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「今日は随分と顔色がよろしいですね」
お茶を注ぎながら、ナディエルがほっとしたように微笑んだ。
「そうかな?」
言いながら、リリアンナは自分のお腹へそっと手を当てる。
ここ数日は匂いだけで気分が悪くなったり、急に眠くなったりしていたけれど、今日は珍しく身体が軽かった。
「ええ。昨日までよりずっと。お食事も、今日はいつもより少しだけたくさん召し上がられましたよね?」
「うん」
「無理は良くないですけど……食べられる時にはなるべく栄養摂っておきましょう」
彼女の言葉に、「そうね」と微笑むと、ナディエルがどこか安心したように微笑み返してくれる。
ランディリックや料理長、そして専属侍女のナディエルはもちろんのこと、執事のセドリックや侍女頭のブリジットも、最近はリリアンナの食事にものすごく気を張っていて、ほとんど食べられずに席を立ったりすると、何だったら食べられそうかと思案してソワソワし始める。
もちろん心配してもらえるのは嬉しいけれど、お腹の子ともども大丈夫だと思ってもらうためにも、リリアンナ自身、少しでも元気な姿を見せて皆に安心してもらいたかった。
そんなことを考えながら、リリアンナはアップルティーを一口含んだ。
つわりが始まってから濃い香りは受け付けなくなっていたけれど、思い出の林檎から作られた品だからだろうか。これだけは不思議と喉を通ってくれる。
ナディエルが色々試してくれた中でも、数少ないお気に入りのひとつだった。
とはいえ、それほどの量が飲めるわけではない。
リリアンナは手にしたカップをテーブルへ戻そうとした。
「あっ」
それと同時、ひざ掛けがするりと滑り落ちかけて――。
「あら、いけません」
ナディエルがサッと手を伸ばし、それをしっかりと押さえてくれる。
「お腹を冷やしてはいけませんよ、お嬢様」
慣れた手つきでリリアンナの世話を焼くナディエルの仕草は、いつものことながら手際がいい。
ここへ来たばかりの頃から思っていたけれど、自分よりほんの少し年上なだけのナディエルなのに、彼女はリリアンナなんかより、ずっとずっと世話焼きに慣れていた。
侍女だから、と言ってしまえばそれまでなのだろうが、リリアンナにはナディエルのそういう動きが、時折それだけではないように思えるときがある。
「ねえ、ナディ」
「はい」
「ナディって……子どもの扱いが上手そうよね」
そう言うと、ナディエルは少しだけ目を瞬かせた。
「そうでしょうか」
「うん。なんとなく」
リリアンナが頷くと、ナディエルはふっと懐かしそうに微笑んだ。
「実は私、ここへ来る前は、弟や妹の面倒を見ておりましたので……」
「え?」
リリアンナは思わず顔を上げた。
「ナディ、弟妹がいたの?」
「はい」
どこか遠くを見るような眼差しだった。
そう言えば、この城に住む従者たちは皆、年に一度は里帰りをしている。
でも、ナディエルがリリアンナのそばを離れたことは、リリアンナの記憶の中で、ただの一度もなかった。
(セドリックやブリジットでさえ不在の時期があるのに……)
リリアンナがそんなことを考えている間にも、ナディエルは話し続ける。
「末の妹などは、私が寝かしつけないと眠らない子でした」
「そうなの?」
「はい」
ナディエルの優しい表情を見て、なんだか少しだけ、うらやましく思った。
ダフネと自分は従姉妹同士。一緒に住んでいた間は形ばかりとはいえ姉妹という体裁だったため、『お義姉さま』と呼ばれていた。けれど、ナディエルが話してくれたような優しいエピソードなんて、ひとつもない。
「手はかかる子でしたが、とても可愛かったんですよ」
ナディエルの笑顔に、リリアンナも思わずつられて微笑む。
「夜中に泣き出しては私の部屋へ来るものですから、よく抱いて屋敷の中を歩き回ったものです」
「大変だったでしょう?」
「大変でしたが、嫌ではありませんでした。弟も手伝ってくれましたから」
その声はとても優しかった。
ナディエルの昔語りを聞きながら、リリアンナは少し首を傾げる。
そういえば、ナディエルの家族の話なんて、今まで一度も聞いたことがなかった。
こんなに優しい目をして語る弟妹がいたならば、もっと話してくれそうなのに。
「ナディのお家のお話を聞くの、初めてね」
そう言うと、ナディエルは静かに頷いた。
「お話しする機会がありませんでしたから」
そして穏やかな口調のまま続ける。
「私は元々、地方の子爵家の出身です」
思わずリリアンナは目を見開いた。
「子爵家?」
「はい。父は領地行政を担う実務派の貴族でした」
そこからナディエルは、自らの過去を淡々と語り始めた――。
コメント
2件
ナディエル貴族だった!
ナディエルの過去が初めて語られる回、めっちゃじーんときたよ…!!😭💕 リリアンナがつわりでしんどい中でも、ナディエルの優しい手際の良さに気づいて、自然と家族の話を引き出せたのが尊すぎる。子爵家出身って意外すぎてビビったし、弟妹の寝かしつけの話がもうほっこり…。二人の距離がぐっと縮まった感じがして、めっちゃ好きなシーンだった!✨