「お!特別出店だって!」
と子どものように駆けていく累愛(るあ)。
「スー…スー…」
「なにスースー言ってんだよ」
「これなんて読むん?」
と言われて特別出店の看板を見る伊織。
「スー…。スー…。わからん」
「これは「SUKH(スクー)」ですね。ヒンディー語で幸せとかいう意味です」
とルビアが累愛と伊織と同様看板を見上げながら言う。
「ガチ!?ルビアくんヒンディー語できんの!?」
「いやいやたまたまですよ!たまたま!」
と謙遜するルビアをキラキラした眼差しで見つめる累愛、ジト目で見る伊織。
「でもーこの「SUKH」の後の「LR」はわかんないですね」
「単純に「LR(エルアール)」って読むのかな?なんか洗剤みたいだけど」
洗剤みたいという発言に思わず吹き出す伊織。
「こちら「SUKH LR」という表記で「スクーラー」と読みます。
イギリス人のオリバー・ジョン・スミスさんが作ったブランドで
イギリス出身の有名グループ「Own Direction」や「Lucky Ducky」などのメンバーが着用したことで
一気に有名になったブランドなんです。
ちなみに日本で出店するのはすごく稀で、日本で買えるのは珍しいブランドなんです」
と店員さんが説明してくれた。
「そうなんですね!ありがとうございます!」
「いえいえ。ではごゆっくりご覧ください」
と言ってから軽く頭を下げてそこらへんをうろつく店員さん。
「ほおぉ〜」
とハンガーにかかったコートを見る累愛。
「ごゆっくりと言われても…外だしな」
「まあまあ」
ということで伊織とルビアも服を見てみることにした。
「お。いいじゃんいいじゃん?」
と言いながら累愛が笑顔で値札を見る。
「どうよ」
と伊織が累愛を見るとギギグギギと、錆びついた歯車の人形の首が回るように伊織を見る累愛。
その表情は鳩が豆鉄砲を食ったような
いや、鳩の鼻先をかすめるように、一歩先に隕石が落ちてきたような表情だった。
「なんだその顔」
と言いながら伊織も値札を見てみた。
「…」
いつもの死んだ伊織の表情は変わらず死んだままだったが
カラーの世界から色が抜けていきモノクロの世界になったようだった。
「そんなですか?」
とルビアも値札を見てみる。
「ほおほお。52,000円」
累愛と伊織は即座にハンガーにかかったコートをハンガーラックに戻し、そそくさとその場を離れた。
「たっこ」
「たしかに高い。シーズンオフであの値段か」
「まあブランドもんだからなぁ〜。しゃーないっちゃしゃーないか」
「7万かぁ〜」
「げっ!7万!?伊織が持ってたやつ7万もしたの!?」
「おん。え、逆に累愛のはいくらだったん?」
「4万」
「4万か。…4万ならワンチャン」
「7万を先に言われちゃったら安く感じるだろうが」
「悪い。…なんで謝ってんだ」
「どうしたんですか?」
とか会話に入ってくるルビア。
「いやね?」
と話し始めようとルビアのほうを見る累愛。すると視線の端にルビアが紙袋を持っているのが見えた。
「…ルビアくん?それ〜…」
と累愛が紙袋を指指す。その指の方向を見る伊織。
「あぁ。買いました!」
と紙袋を胸に抱えるルビア。
「か…か…買った?」
その紙袋には「SUKH LR」とイギリスの国の形が描いてあるブランドロゴが書いてあった。
「はい!」
「え…マジ?」
「マジっす!」
「なんで?」
「いや、買えるの珍しいって聞いたし」
「まあ、たしかにその言葉には魅力満点だけどさ」
「あとシーズンオフで全品25%オフでしたし」
というルビアの言葉に伊織と累愛がガバッっと振り返る。たしかにレジのポップに
あのOwn DirectionやLucky Duckyのメンバーが愛用!
イギリス発の高級ブランドがシーズンオフのため全品25%OFF!!
この機会にフォーマルな服にもカジュアルな服にも合う
日本では滅多に手に入らない服を手に入れませんか!?
と書いてあった。
「「マジだ」」
伊織と累愛、ハモった。スタスタスタと近寄り物色を始める。
「なるべく安いやつ…なるべく安いやつ…」
「あ、このコート…。うん。スーツにも私服にも使えるか」
「ありがとうございました!」
と店員さんに頭を下げられ、見送られる伊織と累愛はルビア。
「結局買ってしまった…」
となぜか残念そうに紙袋を抱える累愛。
「なんで残念そうなんだよ」
「だって!だってさ?3万もあったら愛ファス(愛嬌ファーストクラスの愛称)のCD何枚買えると思う?」
「知らん」
首を振るルビア。
「30枚くらいよ」
「そんな買ってどうすんだよ」
「え?そりゃチェキ券とか握手券とかがついてるから
メンバー全員のチェキ撮ってもらったり握手してもらったり」
と上を見ながら紙袋を抱く力が強くなっている累愛。そんな累愛の発言内容に
金出してCD買ってる側なのに、チェキ撮って“もらって”?握手して“もらって”?
疑問を抱く伊織だったが、そういう世界に疎い伊織は口には出さなかった。
ま、本人が幸せならそれでいいか
と思う伊織。結局、伊織は52,000円のコートを39,000円で
累愛は37,000円のコートを27,750円で、ルビアは65,000円のコートを48,750円で買った。
「あぁ〜!」
累愛が急に声を上げる。
「なに」
「びっくりした」
「そっか」
「なに自分で完結してんだよ」
「伊織いくらのコートいくらで買った?」
「ん?52,000のコートを39,000で」
「ルビアくんは?」
「僕は65,000円のコートを48,750円で」
「えぇ〜っと?伊織が13,000の得。
ルビアくんが?…65(ロクゴー)の?48,750円?…49(8ヨンキュー)でいいか。
えぇ〜…。16,000の得だよね?そうだよね?」
「だな」
「ですね」
「そうだよなぁ〜。そうだよなぁ〜。高いもの買ったほうが割引って得なんだよなぁ〜」
ちなみに累愛の場合、37,000円のコートを27,750円で買ったので9,250円の得である。
「があぁ〜!もっと高いの買えばよかったぁ〜あぁ〜」
「もっと高いの買ったらその分CD買えなくなるぞ」
「あぁ〜そうがぁ〜…。一体オレはどうしたらいいんだぁ〜あぁ〜!」
まるで「世界の中心でー」のようにアウトレットの通路に膝をつき、天を見上げて叫ぶ累愛。
「他人のフリして帰ろうかな」
と呟く伊織。苦笑いのルビア。
「うるさい。恥ずかしい」
累愛の頭を叩き、立たせる伊織。
「他人のフリして置いて帰ろうかと思った」
「悪魔かよ」
悪魔はオレじゃなくてこいつだよ
とルビアを見る伊織。「?」顔のルビア。その後また服を見てみたり、靴を見てみたり
アウトドア用品を見てみたり、家具を見てみたりしたが
全員数万円のコートを買っていたので、何も買うことはなかった。
「さてさて…。どうしますかな?」
とアイスクリーム片手に横並びで仲良くベンチに座る3人。
「ん〜…。あ、会社の面子にお土産でも買ってくか」
「おぉ!いいね!伊織ちゃん表情は悪魔なのに心は天使だねぇ〜」
だから、悪魔はこいつだって
とアイスクリームを舐めながら、アイスクリームを舐め
「うまっ!」
っと感動しているルビアをジト目で眺める。
「じゃ、アイス食べ終わったらお土産見に行こ!」
「累愛1人でよろしく」
「やっぱ悪魔かよ!」
ということでアイスクリームを食べ終えた後、3人でお土産を探しに行った。
「さてお土産も買ったということで」
「帰りましょうか」
「名残惜しいですけどね」
「で?なんで自然と後ろに座ってんだよ」
後ろに座る累愛に向かって車の外から言う伊織。
「うっし!じゃあじゃんけんだ!」
「わかった。じゃあ外に出ろ」
累愛が外に出る。それと入れ違いに運転席に座る伊織。
「うっしゃー!じゃんけん勝ったんねん!」
肩を回す累愛。
「帰るぞー」
と車を出す伊織。
「いくぞ伊織!じゃーんけーん…ぽん!」
シーン。累愛の目の前には駐車ラインだけ。車はなく、キョロキョロと見渡し、車の後ろ姿を見つけて
「待って待ってー!」
と追いかける累愛。結局累愛が運転し帰ることになった。
「んん〜っと?…ここかな?」
とオシャレをして繁華街の少し外れに出てきた気恵(キエ)。扉を開いて中に入る。
「いらっしゃいませ」
中はイタリアンのような雰囲気、黒を基調とし
居酒屋さんのような木の本来の色をアクセントとして使っているデザインになっており
デザインもそうだが、コンセプトとしても高級イタリアンと庶民的な居酒屋さんの両立のようなお店だった。
気恵はスマホの画面を見ながら
「えぇ〜予約しているさぎ…さき?(鷺崎)です」
「はい。サギサキ様ですね。少々お待ちください」
と店員さんはタブレットをいじる。
「はい。鷺崎様ですね。こちらへどうぞ」
「あ、はい」
ということで部屋へ案内された。カウンター席、テーブル席、そして座敷の個室があった。
案内されたのは個室。店員さんが障子を開けてくれて、靴を脱いで中に入る気恵。
「すぐにおしぼりとお水をお持ちいたします」
「あ、ありがとうございます」
店員さんは一礼をして障子を閉めた。気恵はアウターを脱いでハンガーにかけ
ハンガーがかかっていた壁の出っ張りにアウターをかけたハンガーをかける。畳に座る気恵。
「高そぉ〜」
とメニューなんかを手には取らず、一枚板のテーブルの前でちょこんと座りながらただ眺める。
「失礼します」
障子の向こうから声がし
「はい」
と応えるとスーっと障子が開き
「こちらおしぼりとお水となります。お連れ様が来られましたらお連れ様の分はまたそのときお持ちします」
と店員さんが水とおしぼりをテーブルに置いてくれた。
「ありがとうございます」
店員さんは一礼をして障子を閉める。おしぼり置きに置かれたおしぼりを取って手を拭く。
「高級感のある匂い」
部屋の香りが澄んでいるような、透明感のある香りがする。気恵はテーブルの上のメニューを手に取る。
「へぇ〜。予約もネット。予約確認もネットなのにメニューは紙なんだ。なおさら高級感ある」
と独自の高級店の観点からお店を見ているとスーっと障子が開く。
「よ!」
キャップにサングラスをした女性が手を挙げる。
「おぉ。よ!」
キャップを脱ぐ。
「おひさし鰤(ブリ)、ハマチ!」
「おひさし鰤の照り焼きぃ〜」
サングラスを外した彼女は猫ノ宮波歌。気恵の高校時代からの親友である。
「サングラスに帽子ですか。芸能人してますなぁ〜」
「まあね。ま、少ないんだけどさ?でもたまに顔指されることも多くなってきたから。
私だけならいいけど、気恵にも迷惑かかるからさ」
「おぉ〜。なおさら芸能人っぽい発言」
「お。そお?一流になってきた?」
「あ、すぐ調子に乗るとこは相変わらず」
波歌がアウターを脱ぐ。
「もらうもらう」
「サンクスー」
気恵が波歌のアウターを受け取り、ハンガーにかけて
ハンガーがかかっていた壁の出っ張りにアウターをかけたハンガーをかける。
「失礼します」
と店員さんが波歌の分のおしぼりとお水を持ってきてくれた。
「ここ波歌のいきつけ?」
「まさか。こんな高いとこ滅多に来ないよ。
俳優の先輩に連れてきてもらって、いいとこだなぁ〜って思ったから」
「ドラマの打ち上げかなんか?」
「いや?…そう言われたらなんでここ連れてきてもらったんだっけな。
ま、打ち上げは大抵お店を貸切にしてやるから。
まぁたぶん単純に連れてきてもらっただけ。…芸人さんもいたかな」
「へぇ〜。芸能人してんなぁ〜」
「まあまあ。次世代を担う女優ですから」
「頼んじゃいますか」
「流すなよ!」
ということでとりあえず乾杯するための飲み物を頼むことにした。
「ま、1杯目はビールでいいかな」
「私もビールでいいかな」
ということで店員さんを呼んでビールと店員さんおすすめの料理を数品頼んだ。
すぐに店員さんがビールとお通しを持ってきてくれたので
「とりあえず、再会を祝して」
「祝して」
「「かんぱーい!」」
と乾杯し、2人の夜ご飯が始まった。
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