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数回またたきをして、フィル様が俺を見る。
「フィル様っ」
「…ラ…ズール…」
「はいラズールです。俺がわかりますか」
「うん…」
「苦しかったり痛くはないですか?」
「うん…だいじょ…ぶ。ラズールも…大丈夫?」
「俺は元気ですよ。薬のおかげで治りました」
「よかった…」
フィル様がフワリと笑う。
よかった。目が覚めて本当によかった。
俺はフィル様を抱きしめたいのを我慢して、左手を握りしめた。涙が出そうになるのも我慢したが、数滴頬を流れ落ちた。気づかれぬよう急いで袖で拭い、フィル様の顔を見る。
「フィル様、こちらの手はどうですか?動かせますか?」
「…手?」
「大怪我をしたでしょう?できる限りの治癒はしましたが、どうですか?」
「あ…そうか…」
フィル様の顔が一瞬で曇る。バイロン国の第二王子を恋しく想う気持ちは消してある。心配はいらない。だが、もし消しきれてなかったなら、もっと強い呪文で暗示をかけなければ。
俺は少し緊張気味に聞く。
「何があったか…覚えてますか?」
フィル様は伏せていた目を上げて俺と目を合わせると、ゆっくりと頷いた。
「うん…覚えてる。戦のさ中に、僕は…バイロン国の騎士に…捕まって、捕虜になった。でも何とか…逃げ出そうとした…時に、バイロン国のリアム王子に…腕を斬り落とされた?」
「そうです。第二王子にとてもひどいことをされたのです。絶対に許してはなりません」
「うん…そう、だね…」
「おいラズール!どういうことだっ」
ネロを慰めていたトラビスが、怒鳴りながら俺の肩を掴んできた。
ネロも涙を拭いながら、怪訝な様子で俺とフィル様を交互に見ている。
「なんだ。フィル様がビックリされてる。声を抑えろ」
「…フィル様、とても心配しましたよ。バイロン国であなたから離れてしまい、申しわけありませんでした」
「トラビスは…大丈夫だった?」
「はい。俺は怪我もありません」
「そう…。あれ…ネロ?」
俺は肩に乗ったままのトラビスの手を払いのけて、トラビスとネロを睨んだ。
トラビスも睨み返してきたが、ここで聞くことではないとわかったのか、目を逸らした。
ネロは俺を無視してフィル様に近づく。
俺は再び剣の柄を掴んで警戒する。だがトラビスに「大丈夫だ」と止められた。
「久しぶりだね王様。気分はどう?俺の魔法で目を覚まさせてあげたんだよ」
「そうなの?ありがとう。でも…どうしてここに、いるの…?」
「俺、この国に囚われてるんだ。つい先ほどまで牢屋に入れられてたんだよ」
「ネロは…バイロン国の…騎士だから…」
「違うよ。俺はバイロン国の生まれじゃないし騎士でもない」
「そう…なの?」
「そうだよ。ねぇ、俺はフィルが目覚めるのを助けたから、牢屋から出してもらえるんだって。俺、フィルと話がしたい。いい?」
「ふふ、いいよ。僕を殺さないなら…」
「もうそんな気は失せた。殺さないよ」
「うん…ありがとう」
フィル様が右手を伸ばしてネロの手に触れる。
ネロは驚いた顔の後に、また寂しそうな表情を見せた。
少し話して疲れたらしく、フィル様がまた眠りについた。
俺とトラビス、ネロは静かに部屋を出て、トラビスの部屋に近い小さな部屋へと移動する。小さいが家具も揃い、日当たりがよく明るい。
先頭に立って歩くトラビスの後ろを黙ってついてきたが、どうやらこの部屋をネロにあてがうつもりらしい。
トラビスがネロを振り返り聞く。
「ネロ、この部屋をどう思う?」
「どうって…快適そうでいいんじゃない?ちょっと狭いけど」
「そうか。今からここがおまえの部屋だ。自由に使うといい」
「へぇ、いいのか?俺を自由にして」
いい訳ないだろうと内心で思ったが、フィル様を目覚めさせたのだ。冒した罪には罰を、功績には対価を与えねばならない。
トラビスが笑いながら頷く。先ほどからネロに対する態度が柔らかい。どのような心境の変化があったものか。聞きたくもないが。
「いいぞ。ただし部屋の中だけだ。もしもいらぬことをしようものなら、俺がすぐに駆けつける。俺の部屋は近くにあるからな」
「なんだ…見張りつきか」
「当然だ」
「俺はもう、フィルには何もしないよ。バイロン国の第一王子と組んで、この国を陥れようとしたのも、フィルを狙ったのも、八つ当たりみたいなものだしさ…」
部屋を見回していたネロが、俺を見てくる。
俺は早くフィル様の部屋に戻りたいと思いながら「なんだ?」と聞く。
「あんた…悪かったな。第一王子の配下の者が射た毒矢で死にかけたんだろ?毒矢の案を出したのは俺なんだ」
「ふん、フィル様に当たっていたら殺すところだが、そうではなかったからもういい」
「ほんと…あんたは王様のことしか頭にないんだねぇ。だけどそんなに大切な王様に、何をしたの?」
「なんのことだ」
俺は顔をそむける。
そむけた視線の先にトラビスがいて「ラズール、正直に言え」と近づいてきた。
「だからなんのことだ」
「ラズール!どう見てもフィル様の様子がおかしかっただろうがっ。フィル様はリアム王子のことを悪く言わない。ましてや庇いこそすれ許さないなどと言うはずがない!」
「本心で許さないと思ったのでは?」
「ラズールさん」
ネロが頭からかぶっていた布を取り、ベッドに置く。そして俺を挟むようにトラビスの反対側に立った。
「俺は秘密を全て話したよ。フィルと俺が少しでも関係があるなら、協力してもいいと思い始めてる。だからさ、あんたも本当のことを言ってよ」
俺はネロを見つめて思う。こいつのことは信用ならない。王城に潜入し周りの者を騙したのだ。今さら気が変わった嘘はつかないと言われたところで、トラビスみたいに心を許せるわけがない。
だが…と俺はネロの全身を眺めた。牢屋で聞いた話は真実だと思う。この先利用価値があるかもしれない。ならば俺も、少しは信じさせるか。
俺は窓辺に行きフィル様の部屋がある方角を見ながら言う。
「俺は、フィル様に第二王子を憎むよう、暗示をかけた」