TellerNovel

テラーノベル

アプリでサクサク楽しめる

テラーノベル(Teller Novel)

タイトル、作家名、タグで検索

ストーリーを書く

voyage

一覧ページ

「voyage」のメインビジュアル

voyage

4 - 4

♥

236

2023年03月17日

シェアするシェアする
報告する

翌朝。

この地に慎太郎が来てから二度目の、ジェシーの牧場。今度もまた軽トラックだ。

少し窓を開けているので、風が入って気持ちいい。早朝の爽やかな空気だ。

「あの、日高牧場って日高山脈からとったんですか?」

「そうだよ。あの悠々とした感じが好きなんだわ。登ったことあるけど、けっこう険しいよ。慎太郎くんも登りたい?」

「いやあ…」

慎太郎は難色を示した。心には不安があった。

「そっか。まあ来たばっかりだし、これから色んなとこ案内するよ。ほとんど自然しかないから」

「楽しみです」

すると、走りながら慎太郎はあることに気づいた。

「ジェシーくん、この道端に並んでる矢印のポールみたいなのってなんですか?」

「ああ、それはね、矢羽根っていうの。雪が降るとどこまでが道路でどこまでが畑だとかわかんないしょ? だから、ここが道路の端っこですよってわかるようにするやつ」

へえ、とうなずいた。

初めての場所。新鮮なものでいっぱいだ。

それからしばらく走ると、あの牧場に着いた。

そこにはもう一台、ワゴン車が停まっている。そばには樹がいた。

「遅いよ」と2人を見て口角を上げる。そのあと少し咳をした。

「いやー遠いもねー!」とジェシーは両手を天に伸ばす。

牛舎に入り、まずは乳搾りから、とジェシーは言った。

「今は全部機械でやっちゃってるけど、せっかくだから手でやってみよう」

出来るかな、と心配する慎太郎を樹は笑い飛ばす。

「なんもなんも、心配せんでも出来るよ」

大人しいほうだという牛のところに連れて行き、柵の中に入る。

そばにしゃがんで、乳房を握ってみてと言う。

「こうやって数をかぞえるように握るのさ。……おお、そうそう、上手いじゃん」

褒められて嬉しくなった。牛も静かに尻尾を振っている。

ジェシーに教えられるように搾ると、乳が勢いよく飛び出てくる。

バケツがいっぱいになると、ジェシーと樹がほかの牛に機械を取り付けて搾乳していった。

3人で集まった牛乳を入れる集乳缶をトラックの荷台に積み込むと、自分たちも乗る。

樹は帰ると言った。「次は農場の手伝い行くべさ」

ジェシーと慎太郎を乗せた軽トラックは、帯広へ向かって走る。

「何分くらいかかるんですか?」

せいぜい30分くらいだろうと思っていたが、

「1時間弱。飛ばせばもうちょっと短いかな」

というのを聞いてびっくりした。「えっ」

「だから広いのよ、北海道は」と朗らかに笑う。


しばらく走っていると、助手席から静かな寝息が聞こえてきた。

「さすがに疲れただろうな、新しい土地で」

ジェシーはルームミラー越しに微笑ましそうに見つめた。彼にとっては、まるで弟のような存在になっていた。

すると、目の前を大きめの何かが横切った。

「わあっ、エゾシカだ!」

長い角を持ったオスのエゾシカが駆けていった。あいにく、慎太郎には見せられなかった。

「ああ…残念」


まだ眠っている慎太郎を残し、ジェシーはメーカーに採れたての牛乳を出荷する。

これで朝の作業は終わりだ。あとはまた1時間ほど掛けて家に帰るだけ。

日高山脈に背を向け、十勝川を越えるところで慎太郎が起きたのに気付いた。

「おっ、おはよう」

「ん……あれ」

どうした、と声を掛ける。寝ぼけ眼をこすり、

「ああ…俺北海道に来たのか」

「ハハ、あるよね、そういうこと。初めての観光地のホテルで朝起きたら、『ここどこだっけ?』ってなる」

ジェシーは少し声のトーンを下げて尋ねる。

「…慎太郎くんはさ、どうしてここに来ようと思ったの? 札幌のほうが都会だし、もっと別の場所あるのに」

慎太郎は、一呼吸おいて口を開いた。

「俺、逃げてきたんです」


続く

この作品はいかがでしたか?

236

コメント

1

ユーザー
チャット小説はテラーノベルアプリをインストール
テラーノベルのスクリーンショット
テラーノベル

電車の中でも寝る前のベッドの中でもサクサク快適に。
もっと読みたい!がどんどんみつかる。
「読んで」「書いて」毎日が楽しくなる小説アプリをダウンロードしよう。

Apple StoreGoogle Play Store
本棚

ホーム

本棚

検索

ストーリーを書く
本棚

通知

本棚

本棚