テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
春の午後、風に花びらが舞う道を伊黒小芭内は一人、当てもなく歩いていた。
柱稽古も一区切りがつき、少しの休息をとるようお館様に言われたのだ。
ふと、視界の先に見慣れた背中があった。
「……不死川?」
そう呟いて足を止める。
桜の木の下、ぽつんと座る白髪の男――
不死川実弥が、なぜか穏やかな顔で地面にしゃがみ込んでいた。
驚いたことに、その足元には猫が五、六匹。
しかも、誰に懐くことも少ない野良たちが、実弥の周りを囲むように寝そべっていた。
「……まるで猫使いだな」
呟いた声に気づいたのか、実弥がこちらを振り向く。
いつもは刺々しいその目が、今日はどこか緩んでいる。
「なんだ、伊黒か。……見てんじゃねぇよ、暇人」
「暇というなら、猫に囲まれてるお前の方がよほど……。それにしても珍しいな。お前が、こんなふうに」
「……うるせぇ。こいつら、桜が咲くと集まってくんだよ。去年もここに来た。……お前も、座るか?」
思わず伊黒は目を細めた。
実弥の口調は照れ隠しのように荒いが、悪くはない。
隣に腰を下ろすと、足元の猫が一匹、彼の膝にすり寄った。
「……悪くないな、こういうのも」
「だろ。……誰かに見られたら、たぶん俺たち終わりだがな」
「そんなの、蛇が喋ったことにしておけばいい」
「はは、それは名案だな」
風が吹いた。
桜の花びらと猫の尻尾がふわりと揺れる。
その中で、ふたりの柱はしばしの静けさを楽しんだ。
言葉は少なくても、通じ合うものがあった。
ふと、実弥が小さく呟いた。
「……猫は、裏切らねぇからな」
その声に、伊黒は何も言わず、ただ隣で目を細める。
春の午後、桜の木の下。
猫とふたりの男が並ぶその光景を、花びらと風がやさしく包んでいた。