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「バーンナッド様。こちらが報告書になります」
ミルキィの父であるバーンナッドがエルフの国に戻り、15年の歳月が流れていた。
人族の15年は赤子が大人になる程長いが、普通のエルフにとっては思い出になる程の時間ではない。
「まだまだこの争いは終わりそうにないね」
「…はい。バーンナッド様には気苦労をお掛けしています」
「あぁ。ごめんごめん。そういうつもりで言ったのではないんだ。
この争いを終わらせたいのはみんな一緒なのだから、私が嘆いていてはダメだね。聞かなかった事にしてくれ」
普通のエルフにとってはただの15年。しかし、産まれたばかりの娘と別れたバーンナッドにとっては、長く苦しい時間であった。
報告してくれたエルフに愚痴を拾われたバーンナッドはバツが悪そうな笑みを浮かべ、再び書類と向き合うのだった。
寿命が長いエルフは中々種を増やせない。
食料や住処などの問題もあるのだが、生物学的に子宝に恵まれにくいのだ。
代わりに仲間意識は人族を寄せ付けないレベルで高い。
少ない種族である為、皆で身を寄せ合い、手と手を取り合いながら、今日まで生き延びてきたのだ。
子が生まれれば、血縁関係になくとも我が子の様に可愛がり、誰かの生が終わりを迎えた時は皆で精霊の元へと無事に辿り着ける様に祈る。
そんなエルフには種族的な敵が存在した。
それはダークエルフと呼ばれる種族だ。
エルフと同じ名を冠するところからもわかる様に、その見た目に差は少ない。
あえて上げるならば、肌が少し黒いくらいか。
その理由は、エルフは森を愛し、精霊を崇める為、余り陽の光に肌を晒す事はない。よって色白である。
反対にダークエルフは森を制し、精霊を使役する。
森の恵みで生活しているところは変わりないが、自然と共存する多くのエルフの住処とは違い、地面に家を建て、さらに田畑を作る。
森で地面に家を建てるという事は、木を伐採するのだ。田畑も同じく。
故に、太陽の光を身体に浴びる機会がエルフに比べると圧倒的に多く、肌の色が長い歴史の中で徐々に黒くなっていった。
もちろん人族からすれば日焼け程度なのだが。
森を切り開き自分達の住みやすい様に変えるダークエルフと、森と共存し生活しているエルフ。
精霊を崇めるエルフと、精霊を使役していると考えるダークエルフ。
見た目は近くとも、二つの種族の価値観は正反対であった。
故に、争いが生まれた。
ダークエルフは人族と近い価値観がある。では、エルフは人族とも争うのかというと、話はそう単純ではない。
エルフがダークエルフと争うのは隣人だからだ。
関係が近い為、よりお互いの粗が見えてしまう。
もし、エルフが人族と同じところを住処としていたら話は変わっていたのかもしれない。
「父達が殺されたのは…やはり罠だったか…」
その後の調査で分かった事は、ダークエルフは散発的な攻撃でエルフの国にちょっかいを出し、エルフが対処に本腰を入れてきたところで、罠にかけたのだ。
「皆はダークエルフが卑怯だと言っているが……人族に話したら馬鹿にされそうだね」
戦争は自身の命どころか家族の命や国の存続に関わる。
いくら清き行いばかりしていたところで滅びてはそこでおしまいである。
ダークエルフは、所謂戦術を使ってきたのだ。
真正面から争うだけが戦争ではない。
それをミルキィの母であるレイラから聞かされていたバーンナッドは、唯一エルフの中でダークエルフとの争いに対抗できる人材でもあったのだ。
自身と同じく永い時を生きるレイラと共に半世紀も暮らしていたバーンナッドは、様々な事をレイラから学んだ。
自国に呼び戻された時からその知識を使い、ダークエルフの策略を悉く退けてきた。
そんなバーンナッドをエルフの民は賢王と呼び讃えたが、バーンナッド自身は残してきた家族が心配で、一人苦しんでいたのであった。
「ダークエルフが如何に罠や策を弄しても、私には効かない。
エルフに人族の知識があるとは、夢にも思わないだろうな」
バーンナッドが凄いのではない。
ダークエルフもまた種族の問題により、まだまだ発展途上なだけなのだ。
人族に近い感覚を持ち合わせていても、圧倒的に数が少ない。
故に、アイデアや経験の相対数が人族より遥かに劣る。
エルフと同じ長命種である弊害により、バーンナッドが聞かされてきた人族の争いの話(知恵)に追いつけないのだ。
そういったアドバンテージがあり、ダークエルフに傾いていた戦況は、今やエルフが主導権を握っている。
「私に出来る事はした。後は皆で耐える。争いが終わる事を願って」
奔放なバーンナッドも、根はエルフなのだ。
人族であればこの機を逃す事はなく、ダークエルフを滅ぼす方へと既に舵を切っている事だろう。
『時間が解決する』
長命種の強みであるこの考えにバーンナッドは15年も苦しめられたのだが、答えは変わらない様だ。