしながらポツリと呟いた。
沼塚は嬉しそうに「約束ね?」と言って
そこで通話は終了した。
沼塚の声が離れてても聞ける
恋をしたら世界が変わって見えてくるってのは本当なんだなって実感してしまう。
僕は気づくとベッドにダイブしていて、足をバタバタとさせていた。
(やばい…!!今日は呑気に寝てられない、沼塚とまだ話したい…)
そんなことを考えていると、突然部屋の扉がガチャっと音を立てて開かれて
「ちょっと晋、さっきからご飯って呼んでるじゃない、ベッドで足バタバタさせてなにしてるのよ?」
母さんが部屋に入ってきてそんなことを言ってくる。
「え、い、いつからそこいたの……!
急に入ってこないでってば…っ」
思わず恥ずかしくて叫びそうになりつつも慌ててベッドから降りると、スマホを枕の下に突っ込む。
「さっきから呼んでましたー、もう、いいから早く降りてきなさい。ご飯冷めちゃうじゃない」
「わ、わかったよ。すぐ行くから!」
そう答えて母さんが部屋を出て階段を降りていくのを確認すると
はあとため息を漏らして
部屋を出てリビングに向かった。
リビングに入ると父さんはもうテーブルに座っていて、母さんはキッチンで料理を盛り付けていた。
席にみんな座ったのを確認すると手を合わせ
いただきますと言って箸を持つ。
真ん中に置かれたメンチカツを頬張るとご飯を掻き込んで、豆腐とワカメの味噌汁を一口飲む。
その間考えてしまうのは
料理の味でもなければ
TVの野球中継に目を奪われながら手を挙げて嬉声を挙げている母さんの騒がしさでもなく
さっきのことで。
(沼塚とメイト、それに初詣まで……楽しみだな)
その約束に口元を緩めていると、母さんが
「なにニヤニヤしてるのよ?なんかいいことあったの?」
と聞いてくる。
「べ、別に……」
そう答えてご飯をかっ込み
ごちそうさまをすると食器を重ねて流しにつける。
そしてそそくさとリビングから部屋に戻りスマホを確認するとまだ時刻は9時で
念の為沼塚からの着信を確認するがまだ来ていないようだった。
(さ、さっき電話したばっかなんだからそんなすぐ来るわけないっての…僕、期待しすぎ…)
自分を自制するように言い聞かせて
ベッドに仰向けになって寝転がり
暇つぶしに放置ゲーを開いて時間を潰していたが途中で飽きてしまい
再びゆうクラを起動させてコントロールを握る。
スマホはすぐ確認できるようにテーブルに置いて
それから1~2時間ほど経ってからか
まだかな、クリパだしそのまま寝ちゃったかなとスマホをチラチラと見つつ悶々としていると
着信音とともに
画面上に「沼塚からの着信」が表示されすぐさまコントローラーから手を離してスマホを手に取った。
「もしもし?」
通話ボタンを押して電話に出ると
「あっ奥村、今大丈夫?」
「う、うん。大丈夫だよ」
そう答えると沼塚が嬉しそうに言う。
「よかった、奥村の声もう一回聞けて」
(なに、その可愛い言い方)
そんな言葉を言われてしまうと思わず顔が熱くなる。
「声ぐらいいつでも聞けるでしょ…」
「まぁそうなんだけど、はは…
てか奥村はいまなにしてたの?」
「今?…部屋で適当にゆうクラしてた。
沼塚はパーティーもう終わったの?」
「そそ、今さっきみんな就寝タイム入って、俺も部屋戻ってきたところ」
そんな会話を交わして
暫くゆうクラについて話し込むと
〝通話しながらスマホでフレンド通信してゆうクラやる?〟と尋ねられたので
僕は、え、やりたい、と二つ返事でOKして
自分のワールドに沼塚をフレンド招待した。
5分後…
「奥村やばいこっちめっちゃ宝石ある」
「えっどこ!テレポして行く」
10分後…
「沼塚、なんか別のアクションゲームの
面白いモットあるみたい」
「えっマジ?どれ、入れてみよ?」
さらに30分後…
「奥村今家の中?窓から外見てみ」
「え?…ん、は?まさかこの白い巨塔みたいなの……に、鶏??wてかいつの間にかサバイバルからクリエイティブモード切り替わってるし」
「今だいぶ上まで来てるから、あっ奥村今サバイバルモードしないでね?」
「…おけ。…あ、手が滑っちゃった」
「ちょ、奥村?!落ちてる落ちてる!!
今絶対サバイバルモードに切り替えたしたでしょ!死ぬ!!!」
「え?フリかと思って、つい」
数分後…
「まじでこの鶏どうすんの、僕の作った家の周りに張り付いてるみたいに居るから爆弾作って爆破できないし…」
「いや可愛い鶏さん簡単に殺さないで??」
「可愛くてもそんなのが何十も重なって移動してたら不気味なんですけど」
「えぇ、いいでしょーが……w」
「やばい鶏恐怖症発動しそう、屋根にまでうじゃうじゃいるじゃん、ひとりひとり燃やすしか」
「いっそのこと家ごと爆破しちゃえば?
そんで新しく作ればいいじゃん」
「いや簡単に言わないで、それだけはしない!
この家結構な豪邸だし中も拘ってるし…!
制作時間1ヶ月だよ?」
「めっちゃ頑張ったんだwそりゃできないね」
「他人事だと思って……大体これ何匹いるの」
「1000匹は軽く超えてそう、えぐい量タップしたし?」
「うん、詰んだ」
そんなこんなで、洞窟探索したりモットを変えてみたり、自分の作った家周辺で別々に作業したり
ふざけ合ったりとして遊んでいるうちに
気が付けば4時間が経過していて
スマホの左上に表示された時刻を見ると「2:47」になっていて。
「待ってもう3時来るの早くない?」
驚きから声を上げると
「やば、もうこんな時間か。
……奥村そろそろ寝る?」
と沼塚も同じことを思ったようでそう聞かれる。
(今楽しくなってきたってのに…でももうこんな時間だし……)
そんな思いから出た言葉は
「…うん、沼塚も明日…っていうか今日か。引越し作業始まるならもういい加減寝ないとでしょ」
だった。
「それはそう、んじゃこの辺で終わろっか。
引っ越し終わったらまた連絡する」
弾んだ声でそう言われ
心拍数が一気に上がるのを感じつつ
平静を装って言う。
「……うん…じゃ、おやすみ」
そんな言葉を交わして通話を切るとベッド横にスマホを置く。
(やばい……やばい、楽しすぎた)
いや、ゲームしただけだ
結構ふざけてたし。
沼塚が僕のワールド来て鶏大量発生させたときの背景のエグさやら
クリエイティブからサバイバルモードにして沼塚が真っ逆さまに地上に落ちて
叫んでいたときの焦ったような笑いが頭にこびり付いて離れない。
それだけ楽しかったってことだよね……と
さっきまでの通話を思い浮かべ
ベッドの上で毛布にくるまると
物思いに耽りながら満足感に目を閉じた。
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