テラーノベル
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仄かに光を帯びる道のようなものを、ふうはやは先へと進む。隣にいた筈の仲間の姿は、今はもう何処にもない。しかし、ふうはやは彼等の想いを背負っている。足を止めることなど出来る筈もなかった。
周囲には影の姿は何処にもない。静かな空間が唯、広がっているだけ。
しかし、決して穏やかな空間ではなかった。静謐に満ちた其処には、重苦しい重圧がひしめいている。夥しい程の感情達。悲嘆、慟哭、絶望。数多の負の感情が此の空間には満ち満ちていた。
「…全部、影達のものなのか…?」
思案する。彼等に襲い掛かってきた影は、人間から発生したもの。数多の負の感情に覆われ、呪いになり切れなかった出来損ない。
ふうはや達のようにこの異世界へと勝手に招き入れられ、そして呪いに身を滅ぼされた者達の末路。それがあの影達だった。
一つ、違えば四人もまた同じように影と変貌していただろう。しかし彼等は何故か呪いの力を身に宿し、それを代償はあれど使役するまでに至った。
だがそれは母胎の望むものだったのだろう。本当の目的は未だ不明だが、四人を呪いに浸し尽くすのが目的だったのに違いはない。
「りもこん、しゅうと…かざね…」
自らを犠牲にし、ふうはやを先へと進ませた彼等が今、無事かどうかは分からない。しかし彼等の覚悟を無駄になど出来ない。例え此の先に何が待ち構えていたとて、進むしか道はないのだ。
「‼」
そして不意に、視界は拓ける。変わらず薄暗い中に、ふうはやは見た。
「あれが、母胎…」
それはまるで巨大な心臓。ゆっくりと拍動する巨大な塊は、広い空間の中央に座している。それを支えるかのように、周囲には根のようなものが広がっている。
母胎が、ほかりと口を開くかのように裂けた。其処からずるり、と滑り落ちてきたのは影。生み出されたそれらは、ゆらゆらと立ち上がる。
「あれは…呪いの種だ」
ふうはやは気付く。母胎が影を生み出していたのではない。あれは呪いそのものを生み出すモノ。そしてそれらが人間に入り込むことで、影響を与えていると。
思い返す。此の世界に呑み込まれた時のことを。四人はそれぞれ、パソコンの画面に突如として出現した黒いモノに襲われた。そして気付いた時には引きずり込まれていたのだ。
あれは今、母胎が生み出した呪いの種。そして四人は呪いにその身を支配されることなく、楔を打ち込まれたのだ。
「!」
母胎に反応したのだろうか。ふうはやの中に存在する呪いがぐちゅりと蠢く。脳裏に流れ込んできたのは、呪いに与えられている意義。
「そういうことか…」
呪いに適合した者は、いずれ呪いをばら撒く存在となる。それが、母胎が生み出そうとしているモノだった。
母胎は直接、世界に影響を与えることは出来ない。しかし、呪いをその身に纏った人間ならば、間接的に使役することが出来る。
呪いに適合した肉体を集め、完全に侵食させる。呪いそのものとなった人間を元の世界へと送り返し、世界全体へと呪いをばら撒き、混沌へと堕とさせる。それが、母胎の狙いだった。
いんくの四人は、適合者としてこの世界で過ごすことを余儀なくされた。戦闘を行い、呪いの力を使役出来るようにし、最期は全てを呑み込む。浸食された意思と思考。それらでもって、呪いをばら撒く為に。
「結局俺らは利用されていたってことか」
かざねも、しゅうとも、りもこんも。三人はふうはやを先へと進ませる為に呪いを受け入れた。自らが消えることも厭わずに。それが、掌の内であると知りながら。
「だが、俺はまだ此処にいる。自分の意思で、立っている」
呪いの侵食度は、決して低い訳ではない。だが、ふうはやは今此処に、自分の足と意思で立っているのだ。母胎を、葬り去る為に。
キッと母胎を睨みつける。その瞳に写る意思は強く、硬い。自分の何を犠牲にしたとしても、此処で元凶を破壊しなければならない。でなくば、全ては渾沌へと沈むことになる。
母胎は言葉を発しない。しかし、溢れ出る怨嗟がのしかかる。意思などない。そういうシステムなのだから。呪いを生産し、ばら撒く。そこに大きな目的などない。
元は何から発生したのはか不明だが、今、母胎はそういった装置と成り果てている。
感情が伴っていないのならば、こちらも躊躇う要素はない。後は自分の全力を持ってあれを破壊するのみ。ふうはやの覚悟は、既に決まっていた。
「だが、このまま突っ込んでいくのも危険な気がする…」
直ぐにでも飛び込んでいき、破壊したいところ。しかしこういった場面では無鉄砲な行動が状況を悪化させることに繋がるのだ。
今、ふうはやは正義の力を持っている訳ではない。母胎より生み出された、負の力を宿している。ボスを倒して大団円、というようなゲームとは訳が違うのだ。
「何かいい作戦を考えておかないといけないな」
失敗も敗北も許されない。出来なければ、自分達は自我を失って呪いを振り撒く唯の装置と成り果ててしまうのだから。自分はまだしも、仲間達をそんな存在にさせる訳にはいかない。
思案する間も呪いの種は母胎から生み出されている。そしてそれに呼応するように、影達も集まり始めていた。
影は、種を取り込んでいるのだろう。そしてこの世界に招き入れられた人間に対し、呪いを浸食させるのだ。
「俺の、呪い…」
それが鍵になるような気がした。
ふうはやの呪いは引き裂き、そして喰らう。悪食の呪いは、特に影を好んだ。負の感情を取り込み、そして自身の糧とする。呑み込んだ時に影響はあるが、それ以降身体症状は出ていない。
「もしかしたら…」
頭に浮かんだ、ひとつの方法。上手くいくかなど全く分からない。しかし、自分に出来る数少ない事柄から、可能性があるものを選び取るしかないのだ。
思考をしている間も、呪いの種は生み出され、それを喰らう影の数も多くなっていく。この全てを相手にしながら、母胎を破壊するなど正直かなり厳しいだろう。だが、やらない選択肢など存在しない。仲間の命は、自分に全てかかっているのだから。
「…行こう」
仲間達は覚悟を決め、ふうはやに全てを託したのだ。その想いに今、応えなければならない。
「なんだかんだ、此の呪いに俺も慣れちまったよな」
ふうはやの姿が変貌していく。巨大な口に、ぎょろりと剝いた目。そして鋭い爪を有した巨大な手。
呪いの力を完全に解放する。此の戦いがどういった終着を迎えるのかは分からないが、退路は絶った。
『サァ、ハジメヨウカ!』
その言葉を合図にしたかのように、影達が一斉にふうはやに狙いを定めて襲い掛かって来る。爪で薙ぎ払い、牙で嚙み千切る。咀嚼し、嚥下すれば最早原型のない黒い感情がふうはやを浸食させようと意識を汚染する。
しかし、それしきで止まる筈がなかった。それしきで、彼の意識を封じ込めることも出来る筈がなかった。
呪いに侵食される中でも尚、ふうはやははっきりと自我を、自分の意識を保っていた。それだけ、此の戦いと仲間に向ける想いが大きいのだ。
だが、母胎は永遠に種を吐き出し、影達もそれを喰らい続ける。猛攻により多少は数を減らし、少しずつではあるが母胎へと足を進めることは出来ている。
それでもふうはやは決して諦めない。確実に前へ、前へと進み続けていた。
『アト、スコシ…!』
もう少しで母胎に手が届く。そうふうはやが思った時だった。“それ ”が、上から降ってきたのは。
『⁈』
それは影ではなかった。見覚えのある、三つの姿。呪いに汚染され尽くし、人間の姿を失ったふうはやの大切な仲間。彼等は意識を完全に失くし、頭上から降ってきたかと思うとふうはやと母胎の間にその身を横たえた。
傷だらけの身体は、彼等が懸命に戦った証。血も流れぬ身体だが、明らかに損傷している箇所が多かった。
生きているのか、死んでいるのか。そのどちらでもないのか。それすら分からない。だが、彼等の存在が、ふうはやがギリギリで保っていた均衡を崩したのは確かだった。
『アァァァァアア‼』
絶叫が響き渡る。ふうはやの精神が乱れたことにより、抑え込まれていた、体内に取り込んだ負の物達が暴走を始める。それらは、彼のナカから這い出ようと一斉に攻撃を始めた。そして遂に、ふうはやの胃袋を破り、溢れ出したのだった。
「………ここは?」
ふと、視線を上げた。何時の間にか真っ白な空間の中で唯一人、両足を抱えて座り込んでいた。
「あ、俺…」
記憶が蘇る。仲間達の想いを背負い、母胎に戦いを挑んだこと。最中、仲間達の傷ついた姿に絶望し、体内に溜め込んだ物達が溢れ出たこと。
「俺、結局…」
母胎を倒すことが出来なかった。そして自分は呪いに呑み込まれてしまったのだ。身体を張って前へ進ませてくれた仲間達を助けることが出来なかった。そう、思った。
上げた視線を床へと落とす。今、自分が置かれている状況は分からない。何処にいるのかも不明だ。ふと、足が透けていることに気付いた。
「このまま、消えちまうのかな…」
もう、自分にはどうすることも出来ない。唯々、消えるのを待つのみ。
悲しさが、寂しさが込み上げる。
「りもこん…しゅうと…かざね…」
せめて、彼等だけでも助けたかった。自分のことなど、どうなってもいい。自分を信じて背中を押してくれた、優しくて頼もしい三人だけでも。
しかしもうそれは叶わない。そう思うと余りにも辛くて。両目から、涙が零れた。
ぽつ―…
それが、地面を濡らした時だった。
「ふうはや」
耳に届いたのは、余りにも慣れ親しんだ―聲。
顔を上げる前に頭に触れた、手。止められた視線の先に、写る足元。
「りもこん…」
「泣き虫かよ! 大丈夫だよ、大丈夫」
長年一緒にいる相棒は、そう言って頭を撫で回す。浮かぶ言葉を言うことが出来ず、ボロボロと涙は溢れる。
「もー、泣かせるなよ」
「かざね…」
肩にぽん、と置かれた手。次いで聞こえてきたのは、頼りになるかざねの声。
「まだ立ち上がれるよ。いけるよ、お前なら」
「そうそう。だからさ、諦めないで」
「しゅうと…」
背中に優しく触れる手。優しいしゅうとの声に耐え切れず、嗚咽を零す。
「あー、もう。余計泣かせてんじゃん」
「背負わせちまってごめんな」
「でも、ふうはやになら任せられると思って」
何度も、何度も頷く。彼等の為にふうはやは戦ったのだ。彼等と一緒に帰る為に、覚悟を決めたのだ。
「俺達が何とかするから」
「だからさ、もう一回俺らのこと信じてもらえる?」
「大丈夫。一人にはさせないから」
三人の手が、離れる。顔を上げれば其処には、穏やかに微笑む彼等の姿があった。
「りもこん、しゅうと、かざね…!」
三人が手を差し出す。それを、力強く掴んだ。
「「「「一緒にいこう‼」」」」
両足に力を込めた。全身に感じる激しい痛み。明滅する視界。だが、意識ははっきりとしていた。
『ミンナ…』
腹部をさすれば、穴は閉じていた。地面に倒れる三人の仲間達へと視線を送り、ふうはやはその両足で地を踏み、母胎を睨みつける。
『アリガトウ』
呪いに全てを奪われながらも、仲間達はふうはやを気遣っていた。そして手を差し出し、再び立ち上がる為の力を与えたのだ。
ふうはやの瞳に写るのは、もう絶望ではない。
全員で帰るといいう、強い強い願い。そして、仲間達への信頼。
全身を侵す呪いは変わらない。気を抜けば再び汚染されるだろう。だが、今のふうはやは一人ではない。
両手へと視線を落とす。確かに、彼等は掴んで引き上げてくれた。その温もりが、踏み出す力へと変わる。
『モウ、オワリニシヨウ』
ふうはやにしか出来ないこと。母胎を破壊し、そして―――喰う。
りもこんとは違う、呪いの本質。体内に取り込むことで母胎を無効化出来ると、ふうはやは確信していた。
再び、母胎が蠢く。影達が湧き出てふうはやへと標的を定めた。
飛びかかる影達を引き裂き、ふうはやは両足で地を強く蹴った。高く跳躍し、そして。
『オワリダ』
母胎へと、牙を突き立てた。
「………ぅ…」
意識が浮上する。ずきずきと痛む頭を抑えながら、りもこんはゆっくりと身体を起こした。少しだけ時間を掛け、自分の今の状況を把握する。
「俺は…」
ふうはやを先へと進ませた後、りもこんはその場にあった全ての影をその身に取り込んだ。呪いが一気に侵食し、身体の自由は奪われ意識は混濁する。その中で見えた一筋の光へと必死に手を伸ばした所までは覚えている。
「みんなは…⁈」
影達と先頭を繰り広げた場所ではない所にいることに気付いた。視線を周囲へと向ければ、倒れるしゅうととかざねの姿が目に入った。
「しゅうと! かざね!」
まだ余り力の入らない身体を叱咤し、二人を揺り起こす。少しして彼等が意識を取り戻すと、何があったのかを尋ねた。
「俺達は、限界まで影と戦ったんだ」
元より呪いにほぼ全身を侵されていた二人は、ふうはやとりもこんを先へと進ませた後、その場にいた影達は何とか殲滅出来た。しかし、変貌した身は元に戻ることなく、互いに励まし合うも呪いに意識まで侵食されたのだ。
「俺達、何で人間に戻れてるんだ?」
しゅうとが不思議そうに言う。三人は何故か、変異した身体ではなく元へと戻っていたのだ。
「ふうはやは…?」
そうなった理由は、考えるとひとつしか浮かばない。ふうはやが母胎を破壊出来たのだと。しかし、三人が倒れていた場は薄暗く、周囲を見渡すことは出来ない。影達の姿や気配はないにしても、不気味な場所であることには変わりないのだ。
「探さなきゃ」
何とか立ち上がり、周囲を探す。そして然程立たずに、地面に倒れるふうはやを発見した。
「ふうはや!」
完全に意識を失っている彼の側へと駆け寄って確認する。息をしていることに安心し、再度周囲を見回した時に見えた光景に、三人はぞっとした。
「これって…」
しゅうとが呟く。それは、ずたずたに引き裂かれた何かの塊。三人はすぐに気付いた。それが“母胎 ”であることに。
「う…」
「ふうはや!」
呻き声が聞こえる。揺り動かせば、ふうはやがゆっくりと目を開いた。
「みんな…?」
「よかったぁ…」
無事なことに全員が安堵の息を吐いた。少しばかり時間はかかったが、ふうはやは起き上がる。
「頑張ってくれたんだな」
「ありがとな」
「お前らが助けてくれたからだよ」
全員が無事なことにほっとした。それぞれの話はおいおいするとして、この場からどうやって脱出するかという話になる。
「普通こういうのってボス倒したら帰る道が出現するもんじゃないの?」
「いや、ゲームじゃないし」
「なあなあ、此処に変な穴あるぞ」
探索していたかざねが謎の穴を発見する。覗き込めば、少し遠くに街が見える。
「帰り道みたいに見えるけど」
「すっごく怪しいくもあるけどね」
「でもさ、此処しか選択肢ない感じじゃね?」
「なら、飛び込むか?」
色々と話した結果、飛び込んでみようということになった。此処までくれば、どうにでもなれという精神だ。せめてもの保険として、四人は互いに手を繋ぐ。
「全員で帰るぞ!」
「「「おう!」」」
「せーの!」
ふうはやの合図で四人は穴の中へと飛び込む。落ちていく感覚の中、視界は黒に覆われてそして―――
―――――…
―――――…
―――――…
「結局あれさ、何だったんだろう?」
コーヒーを飲みながらしゅうとがぽろりと零す。その隣にいたかざねが分からん、と至極まともな返答をする。
「でもさ、帰れてよかったな」
あれから、幾ばくかの日が経過をしていた。穴へと飛び込んだ四人は、気付いたらそれぞれの自室にいた。夢かとも思えたが、全員がはっきりと覚えており、且つ向こうで過ごした分の日にちが経過していた。
最初はまだ戻れていないのかもしれないと疑っていたが、過ごすうちに自分達の過ごす世界だと分かった。その時の安堵感はどれだけのものか。
そして今日は、四人はふうはやの家に集まって色々と振り返りながら話をしていたのだ。
「大変だったけどさ、自分だけの力を使って戦うの、今振り返るとかっこよかったかもな」
「おもちゃ箱だったけど?」
「それ言うならしゅうとが一番かっこいいんじゃない?」
そんなことを話している三人を横目に、ふうはやは少しばかり物思いに耽る。と、りもこんが彼の頭に手を置いた。
「何はともあれさ、ありがとなふうはや」
「ん…」
「そうだよ。お前があんだけ頑張ってくれたんだから今があるんだし」
「いや、それ言うならお前らもな? 自分を犠牲にして~っての、かっこよかったわ」
「だいぶ臭い台詞言った気はするけどね」
ははっと明るい笑いが零れる。何時もの、当たり前だと思っている日常。それが、戻ってきた。
もう、全ては終わったのだ。そう、ふうはやは一緒に笑いながら思うことにした。今は、彼等との時間を大切にしようと。
…誰にも気付かれないよう、ふうはやはそっと自身の腹をさすった。
終わり ………
ホントウニ …… ?
Mona
コメント
3件
瑠璃さんの一ファンとしてずっと読んでいましたが本当に色んな場面で色んな意味で胸が締め付けられました。白い空間で仲間達に支えられて立ち上がるふうはやさんも、ふうはやさんをしっかり支える3人もホントに愛だなって改めて思いました🥺 最後のふうはやさんがお腹をさするのも、終わり…ホントウニ?の所もすごく気になります!本当に沢山の感動をありがとうございました😭大好きです! これからも応援してます💪🔥
いやー、もう…読んでて胸がぎゅっとなりました。特に、ふうはやが一人で進むところから、仲間が傷ついた姿を見て絶叫するところ、そして白い空間で三人に手を差し伸べられて「一緒にいこう!」と立ち上がるシーン。あそこ、ほんとにもう涙腺が…。最後の「終わり……ホントウニ……?」もゾッとしましたね。何かまだあるの?って続きが気になりすぎます。仲間の絆が熱くて、大好きな回でした🔥