「サーメクスに行くのは明日の予定だったけど、準備ができているようなら今からでもいいぞ」
晩ごはんを食べながら、転移について、俺はみんなに確認をとっていた。
「私はいつでもOKよ。娘には『10日ほど旅行に行ってくるから』と伝えてあるし、荷物はそこにあるピンクのボストンバックに入ってるから。『なんでスマホが使えないの?』って突っ込まれた時にはドキッとしたわよ。『田舎のへんぴな所だから電波が入り難いのよ』とか言って、ごまかすの大変だったんだから」
「わたしもいつでも行けますよ。準備はバッチリです!」
慶子 (けいこ) も紗月 (さつき) もOKサインを出している。
そして茂 (しげる) さんはというと、
「私は親だから当然心配もしている。でもこれは必要なことだと思うからね。ゲンさんに慶子さん、紗月のことをよろしくお願いします」
「うん、お父さんありがとう。わたし強くなって帰ってくるから!」
紗月はフンすといった感じで気合いをいれている。
「それじゃぁ、荷物を預かるからここに持ってきて」
「はーい!」
そして紗月は準備していたものを居間へと運びはじめた……。
「…………」
「…………」
「…………」
みんなが沈黙する中、たんたんと運ばれてくる荷物。
確かにいくらでも良いとはいいましたよ。いいましたけれど、これはちょっと……。
居間のテーブルは、大人6人がゆっくり食事できるぐらいのサイズなのだが、テーブルの上はすでに荷物で埋まっている。
テーブルの上に荷物を置くのはどうかと思って見守っていたが、確かに他に置けるところなんてない。
さらに荷物は増えていき、こんどはテーブルの周りに置きはじめた。
って、どんだけ~。
茂さんも笑ってないで何とか言いなさいや~。
シロも喜んで、うろちょろするんじゃありません!
靴を何足もっていくんだよ。服だってそんなに要らないでしょう?
クルクルカーラーなんて要らないよね。美顔器はどっから出してきた?
だいたい、向こうには電気がないから使えないぞ。
そのぬいぐるみの山はなんだぁ。
ラノベも何冊持っていくんだよ! そんな読まないだろ。
そのお菓子の量はおかしくない! ダジャレになってしまったけど。
5つのコンビニ袋がパンパンだよね。
ああ、おやつは1,000円までと決めとくんだった。
ん~、そのバナナはおやつにはいるのか?
いやいや、そうじゃない。整理だ、整理させないと。
………………
…………
……
そんなこんなで、慶子や茂さんの説得もあり荷物は1/3程までに減らすことができた。
あー、そうなのね。
そのジジのぬいぐるみは絶対手放さないのね……。
――やれやれ。
まあ、いろいろあったが出発の準備は整った。
時刻は午後9時を回ったところだ。
玄関にて革ブーツを履いた二人に、クナイ2本差しベルトとワイバーンのローブを渡していく。
いつも見慣れたダンジョン探索用の装備である。
はぐれる心配はないと思うが、念のために大銀貨を5枚ずつ渡しておく。
水 (ペットボトル) ・携帯食料 (カロリーメイト) ・治癒ポーションは各自マジックバッグに入れ腰に吊るしている。
よし! 準備できたな。
俺たちは表に出た。
――シーンと静まりかえった境内には、月の光が優しく降り注いでいる。
「それでは行ってきます。戻るのはだいたい10日前後の予定です」
「うん、無事に帰っておいで」
茂さんは言葉少なく、玄関先で手を振っている。
みんなで手をつないだ後、俺はシロの背中に手をのせた。
――トラベル!
デレクの町にある俺の家、伯爵邸にごあんな~い♪ (カリオストロ風にどうぞ)
俺たちはツーハイム邸の庭に降り立った。
「あら、こちらは明るいのね。朝方なのかしら?」
「えっ……、もう着いたの」
キョロキョロしながら紗月が呟く。
「ええっ、だって、人が二重に見えたりとか、着ている洋服がスケスケになったりしないの~?」
うん、紗月はマンガの読み過ぎだな。それに今言った現象は【ワープ】だから。
「ここがゲンちゃんの家? 素敵な洋館ね。すごくいいわ~」
わかってるじゃないか慶子。今晩は旨い酒をご馳走しよう。
そうやって、みんなで屋敷を眺めていると、屋根の上からふよふよと青龍が下りてきた。
――アオチャンだ。
アオチャンは嬉しいのか、シロにまとわりつくと顔をくっつけてすりすりしている。
『お帰りなさい』と言ってるようだ。
もちろん、朝の散歩からであるが……。
シロは嫌がるでもなく堂々としており、お返しとばかりにアオチャンの顔をペロペロなめてあげていた。
あれから、すくすく育っているアオチャンは体長が7mにもなっていた。
成体になると50mを超えるそうだから、まだまだなのであるが。
一度でいいから、でんでん太鼓を片手に跨ってみたいものだな。
「キャー、シェンロンだ! シェンロンがいるよ~! ド○ゴンボールは何処? 願いは3つまでだよね」
「いやいや、シェンロンじゃないから。青龍の幼体で名前はアオチャンだからな。可愛がってやってくれ」
シロとじゃれていたアオチャンだが、今度は近くにいた紗月に寄っていった。
「キャー可愛い! アオチャンいい子。アオチャンいい子」
紗月はそう言いながらアオチャンの頭をなでなでしていた。
最近はかなり人馴れしているアオチャンであった。
「ゲンパパー! 見て見てー、青い石いっぱい取ってきたよぉ。今日は岩がバラバラになってて採取やすかったよ~」
(俺たちはそのおかげで大変な目にあったんだけどね)
現れたのは、アズライトの鉱石を両手いっぱいに抱えたメアリーである。
朝の散歩 (山越え) から帰ってきたようだ。
いつもは王都にあるアランさんの屋敷に居るのだが、ダンジョン転移が自由に使えることもあってか、こうして毎日散歩につき合ってくれるのだ。
メアリーと一緒だったメルとガルは、すでに下の冒険者ギルドへ向かったみたいだ。
メルとガルは熊人族の姉弟で、今は二人とも成人して冒険者をやっているのだ。
俺たちの散歩につき合ったあとはギルドに顔を出し、依頼を受けながら生活している。
”下の冒険者ギルド” としたのは、この場所が山の中腹だからである。
ここ (ツーハイム邸) から少し下りたところにダンジョン・デレクの入口があるのだが、そこのダンジョン前広場に冒険者ギルドは建っていた。
「あぁ――――っ! うちのローブを着てるぅ。新しく入る新人さんなの?」
「いや、それはちょっと違うな。この二人は遠くからきた大事な人たちなんだよ。メアリーも仲良くしてやってくれ」
「は――い!」
そして、メアリーに紹介しようと慶子と紗月の方を振り返るが……、2人ともポカンとしている。
ああ、そうだった。 バタバタしていて2人にアレを渡しそびれていたな。
「これを耳に付けてくれるか」
女神さまから頂いた多用途言語翻訳機能がついた ”シルバーイヤリング” を二人に渡していく。
この多用途言語翻訳というのがどの程度のものなのか? 時間がなかったので、まだテストはしていなかった。
イヤリングをつけて、メアリーに言葉を掛けてもらう。
うん、大丈夫だな。普通に会話できている感じだ。
まあ、意思の疎通ができて、言語をもっている種族であれば大方いけるのではないかと思っている。
俺やシロの場合は人族が使う共通言語の他に、亜人族言語もほとんどが理解できる。
これは俺が転生する際に直接身体へ組み込まれた機能であり、 ”言語スキル” などが備わっているわけではない。
ちなみにだが、シロは喋ることができない。
「ワン!」 と吠えてはいるが、言葉になっていないのだ。
念話で意思を伝えるだけである。
お互いに自己紹介を済ませ、みんなで邸 (やしき) へはいる。
メアリーは学校があるので王都へ帰っていった。
俺たちはそのままリビングへと向かい、家宰のシオンを呼んだ。
もろもろの事情を説明していき、この2人が20日ほど滞在することになるので、部屋を用意するようにと指示をだした。
慶子と紗月は先ほどから興奮冷めやらぬといった様子で、キョロキョロしたり、こしょこしょと内緒話をしている。
――夢の異世界なのだ。
テンションがあがってしまうの当然だ。当然なんだが……、身体を壊してしまっては元も子もない。
時差ではないが昼と夜が逆転してしまったのだ。本来は寝ている時間である。
よって、今日はゆっくりと過ごすように伝えた。
一緒の部屋が良いというので、ツインの客室に通し荷物はクローゼットの前に取り出しておいた。
お茶や軽食などの他、何かあったらメイドに言ってくれと専属にメイドを1名付けることにした。
「キャー! 猫耳メイドさんですよ。さっきの子は犬耳だったですよね、ねっ」
「そうね。 紗月ちゃん、嬉しいのはわかるけど、もう少し落ち着きましょう」
紗月は大騒ぎである。
慶子の方はさすがに年配者、落ち着いたものだな。
と思っていたのだが、カップを持つ手がわずかに震えているようだった。
まぁ慣れだよ、慣れ。
「この部屋には風呂もシャワーも付いてるので、自由に使ってくれて構わない。無理に眠れとまではいわないけど身体は休めておくようにな」
「そうね、今日はゆっくりしておくわ。ゲンちゃんお世話になるわね」
「わたしは荷物を整理しておくね!」
「昼食はこちらに運ばせるようにしているから、好きな時間にとってくれ。それじゃあ夕食時にまたな」
………………
俺は自分の寝室に入った。
そして転移陣に乗り、ナツのログハウスへ飛んだ。
…………居ない。
すぐに隣の温泉施設の方に顔をだした。
「パーパ、きたー!」
よろこぶハルを抱き上げて頬をすりすり。
―― H・M・T ――
ハルたんまじ天使!
「いい子にしてたハルにお土産だぞ」
日本で買った、首に黄色いリボンがついた40㎝程のテディベアを渡した。
「ふぉぉぉ。くまたんだー!」
――ぐはっ!
か、可愛いすぎる。
「おや、あんた~。こんな時間にここへ来るなんて珍しいこともあるもんだねぇ」
「おう、ナツか。そのことなんだが、また夜にでも話すわ」
そういってハルたんをナツへ渡すと、俺は邸 (やしき) へとんぼ返り。
シロに浄化を頼んだあとは、すぐにタマを寝室へ呼んだ。
――何故か?
真実はいつもひとつ!
あのまま、温泉施設に居たらナツを押し倒していただろう。
もう、そわそわして仕方なかったのだ。
何日我慢したと思ってるんだ。
ガォ――!
「どーしたのニャ? 昨日もかわいがってくれたのニャ~~~~~ン!」
タマには悪かったが、思いっきり発散させてもらった。
俺はしばらくの間 眠ってしまい……、夕方前に目を覚ました。
……タマはもう居ない。
少し寂しく思いもしたが、俺は服を身に着けると寝室を出た。
廊下で寝ていたシロを連れ、今度は執務室へと入っていく。
夕食までにあまり時間がない。
俺はデスクに座ると今日の仕事をせっせと熟していった。
お付きのメイドが晩餐の準備が整ったことを知らにきた。
俺はメイドの手をかり再び服を着替えると、シロと共に食堂へ赴いた。
すると、慶子と紗月はすでに席についており、ふたりで楽しそうにおしゃべりしていた。