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その日はとてもじゃないけど寝られなかった。
うつらうつらし始めた頃には空は明るくなっていたし、現在時計の針は12時を指そうとしているけど、眠れた気がしない。
ぼうっとしつつ顔を洗い、なにか飲もうかと台所に入れば、レイと拓海くんが向かい合わせで食事をしていた。
一切会話もなく、重苦しい空気が立ち込めているのを見て、私の眠気は吹き飛んだ。
深夜ここでふたりが話をしていたのを思い出す。
全部を聞いたわけじゃないけど、あの時のふたりは穏やかとは程遠かった。
「あ、おはよう、澪」
私に気付いた拓海くんが顔をあげ、それを追ってレイもこちらを見た。
「あぁ、おはよー……」
昨日拓海くんに告白された上に、レイとも微妙な距離でいる私は、ふたりのどちらとも目が合わせられなかった。
私は視線を彷徨わせて「けい子さんは?」と尋ねた。
「今日は珍しく父さんの仕事が昼までらしくて、ふたりで昼メシ食って、歌舞伎見て帰ってくるって、さっき出ていった」
拓海くんが答え、私は「そうなんだ」と呟いた。
ということは、家にはこの3人しかいない。
(き、気まずい……)
今日一日どうしよう。
どこかに出かけてしまうか迷っていると、拓海くんが困ったように言った。
「なぁ澪。
言っとくけど、あからさまに避けられると傷つくからな。
そうなりたくないから、今までずっと言わなかったんだから」
それを聞いて、拓海くんの気持ちがもう一度伝わった。
かといって私が返事ができるわけでもなく、拓海くんと同じような困った顔をしてしまう。
「まぁ……なんだ。昨日はちょっと急ぎすぎた、ごめん。
俺とのことはゆっくり考えてくれたらいいから」
私はまだなにも言えなかった。
視界の端に、黙々と食事を続けるレイが映っている。
レイに話がわからないとはいえ、こんな話を彼の前でしているのがとても落ち着かない。
「まぁとりあえず昼メシ食えよ。温めてやるよ」
そう言って、拓海くんは作り置きしてくれていた焼きそばをレンジに入れてくれた。
「あ、ありがとう」
気を落ち着けくて、私は冷蔵庫から出した麦茶をコップについだ。
『俺もいれてくれない?』
そこでレイが口を開いた。
私はすぐに頷き、グラスを手に取る。
『澪、悪いんだけど、あとで部屋の掃除をお願いしたいんだ。
夕方には出かけようと思ってるから』
『あ、わかった。ならご飯食べたらいくね』
レイはお茶を飲み終わると台所を出ていった。
階段をあがる音を聞きながら席につけば、拓海くんが私の前に焼きそばを置いてくれた。
「ほら、出来たぞ」
「ありがとう」
お礼を言い、箸をとった時、拓海くんが私の向いに腰を下ろした。
「なぁ澪にひとつ聞きたいんだけど」
「な、なに?」
「今はだれか好きなやつって、いる?」
その問いに、口に入れた焼きそばが喉を通らなくなった。
「ど、どうだろ。ずっと好きだった人に振られたばっかりだし……」
なんとか咀嚼して無難な返事をすれば、拓海くんは不愉快そうに眉をひそめる。
「まじかよ、そいつ見る目ねーやつだな。
どんなやつ?」
「どんなって……」
言われて佐藤くんの顔が頭に浮かんだ。
けれどなぜか頭の中でどんどんぼやけて、うまく言葉にならない。
「……あぁ、悪い。今の忘れて。
ただの嫉妬だから」
数秒の沈黙の後拓海くんが言い、そのまま席を立った。
「何度も言うけど、俺はべつに澪を困らせたいわけじゃないから。
気長に待つよ」
そう言い残し、拓海くんは台所を出ていった。
【おいおい考えてくれたらいいから】
【気長に待つよ】
さっき言われた言葉がぐるぐると回る。
緊張しているからか、胸が詰まっているからか、なかなか食事が喉を通らなかった。
それから洗い物を済ませ、扇風機のスイッチを切る。
(次は……)
どう接していいかわからない彼、レイの部屋の掃除だ。
私はなるべくなにも考えないようにして、レイの部屋のふすまをノックした。
「ごめん、掃除するから廊下に出ててくれる?」
顔を覗かせたレイに言い、掃除機を手に中に入った。
部屋の窓をあけた途端、灼熱の暑さが飛び込んでくる。
顔をしかめつつ掃除を始めた時、座卓の上で彼のスマホが着信を知らせた。