テラーノベル
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アメリカ・ホワイトハウスでの不穏な「魔法使い」談義から、舞台は再び東京へ。
永田町、首相官邸の地下深くにある危機管理センター。
ここには日本の国家権力の中枢を担う男たちが集まり、定期的な「テラ・ノヴァ定例報告会」が開かれていた。
大型モニターには、惑星テラ・ノヴァの真っ青な空と、赤茶色の大地が映し出されている。
だが今日の映像は、いつもと違った。
画面を横切るように一直線に伸びる銀色のライン——鋼鉄のレールが敷設されていたのだ。
『えー、ということで。
テラ・ノヴァでは、ついに念願の鉄道が開通しました!』
画面の向こうで、工藤創一が満面の笑みでVサインをしている。
その背後から、地響きのような轟音が近づいてきた。
ポッポーッ!!
ガタンゴトン、ガタンゴトン……。
黒煙を吐き出しながら現れたのは、無骨極まりない巨大なディーゼル機関車だった。
『機関車(Locomotive)』。
黄色と黒の警戒色で塗装されたその巨体は、日本の繊細な電車とは違う。
まさに「鉄の塊」と呼ぶにふさわしい、重厚な産業用車両だ。
その後ろには、原油を満載したタンク貨車と、鉱石を山積みにした貨物車が、何両も連結されて続いている。
「おお……。これが、君が作った鉄道か」
総理大臣が、感嘆の声を上げた。
模型の話ではない。
本物の鉄道を、たった数日で敷設し、運行させているのだ。
『はい。これで、遠隔地への移動と輸送が、劇的に楽になりました。
今までは、パイプラインを延々と引いたり、トラックで往復したりしていましたが、これからは列車が自動で運んでくれます』
創一がカメラをパンさせると、列車が荒野を疾走する様子が映し出された。
その進路上に、数体の小型バイターがうろついているのが見える。
「あっ、危ない! 衝突するぞ!」
防衛大臣が、思わず叫んだ。
だが創一は、平然としていた。
『大丈夫です。見ててください』
ドゴォォォォォン!!
凄まじい衝撃音と共に、バイターたちが「肉片」となって弾け飛んだ。
機関車の先頭に取り付けられた巨大な衝角(カウキャッチャー)は、生体など障害物とも認識していない。
列車は減速すらせず、血煙の中を悠然と突き進んでいく。
『ご覧の通り、この機関車は質量と装甲が桁違いです。
バイターに衝突しても、文字通り「轢き殺せる」ので、実質的に障害がありません。
線路上が一番安全な移動ルートと言ってもいいくらいです』
「……なるほど。走る要塞か」
官房長官が、呆れたように呟いた。
日本の鉄道会社が見たら卒倒しそうな光景だが、この過酷な異星では、この「強さ」こそが正義だ。
『現在は、北部の油田地帯と、東部の鉄鉱山、南部の銅鉱山を、環状線で結んでいます。
各ステーション(駅)では、インサータが自動で貨物の積み下ろしを行います』
画面が切り替わる。
駅に到着した列車から、アーム(インサータ)が目にも止まらぬ速さで鉱石を掴み出し、ベルトコンベアへと流していく。
逆に、空になったタンク車には、ポンプから原油が注入されていく。
人間は一人もいない。
完全な無人自動化システムだ。
『これにより、鉄鉱石、銅鉱石、石材、そして砂。
これらはテラ・ノヴァ各地にある鉱床から、実質的に「無制限」に入手可能になりました。
もう資源枯渇の心配はありません』
創一の言葉に、会議室の空気がどよめいた。
「無制限」。
資源小国・日本にとって、これほど甘美で、そして恐ろしい響きはない。
「……ははは。鉄と銅が無限かよ」
経産大臣が、乾いた笑いを漏らした。
「子供が考えた『ぼくのかんがえたさいきょうのくに』みたいなことになってきたな……。
産業革命どころの話じゃない。資源価格の概念が壊れるぞ」
「ですが、現実です」
日下部が、手元のタブレットに表示された在庫リストを提示した。
「現在、新木場の倉庫には、毎時トン単位で高品質な銅鉱石と鉄鉱石が搬入されています。
製鉄所や精錬所が悲鳴を上げるレベルの供給過多です。
……そこで提案があります」
日下部は眼鏡の位置を直し、総理と財務大臣を見据えた。
「これらの一部を市場へ売却しませんか?」
「売却?」
「はい。特に『銅(Copper)』です。
昨今のEV(電気自動車)シフトや再エネ需要により、銅の国際価格は高騰しています。
工藤さんの工場で余剰となっている銅鉱石を、国内の精錬業者へ卸し、資金化するのです」
「ふむ……。
しかし工藤氏は、金銭にあまり執着がないようだが?
彼は『工場が大きくなればそれでいい』というスタンスだろう?」
総理が懸念を示す。
確かに創一は、何兆円稼ごうが興味を示さない変人だ。
彼にとっての報酬は、「新しい研究データ」や「美味しいご飯」でしかない。
「ええ。彼個人の懐を温めるためではありません」
日下部は、真剣な表情で言った。
「この『テラ・ノヴァ・プロジェクト』そのものの予算確保のためです。
新木場の施設維持、自衛隊や警察の動員手当、隠蔽工作のための裏金、そしてアメリカへの対策費……。
正直、機密費だけでは限界が来ています。
財務省も、これ以上の補正予算を組むには国会の承認が必要だと言っていますが、このプロジェクトは国会に諮れません」
「……痛いところを突くな」
財務大臣が、渋い顔をした。
極秘プロジェクトの最大の敵は、いつだって「予算」と「会計検査院」だ。
表に出せない金が、あまりにも巨額になりすぎている。
「そこで、テラ・ノヴァの資源を換金し、プロジェクトの運営資金(ランニングコスト)に充てるのです。
工藤氏も、自分の工場を守るための防衛費や、日本側からの支援物資(食料や衣類、嗜好品)が充実するなら、反対はしないはずです。
プロジェクトを堅牢にするための、自給自足システムです」
「……そうだな。
国債を発行するより、異星の石ころを売った方が健全だ」
総理が決断した。
「その方針で進めてくれ。
ただし、市場価格を暴落させないよう、放出量は調整しろ。
それと……出自を薄めろ」
「出自ですか?」
「ああ。
『都市鉱山からのリサイクル銅』という名目で、複数の業者を経由させろ。
ロットを割り、既存のスクラップと混ぜて、成分の連続性を切れ。
あまりにも高品質で均質な銅が大量に出回れば、商社やスパイが『どこから来た?』と嗅ぎ回る」
「……なるほど。資源ロンダリングですね」
経産大臣がニヤリとした。
これでプロジェクトの財布事情は、劇的に改善するだろう。
無限の資源が、無限の活動資金に変わる。
最強のサイクルだ。
「えー、では次です。
アメリカ政府の動きについて報告します」
話題が切り替わると、会議室の空気が一気に張り詰めた。
外務省の担当局長が立ち上がり、スクリーンに資料を投影する。
「先日、ワシントンD.C.から送られてきた『ヒュミント(人的諜報)』のレポートです。
ホワイトハウス内部の会議において、彼らは日本政府の回答——『ナノマシンによる促成栽培』説について議論を行ったようです」
「反応はどうだった?」
「……予想通り、半信半疑です。
科学顧問団は『現在の技術レベルでは不可能だ』と断定しています。
『デマだ』『カバーストーリーに決まっている』という意見が大勢を占めているようです」
「まあ、そうだろうな」
官房長官は、コーヒーを啜った。
「我々だって逆の立場なら信じない。
いきなり『魔法の木』を見せられて、『ナノマシンです』と言われてもな」
「ええ。
ただ、興味深い発言が傍受されています。
ウォーレン大統領が会議の席上で、冗談めかして『魔法使い(Wizard)』という言葉を使ったそうです」
「魔法使い?」
「はい。
『科学で説明がつかないなら、日本には魔法使いがいるか、異世界から持ち込んでいるとしか思えない』と。
さらに『日本のライトノベルのようだ』とも言及したとか」
会議室に、苦笑とも失笑ともつかない空気が流れた。
「ははは……。
鋭いな、あの大統領は。
冗談のつもりだろうが、真実のど真ん中を射抜いている」
総理が頭を振った。
「事実は小説よりも奇なり」と言うが、まさにその小説通りのことが起きているのだから、始末が悪い。
「こちらのスパイ(協力者)にまで漏れ出る話題になっているということは、それだけ彼らが困惑し、焦っている証拠です。
『ナノマシン説』を完全には否定できないが、肯定する材料もない。
だからこそ、あらゆる可能性——オカルトまで含めて——を検討し始めている」
「……難しい局面ですね」
日下部が腕を組んだ。
「まあ、ナノマシンというのは、あながち嘘ではありません。
事実は『工藤氏の特殊能力(ナノマシン)』で作った工場と温室ですから。
木々が無限に出るのは事実ですが、それはあくまで彼のスキルの産物です」
「いっそ、もっと決定的な証拠を見せれば信じるんじゃないか?」
防衛大臣が提案した。
「例の『医療用キット』だ。
あれを見せれば、ナノマシン技術が実在することの証明になる。
『ほら、我々はここまで進んでいるんだ』と示せば、木材の話も信憑性が増すだろう」
「……いや、それは危険すぎる」
官房長官が、即座に否定した。
「まだ手札を切るべきではない。
医療用キットは、木材とは次元が違う。
あれは『不老不死』や『万能治療』に繋がる技術だ。
もしあれを見せれば、アメリカは『共同研究』どころか『技術の接収』に動き出すぞ」
「そうです」
日下部も同調する。
「木材なら『環境技術』で誤魔化せますが、医療用キットは『軍事技術』であり、『生命倫理』の問題になります。
大統領が『魔法使い』と呼んでいるうちは、まだ笑い話で済みます。
ですが医療用キットという『魔法の薬』を見せれば、彼らは魔女狩りを始めるでしょう」
「……そうだな。
今はまだ、彼らに『狐につままれた』状態を維持させるのが得策か」
総理が結論づけた。
「アメリカには引き続き『ナノマシン技術の初期段階』という説明を繰り返す。
そして、その裏で我々は彼らの監視の目をかいくぐり、既成事実を積み上げる。
……不在証明(アリバイ)は、言葉で作るものではない。運用で作るものだ」
総理は官房長官に向き直った。
「工藤さんに伝えてくれ。
『君の鉄道は日本の生命線だ。どんどん走らせろ』と。
ただし……」
総理は手元の「米軍偵察衛星パス予測リスト」を指差した。
「アメリカの『KH-12』が、新木場の上空を通過する時間帯——1日に4回あるが——この時間だけは、ゲートへの搬入搬出をストップさせろ。
テラ・ノヴァ側の鉄道ダイヤも、それに合わせろ。
衛星写真に映る新木場は、常に『静かな研究施設』でなければならない」
「承知しました。
彼なら、きっと『ダイヤ改正します』と軽く答えるでしょう」
地下の会議室に、少しだけ安堵の笑いが戻った。
魔法使いの不在証明(アリバイ)は、まだ崩れていない。
なぜなら彼らは、衛星の目すら欺く「完璧なダイヤ」で、世界を騙し続けているのだから。
だが、その魔法が生み出す膨大なエネルギーは、隠しきれないほどに世界を歪め始めていた。