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仁人side
勇斗は。
少し離れたところに座っていた。
最近は。
いつもそうだった。
隣が空いていても。
そこには来ない。
何かを渡すときも。
手が触れないようにする。
後ろを通るときも。
少しだけ遠い。
全部。
仁人のためだった。
分かっている。
自分が身体を強張らせないように。
あの日を思い出さないように。
勇斗が。
そうしてくれている。
だから。
何も言えなかった。
仁人はスマホから顔を上げた。
勇斗を見る。
台本を読んでいた。
見慣れた顔だった。
何年も。
ずっと見てきた顔。
「……」
怖くない。
当たり前だった。
勇斗なのだから。
仁人は。
しばらくその横顔を見ていた。
いつから好きだったのか。
もう。
よく覚えていない。
気づいた頃には。
勇斗は特別だった。
でも。
言うつもりはなかった。
同じグループで。
これからも一緒にいる。
好きだと伝えて。
今までの関係まで変わるくらいなら。
このままでよかった。
隣に座って。
スマホを勝手に覗き込まれて。
肩がぶつかれば。
「近いって」
そう言う。
勇斗が笑う。
それだけで。
十分だった。
好きな人が。
当たり前みたいに近くにいる。
そんな毎日が。
ずっと続けばいいと思っていた。
それなのに。
今は。
その当たり前だった距離が。
遠い。
仁人は。
もう一度。
勇斗を見る。
何も。
怖くなかった。
見慣れた顔。
聞き慣れた声。
何年も一緒にいる。
好きな人。
それだけだった。
こうして。
少し離れたところから見ているだけなら。
あの日のことなんて。
思い出しもしない。
だから。
余計に分からなかった。
勇斗が近くに来ると。
駄目になる。
不意に距離が縮まったとき。
大きな身体がすぐそばに来たとき。
手が自分の近くで動いたとき。
頭で考えるより先に。
身体が強張る。
息が浅くなる。
その瞬間だけ。
あの日の感覚が。
勝手に蘇る。
「……」
仁人は眉を寄せた。
意味分かんない。
#そのじん
のりもちさん
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目の前にいるのは。
どう見たって勇斗なのに。
この顔を。
間違えるわけなんてない。
勇斗は。
何もしていない。
むしろ。
逆だった。
あの日。
仁人が来るなと言えば。
止まった。
勝手に触れなかった。
何も聞かずに。
そばにいてくれた。
今だって。
自分が怖がらないように。
ずっと気を遣ってくれている。
なのに。
近づかれると。
身体だけが。
違うものを思い出す。
なんで。
よりによって。
勇斗なんだよ。
もっと。
どうでもいい相手ならよかった。
近づけなくなっても。
触れられなくなっても。
別に困らない相手なら。
こんなに。
悔しくなかった。
でも。
勇斗だった。
ずっと好きだった人。
本当なら。
誰より。
近くにいたい人だった。
「……くそ」
小さく漏れた。
「何?」
勇斗が顔を上げた。
目が合う。
「……何が」
「今なんか言った?」
「独り言」
「怖」
「うるさい」
勇斗が笑った。
その顔を見て。
仁人は。
また少し腹が立った。
ほら。
勇斗じゃん。
いつもの。
勇斗じゃん。
何が怖いんだよ。
こんなに。
好きなのに。
「……」
気づけば。
また見ていた。
「何?」
「何でもない」
「さっきから見すぎじゃない?」
「見てない」
「見てたじゃん」
「気のせい」
「絶対見てたって」
「うるさいな」
勇斗が笑う。
仁人も。
少しだけ笑った。
いつもの会話だった。
こうして話しているだけなら。
何も変わらない。
勇斗を見ても。
声を聞いても。
怖くない。
むしろ。
落ち着く。
だから。
余計に。
悔しかった。
本当は。
言いたかった。
お前が怖いんじゃない。
そんなこと。
最初から分かってる。
ただ。
身体が。
まだ分かってくれないだけで。
でも。
言わなかった。
言えば勇斗は。
きっとまた。
無理しなくていい。
そう言う。
急がなくていい。
そう言って。
また少し。
自分から離れる。
それが。
今は。
少しだけ寂しかった。
少しして。
勇斗が立ち上がった。
「飲み物取ってくるけど、仁人いる?」
「……水」
「了解」
勇斗が歩いていく。
その背中を。
仁人は目で追った。
しばらくして。
勇斗が戻ってくる。
ペットボトルを二本持って。
こちらへ歩いてきた。
その姿を見ても。
何ともない。
一歩。
また一歩。
距離が縮まる。
まだ。
平気だった。
でも。
あと少し。
勇斗が手を伸ばせば届くくらいまで来たところで。
胸の奥がざわついた。
息が。
僅かに浅くなる。
仁人は。
自分の身体が強張ったのが分かった。
勇斗も。
気づいた。
足が止まる。
「ここ置くね」
近くのテーブルへ。
ペットボトルを置いた。
それ以上。
近づかない。
「……ありがと」
「うん」
勇斗は。
そのまま元の椅子へ戻っていった。
仁人は。
テーブルの水を見る。
助かった。
そう思った。
同時に。
腹が立った。
勇斗が悪いわけじゃない。
分かっている。
それなのに。
勇斗は。
自分に水一本。
普通に渡せない。
いや。
渡さないんじゃない。
自分が。
そうさせている。
仁人はペットボトルを取った。
蓋を開ける。
一口飲む。
少し離れたところには。
また勇斗がいる。
本当なら。
あそこまで。
行きたかった。
水を受け取って。
ありがとう。
それだけで終わるはずだった。
たった。
それだけのことだった。
その日の仕事が終わった。
荷物をまとめて。
楽屋を出る。
少し前を。
勇斗が歩いている。
仁人は。
その背中を見る。
以前なら。
何も考えず。
隣まで歩いていた。
今日は。
少しだけ。
距離がある。
「……勇斗」
「ん?」
勇斗が振り返る。
「何?」
「……何でもない」
「また?」
「呼んだだけ」
「何それ」
勇斗が笑った。
仁人も。
少しだけ笑う。
それから。
仁人は歩幅を少し広げた。
一歩。
勇斗との距離を縮める。
胸は。
ざわつかなかった。
もう一歩。
今度は。
少しだけ身体に力が入った。
仁人は。
そこで止めた。
勇斗は。
何も言わない。
仁人が来た分だけ。
その距離を受け入れている。
近づきもしない。
離れもしない。
仁人は前を向いた。
まだ。
隣までは行けない。
でも。
昨日より。
少しだけ近い。
それでいい。
今日は。
それでいい。
本当は。
もっと近くにいたい。
好きな人なのだから。
その気持ちまで。
あの日に奪われたわけじゃない。
仁人は。
隣にはまだ遠い勇斗を見る。
怖いのは。
勇斗じゃない。
それだけは。
何度でも。
自分に言ってやりたかった。
いつか。
身体の方も。
ちゃんと分かるまで。
コメント
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第7話、読み終わりました。仁人の「怖いのは勇斗じゃない」って、頭では分かってるのに身体が勝手に強張るもどかしさ、すごく伝わってきました。好きな人だからこそ、よりによって勇斗だからこそ悔しいっていう心情が胸に刺さります。勇斗も何も聞かずに距離を取ってくれる誠実さがまた切ない…。最後の「昨日より少しだけ近い」で終わるのが、仁人の一歩ずつ進もうとする意志を感じて、すごく良かったです。続きが気になります!