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第三十三章
疑念
―忍び寄る代償―
煉華の肩が、ぴくりと震える。
その小さな反応を、羅刹は見逃さなかった。
「……少し気になりまして」
「私が……ですか?」
「ええ」
羅刹は煉華の前で立ち止まると、その表情を静かに見つめた。
「先ほどから、何度かお呼びしました」
「え……?」
「お気づきになりませんでしたか」
煉華は目を瞬かせる。
「……すみません。考え事をしていたので」
「そう、ですか」
羅刹は穏やかに微笑みながらも、その視線は煉華の耳から離れなかった。
「(偶然……でしょうか)」
戦場でも、そして今も。
呼びかけへの反応が、ほんの一拍だけ遅れている。
もし、それが偶然でないのだとしたら──。
羅刹は静かに目を細めた。
「朱雀の巫女さま」
「はい?」
「最近、耳鳴りや、聞こえにくさを感じたことはありませんか?」
その問いに、煉華の表情がわずかに曇る。
「……え?」
「いえ。少し気になっただけです」
煉華は不思議そうに首を傾げる。
「私は、大丈夫です」
そう答えて微笑む。しかし、その笑顔はどこかぎこちなかった。
羅刹はそれ以上追及せず、小さく一礼した。
「失礼しました」
静かにその場を後にする。
一人残された煉華は、小さく息を吐き、もう一度水面へ視線を落とした。
冷たい水が夕焼けを映し、ゆらゆらと揺れている。
胸の奥に残る重苦しさは、まだ消えない。
蒼紫が倒れた瞬間の光景が、何度も脳裏をよぎる。
「私が……もっと早く動けていたら……」
漏れそうになった言葉を飲み込み、煉華は小さく首を振った。
「もう、考えるのはやめよう」
そう呟いた、その時だった。
──ぽちゃん。
どこかで、水滴が落ちる音が響いた。
煉華は顔を上げ、静かに辺りを見回す。
「……今、何か音がした?」
自分でそう呟きながらも、その音がどこから聞こえたのか分からない。
水の流れる音だけが、静かな裏庭に響き続けている。
胸の奥に、小さな不安だけが静かに広がっていった。
コメント
1件
輪廻さん、第33話読ませていただきました。 羅刹が煉華の「聞こえ」の異変に気づく場面、とても静かで繊細な緊張感があって引き込まれました。「私は大丈夫です」と微笑む煉華のぎこちなさが切ないですね……。最後の水滴の音も、何かの予感を感じさせて胸がざわつきました。続きが気になります。