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「まずハンカチ、冬ならマフラーに手持ちの水やお茶を含ませて口元にあてがう。呼吸は浅く行え。大抵の神経ガスは空気より重い。だからなるべく背伸びをして、上を向いて外へ向かうんだ。外へ出れば着ているものを全部脱いで、躊躇なくゲロを吐け。衣服に付着した、或いは体内に入ったガスの粒子を出す為だ」
「フ、フーン……」
ソレ、想像したらすごい光景や。
大勢のハダカの人がゲロ吐きまくってる現場か。
ふと視線を感じて上を見ると、2階の窓から小柄な少年(っぽい)人物がこっちを見下ろしているのが見えた。
あれは花阪Gだ。
ガラス越しで声は聞こえないが、ずっと口が動いている。
──怖ッ。
確かに目が合った筈やけど、アタシはそれをスルーした。
「……このアパートの住人、怖い人ばっかりや」
アタシの呟きが聞こえなかったらしいオキナ、さっきからチラチラと目配せしてくる。
「ね、話してみるとかぐやちゃんって結構ちゃんとした人でしょ。頼りになるし」
「う……」
アカンて。アンタ、完全に毒されてるやろ。
マシンガントークが収まるのを待って、ようやくアタシはかぐやちゃんの前に進み出た。
かぐやちゃん、不思議そうにアタシを見る。
最大の疑問。
「前から聞きたかってん。かぐやちゃんって、家ないの?」
「いえ?」
「そう。家」
「いえ……」
アタシを見るかぐやちゃんの目に憐れむような感情が過ぎった。
「何故、地図上に勝手に線を引いて人間が所有権を主張する? 境界を侵したからと言って、武器を持ち出す? 家も土地も森も海も空も……すべては地球のものなのに」
「お…おぉーっ!」
オキナと桃太郎が感動して拍手した。
アタシもつられそうになって、必死で自制する。
「た、正しいっちゃあ正しい。いや、でもヘンやろ。何やねん、その言い草……いや、ちょっと待って? かぐやちゃん、今何してんの?」
KILLTシャツの美青年はテロに対する講義を繰り広げながらも「ハッ!」とか「フッ!」とか言いながら空中で手を叩き、両手の平を擦り合わせたりしていたのだ。
ちょっとした激しいエクササイズのようにも見える。
もはやどうツッこんでいいか分からへん。
「……ていうか、ホンマに何してんの? ダイエットか?」
「ダイエットが必要なのは貴様だろう」
「うぐっ…」
か、かぐやちゃん、時としてえらく辛辣や。
アタシは唇を噛んだ。
最近、怠けクセがつくと共にたるんできた下っ腹のあたりを両手で押さえる。
「ワシは何もない空間から火を起こしているのだ」
「ハイ?」
エクササイズはますます激しくなった。
空中には無数の塵や埃が舞っている。
それらを高速で摩擦させれば火花が散って炎が生まれる──なんてことをかぐやちゃんは言うのだ。
えっと……つまり粉塵爆発の要領か?
「スゴーイ! かぐやちゃん、賢ーい」
オキナが感激してエクササイズに加わった。
「余も手助けしてしんぜよう」
みんな楽しそうに飛び上がっては手をパンパン叩き出した。
「もっとだ!」
かぐやちゃんの号令に桃太郎とオキナは「オーッ!」と吠える。
気のせいか、オキナの手元で火花が散ったような?
「もっとだ! もっと大きな火を!」
雨を呼べーーーッ!
かぐやちゃん、空に向かって声を張り上げた。
「地球を乾燥から守るんだ! 雨を呼べーッ!」
「オーッ!」
どうやら雨乞いしてるっぽい。
「ゴメンナサイ」
アタシは無理矢理3人の間に割って入った。
「アタシがアホでゴメンナサイ。さっぱり意味が分かりません。粉塵爆発と雨乞いと……一体何の繋がりがあるんでしょうか?」
「そんなことより手を動かせ!」
怒鳴られたものだから、アタシもエクササイズに加わる羽目になった。
機敏な動きで手を叩きながら、かぐやちゃんのマシンガントークがまた始まる。
「地上で火をガンガン焚くと上空の空気が熱せられる。その後、炎が消えると大気は急激に冷めて水蒸気ができる。つまり、雨雲を作るということだ。雨が降るという理屈だ。もし砂漠で殺人集団に捕らえられてみろ。巧みに雨乞いを行って尊敬を集めて危険を回避するんだ。つまり、神がかり的な神秘性を演出しろということだ。ストップ・温暖化!」
えっ、何て?
集団はともかくとして。
つまり、雨乞いにも科学的根拠があるということ。
理にかなった雨乞いの方法がこれだと──かぐやちゃんの持論だ。
「いや、でもソレ、逆に地球環境に良くないんじゃ? それに素直にバーナーで火ぃ点けてもいいん違う? わざわざ粉塵爆発試みる必要はないやろ?」
かぐやちゃんは聞いてはいなかった。
竹林のゴミの山に登り、汗だくになってエクササイズをやっている。
そのバックにオキナと桃太郎。
おかしなパフォーマンス集団か、さもなきゃただの不審者や。
しかしその直後、信じられないことに真っ黒な雲が空一面を覆い始めた。
ほどなくして雨がドバーッと降り始める。
ヘンな雨乞い、成立?
「う……嘘や! こんなん、嘘やっ!」
痛いくらい打ち付ける雨の中、アタシはひたすら混乱していた。
かぐやちゃんと桃太郎、オキナの3人は雨に濡れながらもヒシと抱き合って喜んでいた。
「31.ひたすら忠犬のごとく~義兄の不毛な性癖」につづく