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その手には、深い紺青色の封蝋で封じられた書簡があった。
双頭の鷹の胸に刻まれた七芒星と若木の双葉。
王都で目にしたことのある、アレクト・グラン・ヴァルドール皇太子殿下の私印だ。
戦を象徴する剣と、平和を願う橄欖の枝。
その相反するふたつを同時に抱く紋章は、不思議とアレクト本人によく似ている気がした。
「ありがとう」
ランディリックは差し出された手紙を受け取ると、その場で封を切った。
リリアンナは何気なくその様子を眺める。
外交に関わる内容だろうから、詳しいことまでは聞かないつもりだった。
だが、書簡へ目を通したランディリックの表情が、わずかに和らいだのが分かって、思わず問いかけてしまう。
「良い知らせだったの?」
「ああ」
ランディリックは頷いた。
「アレクト殿下の戴冠式の日取りが正式に決まったそうだ」
「戴冠式……」
そういえば。
先王陛下――オルディス・ヴァルター・ヴァルドール――が崩御されてから、アレクト皇太子は実質的に国を率いてはいるものの、まだ正式に即位したわけではなかった。
「戴冠式が終われば、新体制が本格的に動き出す」
どこか安堵したような声だった。
「それに合わせて、各方面の調整も進められるだろう」
「各方面?」
「まぁ色々とあるんだよ」
ランディリックはそう言って微笑んだ。
それ以上は語らない。
けれど、その言葉の裏に何か大きな動きがあることだけは伝わってきた。
ふと、リリアンナは先ほどの話を思い出す。
「そういえば、雪鷹って以前はいなかったよね? 私があの子の姿を見かけるようになったの、最近になってからな気がするんだけど、気のせいかな?」
「気のせいじゃないよ」
ランディリックが柔らかく微笑む。
「使い始めたのは、キミのデビュタントの後からだ」
「え? そんな最近……?」
「ああ。元々は必要なかったからね」
そう言って、ランディリックは小さく肩を竦める。
「あの子をセレノ殿下から譲り受けたのが、ちょうどその頃なんだ」
「セレノ殿下から?」
リリアンナは目を瞬かせた。
「ああ。アレクト殿下が今後のことを見据えて動き始められた時期でね。セレノ殿下が連絡手段として譲ってくださったんだ」
「じゃあ、その頃から王都とも雪鷹でやり取りを?」
「いや」
ランディリックは首を横へ振った。
「当時はまだ王都には飛ばしていなかった」
「そうなの?」
「ああ。先王陛下がご存命だったからね」
静かな声だった。
「雪鷹はイスグラン帝国には存在しない鳥だ。王都へ飛ばせば嫌でも目立つ」
なるほど、とリリアンナは頷く。
「だから最初は、僕とセレノ殿下の間だけで使っていたんだ」
「そうだったのね」
「だが、先王陛下が崩御されて状況が変わった」
ランディリックは窓の外へ視線を向けた。
「アレクト殿下にも香印をお渡しして、王都とのやり取りにも使うようになったんだ」
だから最近になって、城の上空を飛ぶ雪鷹の姿を頻繁に見掛けるようになったのだろう。
「アレクト殿下はマーロケリー国との和平をのぞんでおられる」
静かな声だった。
「だから僕も、それに応える必要があってね」
リリアンナは小さく息を呑む。
王都で起きた出来事は、思っていた以上に大きな変化を生み出していたらしい。
セレノ殿下の来訪も。
頻繁な書簡も。
雪鷹も。
すべては、その先へ続く道の途中なのだ。
ランディリックは再び書簡へ目を落とした。
「急がねばな」
小声でつぶやかれた声音に、リリアンナは小首をかしげる。
アレクト殿下の戴冠。
セレノ殿下の来訪。
そして――もしかしたら、自分とお腹の子の未来。
実際、ランディリックが何を急ごうとしているのか、リリアンナには分からない。
けれど、その視線の先に、自分たちの未来も含まれていたらいいのに、と願わずにはいられなかった。
コメント
2件
ランディリックに任せていればきっとみんなうまくいく!
ああ〜もう、このエピソード沁みるわ…!😭💕 ランディリックが「急がねばな」ってつぶやくシーン、めっちゃグッときたよ…リリアンナの「自分たちの未来も含まれていたらいいのに」って願いがじんわり胸に響く…! あと雪鷹の秘密が明かされる流れ、世界観が深まって最高だった〜!🦅✨ 鷹槻さん、この物語の空気感、ほんと好きすぎる…!次の話も超楽しみにしてるねっ🌸