寝ぼけた頭の中を駆け巡るメッセージを見ながら私は思わずメッセージの送り主の文面を読み直した。【明日も休み。学校休んでいいから】【わかった。じゃあえっと、おやすみ】母さんごめん。私はスマホを枕元に置きメッセンジャーを外した。でもまさかこれが最後の会話になるとは思わなかった。金曜病ウイルスが、金曜日にしか活動しなかったことが唯一の救いだったと思う
五月二十四日 0時00分(木曜日 深夜)
5 田中さんの家のインターホンが鳴り、私はモニターを確認した。すると、「笹谷さん!?」「田中さん!!」彼女は急いで出てきたようで肩が大きく上下している。
「田中さ~ん!」と言って抱きつかれた私はそのまま玄関先で倒れこんでしまった。「いったい何があったんですか!一体どうして今まで連絡してくれなかったんですか、どれだけ待ったと思っているんですか、本当に田中さんじゃないんですか、本当にあのメッセージの通りの人が?」
「はい、そうです」彼女の腕の力が強まり私への抱擁はさらに強まったように感じた。彼女の顔が胸に押し付けられる。そして彼女が口を開いた。
「やっとあなたに会えた……。良かった、田中花子さん、生きていて本当によかった……」彼女の吐息の温かさを感じながら、その声の響きを聴いて、そしてその胸に頬を押し付けられながらも、「……っぐ」私の目からは大粒の涙が流れた。6 笹谷さんの身体を引き離すと彼女の手を取り二階にある私の部屋まで引っ張っていった。
「ここに座ってください」と彼女に座るように促すものの、まるで自分の場所だと言わんばかりに笹谷さんは床の上に正座をした。その姿を見た私は笑ってしまった。そして、 笹谷さんを抱きしめてあげたくなったので私も同じように床に正座をして、彼女を強く抱いた。
……どのくらいの間こうしていただろう、しばらくそうしたあと、私達は互いの顔を見て少しだけ笑いあった。そこで笹谷さんは急にはっとして、自分のスマホを手に取ってメッセージを確認する。
メッセージアプリは昨日の夜から動いていなかった。そのメッセージは送信者のところに見慣れぬ文字が表示されていたが、無視した。しかし、これが、後悔先に立たずになろうとは、まさか金曜病ウイルスの犯人とつながりができているなんて思ってもみなかったことだ。「このアカウントの人と知り合いですか? メッセージが来たので一応確認のために……」という彼女からの質問に対して「いいえ」と答えた
私は、今度こそメッセージを削除しようと思った。削除ボタンを押そうとするとその画面を見て、笹谷さんが、「あぁーこれですね、この前送られてきたんです。私が家に帰ることをお願いするために」と言ってきた。
私は「なんのことかわかりませんけど消させて頂きますね」と言ったのだが、彼女はそれを遮ってこういった。「私達でこの人の願いを叶えませんか?」と。私はそれについて少し考えた後でこう返事した。
「でももういいですよ、私達が頑張らなくても」と。するとそれに対して返ってきたのは 【わかった。じゃあ明日も連絡よろしくね】という言葉だった。
私はその文章をもう一度よく読んでみるとそこには『母に』と書かれていた。私はその瞬間何かがひらめいて、笹谷さんの顔を見る。「どうしたんですか?……笹谷さん」そう言った直後、笹谷さんのスマホに電話が掛かってくる。「……もしもし、……はい、今家に来ています、……わかりました。それでは明日また」
次の日の晩、私は学校帰りに駅前の花屋によってバラとカスミソウを買った。店員さんは今日が母の日であることに気づいているらしく笑顔で迎えてくれた。私は家路についた。
笹谷さんが玄関のドアを開けたと同時に、私は大きな声でただいまと叫んだ。それに驚いた様子を見せる彼女だったが、すぐに満面の笑みを見せてきた。そしておかえりと言う。
私は彼女の顔を見ながらゆっくりと歩みを進めた。彼女は私に向かって歩き始めたのだが、その途中私は、持っていた袋の中から小さな花束を取り出し、それを彼女の胸元へ持っていった。そして、 彼女に渡した。笹谷さんは、突然の出来事に戸惑っている。そんな様子を見た私はふっと笑う。私は彼女を抱き寄せ、彼女の肩に手を置いて彼女の目をじっと見つめた
「お誕生日おめでとうございます」
田中さんから花束を受け取った私はその場に立ち尽くしていました。私は、目の前に立つ彼女を見ていました。彼女も私を見てくれていました。でも何も言葉を発することもなく私は、私の中の気持ちを伝えようとしました。すると私の中にあった思いが自然と口をつきました。
「どうして」それは彼女の方も同じみたいで、「なんで」二人の間に沈黙が生まれました。でもそれは決して悪いものでは無く、心地の良い、静寂のような時間です。
しばらくして私が「さようなら」と呟くと彼女が「お元気で」と返してきました
私たちはお互いの姿を目に焼き付けるようにしながら、手を振って別れの挨拶を交わしました それが、最後になりました。それから数日後の夜10時頃でした
私のスマートフォンからメッセージを知らせる通知音が鳴りました
メッセージを開く前にそれは着信画面に切り替わりました
電話を掛けて来た相手の名前には 田中さん の文字がありました
私はその画面をしばらく見たあと、電話をかけなおしました
数秒の呼び出し音の後に田中さんは出てくださいました。私は、『今どこにいますか?』
『……え、今から』……私は今から田中さんの家に向かいます
田中さんの居場所を見つけ出せれば良いのですが、どうなるかはわかりません
田中さん 私は今からあなたのお母さんのお墓へ向かいたいと思います
私がその場所に辿り着いた時にあなたがいなければ私は絶望します
田中さん、私はまだ生きていたいですまだあなたと一緒に過ごしていたい だから田中さん、私のことを見つけ出してもらえませんか?
『見つけ出したらどうするの?』
あなたに会えなくなることを考えるだけでも恐ろしいことですが、それよりも辛いことがあるかもしれません。
でも、もし会えたならば そのとき私は、きっとあなたに、伝えておきたい言葉があります
「愛しています。これからも、ずっと」と
夜中に母の墓標へとやってきた私は田中さんが言っていた通りに線香と花を供えてから、田中さんのお父さんのことについて聞いてみることにしました。
すると母が「あの子は私の子供よ、あんたがどう思っていても、私は絶対にあいつから離れないし」と言ってくれたことが嬉しくなって、思わず泣きそうになってしまい、必死になって堪える。
「じゃあそろそろ帰るか……」とつぶやいたときにふと思い出して、田中さんから送られてきたメッセージの送り主を確認してみると「あれ、この名前って確か」と不思議になったので田中さんに連絡をとってみた。そして私は、驚きの事実を知った。そうしてしばらくの間会話をしていると、 【今から行く】【私に気づかれないようにしてください】というメッセージを受け取って通話を終えることになった。田中さんは私より先に墓場に着いたようだった。
私は田中さんが来るまでの間に母の写真を拝んでおいた。数分して田中さんの姿が現れた。いつもの格好とは違う服だったけど一目見て田中さんだとわかる容姿をした田中さんが、『こんばんは、お待たせしてすみません』と頭を下げてくる。私も、お待ちしておりました、と答える。
そして、母との話を聞いてもらいたくてここに来たのだ、ということを伝えると、それを聞いた彼女は、私についてきて、と言って私の横を通り過ぎる。そして私をどこかに案内してくれた。
そこは薄暗くて長い廊下を進んだところにある部屋だった。そして部屋の奥で田中さんが立ち止まる。「ここで待っていてもらえるかしら」と田中さんが言ってから部屋を出ていくのを見てから私も立ち上がり扉の向こう側に行こうとするが、 田中さんに「待った」と言われる
「ちょっとだけそこで待っていてほしい」私は言われたとおりに立ち止まった。すると彼女が私のもとへ近づいてくるのが見え、そのまま抱きしめられる。「田中さん?」そう呼びかけても答えてくれることはなく、彼女の腕の力が強くなるだけだった。そのまま何分くらい時間が経っただろう、田中さんの腕が離れると私は再び部屋の中央あたりに立たされた。すると彼女はポケットの中に手を入れて、何かを取り出して私の目の前に立った
私は彼女に手渡されたものを見る。それを手に取ったまま見上げると彼女は私を見下ろしていた。手の中の物をしっかりと握って私はこう思った。
(この人なら私に母と同じ言葉を贈ってくれるかもしれない)
私が受け取った物は、一通の手紙だった。
10 手紙を読み終えた私はそれを丁寧に折りたたんで胸の前で抱きしめながら、 【ありがとうございました】とだけ書き込んだ。そして、田中さんにその事を伝えると、彼女は満足そうに私から一歩下がった。私は彼女の方を見て、少しの間目を合わせていた。そして互いに笑いあった。
私は、彼女から受け取った手紙を胸元に持ってきて抱きしめながら、部屋を出た 外に出ようとしたとき振り返り 【母に会いに来てくれて、ありがとうございます】そう告げて、私はその場を去った。……。●沼田製薬中央研究所日本全国から集められた体液サンプルが24時間体制で分析されていた。
金曜病とは果たしてウイルスなのか心因性の病気なのか、公害なのか、解明が急がれていた。今週金曜の発症者は先週比で2倍。昨晩は全国で12名が金曜症候群を発症している。今朝の時点で原因不明。金曜症患者の増加を食い止めるには治療法の確立が急務であった。
そんな中、製薬会社で主任研究員として勤める田中真由は同僚の高橋という女性に金曜病の話をしていた。「それでさー、その人が言うにはこの会社で昔働いていた人の血液を使ってDNA解析したけど、特に問題は無かったって」「まぁこの会社は大病院との繋がりもあるから」などと話してる二人の元に二人の男が現れる。
「お二人は仲が良いみたいですね」という質問に対して「ええ」「はい」。
「ところで沢木さんっていう男性、最近、ここに出入りしてなかった? あと、笹谷亜希という研究員も。彼女、3年前までここのスタッフだったらしくて」と尋ねると、「いえ」と答える高橋に「そうですか」と言ってその二人を探し出すことにした。「でもさーその人の言ってることよくわからないよね」と疑問を口にする二人に「いや、確かに意味がわかんないですけど」と答えながら資料室へと向かった二人。
「えっと笹谷さんは……」
資料室内では一人の男性が床に座って本を読んでいた。「あの、沢木って人を探されているんですが」そう聞くと男性は、立ち上がり「あぁそれ、俺です。……なにか?」田中は「金曜症候群の原因がわかったので来てもらえますか」笹谷はその言葉に眉間にシワを寄せ 田中は笹谷に説明を始める。
そして田中の話を聞いていた笹谷は怒りの形相で「じゃあなんだ?! 俺は毎週死にそうな思いをしながら働いてたってことか!!」田中は静かに話を聞き、そして最後に「あなたは悪くありません。私が保証します」と話す。
「……そんなこと言われたって……もう無理だ……こんなところ辞める。明日からまた仕事探しだ……」
笹谷は落ち込んでいた。「じゃあそろそろ行きましょうか」
「いやだから行かねぇよ」
笹谷がそう言いかけた時「そうですか、ではこれで失礼します」と言い残し田中ともう一人の男が去っていく。
笹谷は再び椅子に腰を下ろし、ため息をつくのであった。「はぁ……疲れた。帰ろうかな……」そうつぶやき、田中達が去った方へ歩いていった
田中達は研究室で顕微鏡を見ながら「これです」と電子顕微鏡の中に写っている赤い斑点のような塊を見せられた。それはまるで寄生虫の卵のように思われた。
田中「これは、一体なんでしょうか」
沼田「恐らく……寄生虫でしょうね」
高橋「あのぉ」
田中「どうかしましたか?」
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