テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
43
290
⑅ ぬゆ ㄘゃん✎ܚ ꪔ̤̮
春の午後、風に花びらが舞う道を伊黒小芭内は一人、当てもなく歩いていた。
柱稽古も一区切りがつき、少しの休息をとるようお館様に言われたのだ。
ふと、視界の先に見慣れた背中があった。
「……不死川?」
そう呟いて足を止める。
桜の木の下、ぽつんと座る白髪の男――
不死川実弥が、なぜか穏やかな顔で地面にしゃがみ込んでいた。
驚いたことに、その足元には猫が五、六匹。
しかも、誰に懐くことも少ない野良たちが、実弥の周りを囲むように寝そべっていた。
「……まるで猫使いだな」
呟いた声に気づいたのか、実弥がこちらを振り向く。
いつもは刺々しいその目が、今日はどこか緩んでいる。
「なんだ、伊黒か。……見てんじゃねぇよ、暇人」
「暇というなら、猫に囲まれてるお前の方がよほど……。それにしても珍しいな。お前が、こんなふうに」
「……うるせぇ。こいつら、桜が咲くと集まってくんだよ。去年もここに来た。……お前も、座るか?」
思わず伊黒は目を細めた。
実弥の口調は照れ隠しのように荒いが、悪くはない。
隣に腰を下ろすと、足元の猫が一匹、彼の膝にすり寄った。
「……悪くないな、こういうのも」
「だろ。……誰かに見られたら、たぶん俺たち終わりだがな」
「そんなの、蛇が喋ったことにしておけばいい」
「はは、それは名案だな」
風が吹いた。
桜の花びらと猫の尻尾がふわりと揺れる。
その中で、ふたりの柱はしばしの静けさを楽しんだ。
言葉は少なくても、通じ合うものがあった。
ふと、実弥が小さく呟いた。
「……猫は、裏切らねぇからな」
その声に、伊黒は何も言わず、ただ隣で目を細める。
春の午後、桜の木の下。
猫とふたりの男が並ぶその光景を、花びらと風がやさしく包んでいた。