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【異世界・王都イルダ近郊/森・外縁】
森は、夜じゃないのに暗かった。
木の葉が厚く重なって、光を噛みつぶしている。
足元の土は湿っていて、踏むたびに小さく沈む。
その森の中を、馬の群れが一直線に走っていた。
先頭はアデル。背筋を崩さず、手綱を引く手は静かだ。
慌てていない。慌てれば、森が余計に騒ぐ。
「……匂い、強くなってる」
隣でリオが言った。森の匂いだけじゃない。
汗と、恐怖と、人の匂い。密集した“人の場所”の匂い。
アデルは短く頷く。
「学園の人たちだ。……数が多い」
リオは鼻と口を布で覆った。マスクみたいに。
「この格好、変か?」
「いや、今は顔を知られないほうがいい」
アデルは視線だけで前を示す。
「こっちは“異世界の兵”に見えたほうが、安心する人もいる。……逆もあるが」
イヤーカフから、ノノの声が落ちる。
『まっすぐ。……そのまま行くと、
森の中に四角い空白が見えるはず。そこが学園の外周』
一拍おいて、少しだけ息を吸う音。
『周りに、でっかい獣の反応が寄ってる。……人の匂い、好きみたい』
「狼?」リオが訊く。
『狼っぽい。でも、数値が狼じゃない。体積が、馬と同じくらい』
ノノは嫌そうに笑った気配を混ぜた。
『普通に考えると、外に出ちゃだめなやつ』
リオが小さく舌打ちする。
「先生たち、閉めてくれてるといいが」
アデルは、馬の速度を落とさずに言う。
「閉めてても、外は破られる。……だから、早いほうがいい」
木々の隙間が、急に“直線”になった。
自然の森なのに、ここだけ角がある。地面の起伏が、いきなり平らになる。
「……見えた」
リオの声が低くなる。
森の中に、四角い広場が刺さっていた。
そして、その中心に――校舎。
石の城でも、村の家でもない。見慣れた形の建物が、森に不自然に立っている。
「ほんとに、落ちてる……」
リオが呟いた瞬間。
――遠吠えがした。近い。複数。
次の瞬間、茂みが割れて、黒い影が走った。
大きい。犬じゃない。狼だ。でも、牛より大きい。
肩が高く、背中の毛が逆立っている。目が、黄色い。
「来るぞ」
アデルは声を上げずに言い、剣に手をかけた。
部隊の兵たちが馬を止め、槍を構える。息が揃う。
リオはマスクの上から息を吸う。
(中にいるのは、生徒だ)
(サキも、ハレルも――)
狼が飛んだ。
アデルの剣が、森の影を切り裂く。
◆ ◆ ◆
【異世界・転移した学園/廊下】
廊下は暗い。けれど、騒ぎの熱で空気がぬるい。
あちこちの教室から泣き声と怒鳴り声が混じって聞こえる。
先生たちの声が、何度も同じ言葉を繰り返す。
「外に出ない!窓に近づかない!」
「廊下に出るな!いったん教室へ戻って!」
ハレルはサキの手を握ったまま、壁際に寄って進んでいた。
先生たちの指示に逆らいたいわけじゃない。
だけど――サキを“安全な場所”に置きたい。
「お兄ちゃん、どこ行くの……」
サキの声は震えている。でも、歩ける。目がちゃんと開いている。
「人が少ないところ。……まず、落ち着ける場所」
ハレルは言いながら、胸元の主鍵を握る。熱い。
セラへも、リオたちへも、まだ繋がらない。
“線”が、ない。
その時。
遠くから、別の音が重なった。
――ドン。ドン。ドン。
床が揺れるほどの重い音。
馬蹄。森を走る足音。
ハレルは足を止めそうになって、止めなかった。
期待で視線が窓へ行きそうになるのを、必死で抑える。
「……今の、なに?」サキが小さく言う。
「外」
ハレルは短く答え、サキの肩を引く。
「見るな。……今は、見ないほうがいい」
廊下の先、封鎖された出入口のほうから、先生たちの声が上がった。
「押さえて!ロープ回して!」
「窓、全部閉めて!カーテン!」
そして、低い唸り声。
一段、近い。
サキが息を呑む。
「……来てる」
「来てる」
ハレルも同じ言葉を返し、歯を食いしばる。
(間に合え)
(外から来た足音が、“助け”でありますように)
◆ ◆ ◆
【異世界・転移した学園/校内・葛原レア】
レアは騒ぎの中でも、歩幅を崩さなかった。
教師の顔。教師の声。教師の姿勢。
その“形”があるだけで、子どもは一瞬信じてしまう。
「みんな、教室に戻って」
「先生の指示を聞こうね」
優しい声を出しながら、レアは廊下の窓の隙間を見る。
森の影が走る。遠吠え。
そして――馬の足音。
(来た)
(早いね)
レアの口元が少しだけ上がる。
嫌な笑みじゃない。むしろ“予想通り”の笑みだ。
「……外に出ないで」
レアは小さく呟いた。誰にも聞こえないくらいの声で。
言葉の意味は、先生のそれと同じに見える。
でも、狙いは違う。
外が荒れれば荒れるほど、内部はまとまる。
まとまるほど、狙った“一点”を引き剥がしやすい。
レアは視線を滑らせる。
人の流れの中に、ハレルとサキの影を探す。
(コア)
(鍵)
(実験体)
森の唸りが、また一段近づいた。
◆ ◆ ◆
【現実世界・学園跡地/外周道路】
森は、フェンスの向こうで平然と揺れていた。
現実の道路と、異世界の森が、隣同士に並んでいる。
それだけで頭がおかしくなりそうなのに、さらに“音”がある。
――唸り声。
枝の折れる音。
何かが走る音。
地元警察が警戒線を広げ、周辺住民を下げ始める。
「近づかないでください!」
「ここから先、立ち入り禁止!」
木崎はその線の内側に立ち、カメラを構えたまま森の奥を睨んでいた。
森の中心に見える石の建物。
あれが何なのか分からない。でも、目を逸らしたら負ける気がした。
サイレン。別の車両。
黒い装備の隊員たちが到着し、素早く周囲を固める。
城ヶ峰が車から降りる。
歩き方が早い。迷いがない。
木崎を見つけると、目だけで「動くな」と言った。
「木崎。状況は」
「学園が消えて、森になった。
……それだけだと、まだ言葉が足りねえな」
木崎はフェンスの向こうを指した。
「中で、何か動いてる。数がいる。犬じゃない」
城ヶ峰は頷き、隊員に短く指示を飛ばす。
「外周固定。侵入は許可が出るまで待機。住民の退避を優先」
そして木崎に向き直る。
「お前は、ここから先に行くな。証拠は撮れ。だが、命を賭けるな」
木崎は笑いそうになって、笑えなかった。
「……賭けたくて賭けてるわけじゃねえよ」
森の奥で、また枝が折れた。
唸り声が、ひとつ低くなる。
城ヶ峰はフェンス越しに森を見て、息を吐く。
「……中に、人がいる可能性が高い」
言葉を切って、無線を握った。
「救出準備を進める。繰り返す、救出準備だ。――慎重に」
◆ ◆ ◆
【異世界・森/学園外周】
アデルの剣が、狼の肩を浅く切った。
血が黒い土に落ちる。狼は怯まない。怯まないどころか、さらに数が出てくる。
「多い……!」
兵のひとりが声を漏らし、すぐ口を閉じた。
リオは目の前の狼を見た。
“敵”だ。倒すべきものだ。
でも、その向こうに校舎がある。中に子どもがいる。
リオは拳を握り、息を整える。
「アデル、正門のほう、行けるか?」
「行く。……道を開ける」
アデルはそう言って、馬を前に出した。剣の軌道が速い。無駄がない。
ノノの声がイヤーカフから重なる。
『外周、いま開いた。……校門の前、柵が見える。そこから入れそう』
少しだけ、声が速くなる。
『中の反応、動いてる。
……たぶん、生徒が走ってる。先生の声も拾える。生きてる』
リオの胸がきゅっと縮む。
(生きてる)
その一言で、足が動く。
狼の群れが、校門へ向かっても同時に動いた。
まるで“そこに入りたい”みたいに。
「……先に入らせない」
リオは言い、マスクの上から息を吐く。
校舎の窓の奥に、影がいくつも揺れているのが見えた。
次の瞬間。
校門の前の茂みが割れ、さらに大きい影が出た。
狼より、さらに一回り大きい。
アデルが目を細める。
「……あれが、ボスっぽいな」
リオは、校舎を見た。
中の誰かが、今まさに悲鳴を上げそうな気配がある。
「行こう」
リオが言う。短く。
アデルが頷く。
馬が、校門へ突っ込んだ。
剣と槍の光が、森の影を裂く。
――その音が、校舎の壁を震わせた。