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その日はなかなか寝付けなかった。
ベッドの上に転がり、網戸越しに空を見つめる。
(私だって……拓海くんが好きなんだけどな……)
優しくて、頼りになる大好きな人。
だけど私の「好き」と、拓海くんの「好き」は違うとわかっている。
【ずっと前から、澪のことが好きなんだよ】
耳の奥で拓海くんの声がして、胸が狭くなった。
いつからだったんだろう。
どうして気付かなかったんだろう。
そんなことばかり考えるけど、考えても答えなんてでてこない。
私は壁時計に目を移した。
午前二時でもまったく眠くならないなんて、今日は眠れないかもしれない。
喉がかわいた私は、寝静まっているみんなを起こさないように階段を降りた。
台所の豆電球の明かりを頼りに、暗い廊下を歩く。
だけど細い声が聞こえた瞬間、足が止まった。
『あんた、澪のことどう思ってんの?』
台所から拓海くんの声がした。
それを聞いて、拓海くんの話し相手がだれかを悟る。
『……どうって?』
レイの声を耳にした途端、心臓が大きく波打った。
『とぼけんなよ、俺が言いたいことわかってんだろ』
ふたりのやりとりに、焦りが加速する。
(……引き返さなきゃ)
そう思っても、足が動こうとしない。
レイが私をどう思っているか。
知りたくないのに、心のどこかで知りたかったからだ。
『……ミオのことは、よく世話をしてくれる、かわいいホスト。
そう思ってるよ』
耳にした瞬間、構えていたのがばかみたいなくらい、なにも感じなかった。
だけどじわじわと、胸の奥を握りつぶされるような苦しさが襲ってくる。
私は無意識に胸を押さえ、何度もゆっくり息を吐いた。
『……それならいいけど。
うちに滞在している間、澪に変なことするなよ。
あんた見た目もいいし、人当たりもよさそうだけど、どうみても胡散臭いんだよ』
声を残して、拓海くんの足音が近付いてくる。
慌てた私はリビングの壁の裏に隠れ、息をひそめた。
『タクミ』
両手で口を覆った途端、レイが拓海くんを呼び止めた。
『ミオをそう思ってるのは本当だけど。
タクミの懸念も、たぶん当たりだよ』
私のすぐ後ろで拓海くんが足を止めた。
『……あんた、自分が言ってることわかってんの?』
苦々しい問いに、レイは答えない。
重くて長い沈黙の後、足音が遠ざかっていく。
拓海くんが階段をのぼり始めると、私は緊張の糸が切れたように、両手の隙間から細い息を吐き出した。
(どういうこと……)
心臓が跳ねまわって、息をするのも苦しいくらいだ。
冷蔵庫のあく音がする。
レイはなにかを飲んだ後、台所をでてきた。
通り過ぎるのを待っていると、ふいに気配が止まり、彼が廊下からこちらを覗き込んだ。
目が合った瞬間、レイは心底驚いた顔をした。
対する私は、心臓が飛び出しそうになった。
『人の気配がするなと思ったら……。
ここでなにやってるの』
呆れた息をつかれ、さらに気が動転する。
『ミオ?』
『……お、お茶を飲みに……』
言った理由を、目を眇めたレイが信じたとは思えなかった。
けれど短く相槌を打ち、レイはなにも言わず階段をあがっていく。
(もう……なに……)
私の寿命が縮まったら、絶対にレイのせいだ。
二階のふすまが閉まったと同時に、膝の力が抜ける。
オーバーヒート寸前の頭を抱えて、私は壁伝いにしゃがみこんだ。