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「俺、逃げてきたんです」
そういった慎太郎の目は、真剣だった。ジェシーは驚いたが、何も言わず先を促す。
「俺……実は小さい頃、十勝に住んでたらしくて。そのときに両親を亡くしたそうですけど、全く記憶がないんです。それから東京の親戚に引き取られて…でもあまり馴染めませんでした。ほかの子どももいたし、けっこう遠かったみたいで。祖父母も孫の面倒見られるような状態じゃなかったらしくて」
「そうか…」
「その東京の家の環境に耐えられなくて。……十勝に来たのは、死んだ両親の故郷だったからです。覚えてはいないけどちょっとだけ住んでたって聞いてたし。今までのところはずっと嫌だったんです。…手のかかる子で、仕事も上手くいかなかったけど、ここなら新しい自分になれるかもって思って。……結局行き当たりばったりなんですけどね」
ううん、とジェシーは首を振る。
「ちなみにここ来たときは、どうしようと思ってたの?」
「…とりあえず宿とか探して、そこから新しく住む場所を見つけようかな、って思ってました」
ジェシーは静かにうなずいた。
「それでもこんな遠いところまで一人で来たんだから、それはいい行動力だよ。それに今は俺らがいる。もう家族みたいなもんだよ」
ありがとう、と慎太郎は笑った。でもまだもう一つ、言えていないことがあるのが気がかりだった。
そうこうしているうちに、やっと家に着いた。
持ち帰り用の小さいボトルに入れていた新鮮な牛乳を、冷蔵庫に入れる。
リビングでは、何やら大我が電話で話している。
「はい、その議題のアジェンダは決まっています。……はい、今からブラッシュアップしていきますので。……そうですね、文書のサイバーセキュリティの強化を第一として。はい、かしこまりました。では失礼いたします」
丁重に電話を切る。物珍しそうな視線を向けていた慎太郎に気づくと、
「…何か?」
「ああいや、すごい難しそうな言葉使ってるなって思って」
「そうかな」
首をひねると、スマホをポケットにしまって2階に上がっていく。
「びっくりしたよね。まあ、たまにあんな調子で会社の人と喋ってんだよ。俺らには理解もできない」
ジェシーは肩をすくめた。きっとエリートなんだろう、と慎太郎は思った。
と、「ただいま。スタッドレスに替えてきたさ」
リビングに入ってきたのは優吾だった。もうすぐ到来する冬に備え、自家用車のタイヤをスタッドレスタイヤに交換してきたのだそう。
「お疲れー。牛乳飲む?」
とジェシーが先ほどの牛乳を優吾に差し出す。
「……うん、うめーな、やっぱ」
ふと、こたつで足を温めている慎太郎に声を掛けた。
「そういえば慎太郎って、ダウンジャケット持ってる?」
「いや…コートならあるんですけど」
「それじゃあちょっと寒いかな。雪も降るし、フード付きのがあったらいいよ。あとブーツも持っといたほうがいい。またジェシーと帯広行ったときに買っておいで」
はーい、と答える。どのくらい冷え込むのか、少し不安だった。
すると、また「ただいま」と声がして樹が帰ってきた。3人は「おかえり」と返す。
「なあ樹、あのワゴンもスタッドレスにすれよ」
優吾が釘をさす。わかったよ、と少し面倒くさそうに言った。
慎太郎は、手に持っているものを見て目を見開く。樹は小さい携帯用酸素ボンベを持っていた。
「……」
聞こうと思ったが、すたすたと2階に上がっていく。
ほかのみんなは気にする様子はない。
もしかしたら同じかも、と淡い期待が胸の内で膨らんだ。
続く