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8 - お前も……ここ、気に入ったか

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2025年07月29日

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春の午後、風に花びらが舞う道を伊黒小芭内は一人、当てもなく歩いていた。


柱稽古も一区切りがつき、少しの休息をとるようお館様に言われたのだ。


ふと、視界の先に見慣れた背中があった。



「……不死川?」



そう呟いて足を止める。


桜の木の下、ぽつんと座る白髪の男――


不死川実弥が、なぜか穏やかな顔で地面にしゃがみ込んでいた。


驚いたことに、その足元には猫が五、六匹。


しかも、誰に懐くことも少ない野良たちが、実弥の周りを囲むように寝そべっていた。



「……まるで猫使いだな」



呟いた声に気づいたのか、実弥がこちらを振り向く。


いつもは刺々しいその目が、今日はどこか緩んでいる。



「なんだ、伊黒か。……見てんじゃねぇよ、暇人」


「暇というなら、猫に囲まれてるお前の方がよほど……。それにしても珍しいな。お前が、こんなふうに」


「……うるせぇ。こいつら、桜が咲くと集まってくんだよ。去年もここに来た。……お前も、座るか?」



思わず伊黒は目を細めた。


実弥の口調は照れ隠しのように荒いが、悪くはない。


隣に腰を下ろすと、足元の猫が一匹、彼の膝にすり寄った。



「……悪くないな、こういうのも」


「だろ。……誰かに見られたら、たぶん俺たち終わりだがな」


「そんなの、蛇が喋ったことにしておけばいい」


「はは、それは名案だな」



風が吹いた。


桜の花びらと猫の尻尾がふわりと揺れる。


その中で、ふたりの柱はしばしの静けさを楽しんだ。


言葉は少なくても、通じ合うものがあった。


ふと、実弥が小さく呟いた。



「……猫は、裏切らねぇからな」



その声に、伊黒は何も言わず、ただ隣で目を細める。


春の午後、桜の木の下。


猫とふたりの男が並ぶその光景を、花びらと風がやさしく包んでいた。





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