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「分かってると思うけど、手加減はいらないわよ、イナリちゃん」
ハロの背中が輝き、一対の羽が現れた。ハロは何度か羽を動かすと、剣の感覚を確かめるように手の中で回した。
「承知している。手加減は母様から教えられていない」
肩を回しながら、イナリは廊下の中央でハロと並んだ。
立ち止まった二人を気にすることなく、グールは走り寄ってくる。イナリ達は微動だにせず、グールを待っていた。
「イナリ!」
典晶はイナリの背中に呼びかけた。自分は男だというのに、何もできない事が悔しかった。物語の主人公なら、こういうとき特殊能力が目覚めるだの、持ち前の潜在能力の高さで何とか切り抜けるのだろうが、典晶は何もできない。こうして、後ろからイナリを応援することしかできない。
「頑張れ……!」
言いながらも、典晶と文也はズリズリと這うようにして後退していた。情けないと分かっているが、応援しなければいけないと分かっているが、怖いのだ。目の前に迫る恐怖に、立ち向かう術を持たないのだ。
「まだ前座だ。本番はこの後だ。この世界には里奈も美穂子もいる。体力を蓄えておけ」
イナリは肩越しに振り返ると、優しく目を細めた。典晶は、イナリの言葉に頷くことしかできなかった。
「来るわよ!」
ハロが叫ぶのと、グールが奇声を上げて飛びかかるのがほぼ同時だった。
イナリは一歩踏み込むと、細い腕をグールの腹部にめり込ませた。華奢な体からは想像できない膂力を持つイナリの一撃は、先頭のグールを吹き飛ばし、後方から迫るグールの足を止めた。
隣のハロは、舞うように体を回転させると、グールの体を豆腐を切るかのように容易く両断していった。ハロによって体を上下に切り分けられたグールが、飛びかかった勢いのままに典晶達の足下まで滑ってきて、どす黒い血を両断された腹部から出していた。
「ううう……~~!」
刻まれて、山になっていくグールの死体を見て、文也は今にも気絶しそうだった。
「文也、しっかりしろよ! 気絶だけはするなよ!」
「分かってる! 分かってるけど……」
口を押さえた文也は、横にある教室のドア開け、逃げるようにして飛び込んだ。ドアの向こうは暗闇が広がっている。ちょうど、アマノイワドで八意が住むプライベート空間へ行くときのようだ。この先がどうなっているか、廊下からでは伺い知れない。
「馬鹿!」
典晶は文也を追おうとしたが、思いとどまり、イナリとハロの背中を見た。文也は心配だが、このまま典晶が此処を離れて、大丈夫なのだろうか。もし、この扉の先にもグールがいたとしたら。それどころか、全く別の世界に繋がっているとしたら。
「行って! この部屋の中で隠れていて!」
ハロに言われ、典晶は這うようにしてドアに近づいた。教室に入る前に、典晶はもう一度振り返った。イナリは迫り来るグールに臆することなく、殴り、蹴り、飛び、次々と素手で屠っていく。
「イナリ! 無理はするなよ!」
イナリの背中に叫んだ典晶は、文也を追って教室の中に入った。