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「さっきも言ったでしょう? 本当は、この世界に凶霊に憑かれた理亜ちゃんと、美穂子ちゃん、そして私たちだけを入れるつもりだったの。だけど、この場所は地獄というか、色々な世界と近い場所にあるから、偶々、地獄とも繋がっちゃったのよ。で、グールって呼ばれる不浄なるものが沢山入り込んじゃったってわけよ」
まるで他人事のようだ。
「その、グールってなに?」
「ゲームじゃ、良く聞く雑魚キャラの名前だけどな」
「そ、雑魚キャラよ。こっちで言う、野良猫や野良犬的なポジションね。容姿は、そうね」
スッとハロは手にした剣をこちらに向ける。鋭い切っ先が、典晶と文也の顔の間を指している。典晶と文也は、お互いを抱きしめる手に力を込め、同時に振り返った。
オオオオオオ………!
遙か向こうから、灰色の体をした痩せた人達が駆け寄ってくる。いや、姿形は人に似ているが、それは人ではなかった。小さな頭に髪はなく、目は赤くらんらんと輝いており、口は血を吸ったように真っ赤に染まっている。長い手足の爪は長く、むき出しの下半身には性器の類いはついていない。その集団が、我先にとこちらに向けて駆けてくる。
「あんな感じ。安心して、見た目はアレだけど、地獄じゃ何処にでもいる生物だから」
「逃げろ!」
典晶と文也は一言叫ぶと、グール達が押し寄せてくる方向とは反対に駆け出した。イナリとハロは、グールを蹴散らそうとしたのだろう、典晶達よりも数泊遅れて駆け出した。
「だから、獲物は何にするって聞いたじゃない」
「文句を言わず、受け取った方が良い。ああ見えて、あいつらは少々凶暴な所がある。あれだけ数がそろうと、色々と面倒だ」
「凶暴だっていうのは、見れば分かるよ! こっちを殺す気満々で猛ダッシュしてくるじゃないか! どこが犬や猫に似てるんだよ!」
「まあ、こっちの世界の犬や猫みたいに、可愛くはないわね。似てるのは、ポジション的な感じよ。噛まれると、ちょっと痛いし、臭いし……」
典晶の横に並んだハロは、後ろを見て眉を顰めた。もう一度典晶も振り返るが、追ってくるグールは凶悪そのもので、真っ赤な口から覗く太い犬歯は噛まれるとちょっと痛いレベルではないだろう。
「普段はあれほど気性は激しくないんだけどね。突然、こんな世界に連れてこられて、怒っているのかしら」
やはり、他人事のようにハロは言う。
「何とかしてくれ!」
文也が叫んだ。イナリやハロと違い、典晶達ノーマルな人間はいつしか体力が尽きる。それに、何処まで行っても此処は一直線だ。下りる階段も、上る階段も見当たらない。隠れる場所もない。横に教室が並んでいるが、袋小路なのは想像に難くない。
何処までも伸びる廊下を、典晶と文也は全力で走った。それでも、グールとの距離は広がるどころか縮まってきていた。目に見えて、典晶の体力が無くなってきた。
先に、文也よりも典晶が限界を迎えた。
「あっ……!」
足がもつれて倒れそうになった典晶を、隣を走っていたイナリが支えた。
「典晶、大丈夫か?」
イナリに抱えられるようにして、典晶は走った。いや、典晶の足はイナリの足の回転について行けない。恥ずかしいが、典晶はイナリの小脇に抱えられていた。
「あらら、運動不足ね」
へばった典晶と、もう直にダウンしそうな文也を見て、ハロは面白そうに笑う。
「仕方ない。典晶達は、私たちの後ろに隠れていろ。私とハロで片を付ける」
「仕方ないわね」
ハロとイナリは足を止め、振り返った。典晶はそっと廊下に下ろされると、イナリを只見上げた。
「大丈夫だ、私は負けないから」
そう笑うイナリ。だが、彼女の様子も少しおかしかった。今までは、顔色一つ変えずに走ってきていたが、典晶を抱えた事で負担が増えたのだろう。肩で息を切らしており、顎先に浮かんだ汗を右手の甲で拭った。