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ゆ
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#specter
ゆ
953
FORSAKENの泥と血の臭いが、辺り一面を支配していた。
ついさっきまで存在していたSWAPSAKENの青空も。
穏やかな風も。
誰も傷つかない、優しい世界も。
すべてが音を立てて崩れ落ちていく。
その崩壊に引きずられるように――。
「ガッ……!」
シクサーの身体が大きく跳ねた。
「……あ……?」
胸元を押さえる。
「ぐ……あ……あぁぁぁぁぁッ!!」
突然、絶叫が響き渡った。
シクサーはその場に倒れ込み、自分の胸を掻きむしる。
「や……やめろ……!」
身体の内側で、何かが蠢いている。
「嫌だ……!」
皮膚の下を、黒い何かが這い回る。
肉が震える。
骨が軋む。
そして――。
「グ…ッ!」
メリ……ッ
身体そのものが、異形へと書き換えられていく。
華奢だった腕が膨れ上がる。
肩幅が広がる。
背中が盛り上がり、黒く濁った異形の筋肉が次々と形を成していく。
「やめろぉぉぉ!!」
シクサーの叫びが響く。
しかし、世界は止まらない。
バリッ!!
黒い服が裂けた。
その隙間から突き出したのは――。
巨大な爪。
鋭く。
長く。
まるで肉体そのものが殺戮のために作り変えられていくような、異形の爪だった。
「いやだ……!」
頭部から伸びていた角が、さらに禍々しく成長する。
瞳が赤く染まっていく。
理性を押し流すような、深い血の色へ。
「ヌーブ……!」
シクサーが叫ぶ。
「やめろ……!」
「…………」
「止めろ、ヌーブッ!!」
その声には、怒りではなく――。
恐怖があった。
「俺は……!」
シクサーは震える手を見つめる。
その指先から伸びる、巨大な爪。
「俺は……また、あの怪物に戻ってしまう……!」
「…………」
「お前を傷つける……あの忌々しい怪物に……!」
必死に抗う。
身体を押さえ込む。
自分自身を拒絶する。
けれど――。
SWAPSAKENは、もう存在しない。
優しい世界の法則は崩壊した。
代わりに流れ込んできたのは――。
本来のFORSAKEN。
そこでは、シクサーは「弱いサバイバー」ではない。
彼は――。
怪物だった。
「グ……アァァァァッ!!」
最後の叫びとともに。
シクサーの身体が大きく跳ねる。
そして――。
静かになった。
「…………」
そこに立っていたのは。
先ほどまでの華奢なサバイバーではなかった。
巨大な身体。
異形の筋肉。
禍々しく伸びた角。
鋭い爪。
そして――。
赤く染まった瞳。
かつてFORSAKENを震撼させた、恐ろしい怪物。
guest666。
「…………」
怪物は、ゆっくりと顔を上げた。
その瞬間――。
「……あ」
今度はヌーブの身体が揺らいだ。
「え……?」
視界が下がる。
いや。
違う。
身体が――縮んでいる。
巨大だった腕が細くなる。
重かった身体が軽くなる。
手にしていた長剣が、まるで存在そのものを否定されるように消えていく。
「えっ……ちょっと待って……?」
ヌーブの声が裏返る。
キラーとしての力が剥がれ落ちていく。
そして。
「…………」
気がつけば。
そこに立っていたのは――。
青い服。
緑のズボン。
そして、見慣れた金髪。
ゲームが下手くそで。
戦う力もなく。
誰かに追いかけられれば、全力で逃げるしかない。
「ただのサバイバー」に戻ったヌーブだった。
「…………」
ヌーブは自分の手を見る。
細い。
小さい。
弱い。
「……そっか」
立場が――。
戻った。
キラーとサバイバー。
追う者と。
追われる者。
そして。
ヌーブの前には――。
「…………」
巨大な怪物が立っていた。
guest666。
かつて自分を打ち破り。
自分の心を壊し。
絶望の底へ叩き落とした存在。
あの時と同じ。
圧倒的な力。
逃げても逃げ切れない。
抗っても、到底敵わない。
今のヌーブなら――。
一撃で終わる。
「…………」
普通なら。
恐怖する。
逃げる。
絶望する。
けれど――。
「……あは」
ヌーブの口元が、ゆっくりと持ち上がった。
「……あはは」
笑っている。
恐怖ではない。
嬉しそうに。
まるで、ずっと探していたものを見つけたように。
「…………」
黒いキャップの陰から覗く瞳が、歓喜に揺れる。
そして――。
「おかえり」
ヌーブは、目の前の怪物を見上げた。
「……シクサー」
guest666が、ゆっくりとこちらを見る。
その姿を前にして。
ヌーブは震えていた。
けれど、それは恐怖だけではなかった。
懐かしい。
怖い。
美しい。
そして――。
たまらなく愛おしい。
これこそが。
自分がずっと心の奥で求めていた存在。
優しい世界に閉じ込められた、弱々しいシクサーではない。
自分を追い詰め。
自分を傷つけ。
自分の世界を壊して。
それでもなお、圧倒的な存在感で立っていた――。
本物の怪物。
「……やっと会えた」
ヌーブは小さく笑った。
「僕の知ってるシクサーだ」
目の前にいるのは。
自分を簡単に壊せるほど強大なキラー。
そして自分は――。
何もできないサバイバー。
完全な立場の逆転。
けれど。
ヌーブにとって、それは絶望ではなかった。
むしろ――。
ずっと待ち望んでいた「帰還」だった。
「……おかえり、シクサー」
その声だけが、血と泥に染まったFORSAKENの領域に静かに響いた。
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