「ここが……危険区域」
「俺と蜂楽、2人いるとしても警戒は緩めないようにしよう」
「おーけ」
灰色がかった空の下知里達は絵心の指示で危険区域Gのエリア中央に来ていた。鬱蒼と生い茂る蔦が足元を歩きにくさせ、古びた昔のお店の壁の塗装は少しの風でポロポロと剥がれ落ちていく。知里は、初めて出会った時と同じサイバー服に身を包みマスクを付ける潔と蜂楽を見る。あれが彼らがスレイヴとしての仕事着ということなのだろう。知里は、絵心から言われた言葉を思い出す。
『気が変わった。今からお前を試すために、危険区域の最底辺であるGに潔らと共に行ってもらう。といっても、基本お前がここ(ブルーロック)で自分の価値を証明できる人間かどうかを判断するため、潔達には最低限しか手を出させない。お前は、自分の価値をこの俺に証明しろ。やっすい雑用ばかりでここに住まわせられるような人間ならとっくに雇っている。なら、お前はスレイヴ同様の利用価値、アウトサイダー共と殺り合う能力を持つかを判断する。示せ、己の価値を』
自分が絵心に利用価値があるということを示す。そうしなければ、この世界を生きれない。今、自分が頼れるのは知り合えた潔らがいるブルーロックのみ。そこを追い出されれば、生きれるかすら危うい世界で本当のひとりぼっちになる。この世界は自分が生きてきた世界と違う。本気で生き延びたいと思う人間のみが生き残る、弱肉強食な世界。自分に今は何ができるか、それを見極めないと絵心の言葉通りの弱者になる。知里は深呼吸、顔を上げる。
「とにかく、篠崎。今は俺と蜂楽が先導し、目標を見つける。そこからは、無理のない範囲でお前が絵心に認められることを見つけるんだ」
「はい!」
「んじゃま、楽しもっか!」
潔は未だ絵心の考えが理解できなかった。なぜならスレイヴの必須条件に、卓越した特殊能力「エゴ」が必要なのだから。エゴはどんな人間も持つ自我のこと。だが、ブルーロックでは自我に潜むもうひとつの自分それが具現化し、人智を超えた能力となる。この能力のことをエゴと指す。本来であればそのエゴを呼び覚ます適性がある人間が選抜されてブルーロックでの審査をくぐり抜けスレイヴとなるはずなのだが、絵心はその審査や適性などを飛ばして初見から自身と蜂楽を付き添わせるだけで生身の異世界に来たばかりのか弱い女の子を危険な場所へと送り込んだのだ。絵心の意図がなにも見えずにいる潔はただ命令に従うことしかできずにいた。だが、潔は後ろにいる少女へと振り返る。
「なあ、篠崎。お前が本当に危なくなったら俺は、命令を無視してお前を助ける」
「え…………」
「だから、安心してくれ」
「わーお潔。それ、愛の告白みたいだね」
「は!?そ、そういう意味で、俺は言った訳じゃなくて……!」
「ぷっあははは!わかってるって!」
隣にいた蜂楽にからかわれた潔は、顔を真っ赤にさせて知里へ必死の弁解するように手を顔の前で振る。そんな彼に知里は、ぽかんとしながらも口元を緩ませ微笑む。
「ありがとう、潔くん。励ましてくれて」
病室で見せた、壁を作りながらの笑顔とは違い自身に心を開いて本気で嬉しいという気持ちを向ける知里の微笑みに潔は無意識に見蕩れる。すると、隣の蜂楽が肩に担いでいた銃の銃身で潔の背中を叩く。
「ほーら、見惚れてないで潔、対象を早めに見つけよ」
「あ、ああ……そうだな……って、み、みとれてなんか……!あ……」
突如潔は言いかけた言葉を切り蜂楽の背後に目を向ける。蜂楽と知里もつられて彼の目線の先を追えばそこには、
緑の体に黒の斑点の模様をした体躯に三角の頭頂部に付くぎょろぎょろと蠢く4つの目、そして発達した4本の後肢は蛙の形状をしているものの前肢は、何故かゴリラの形状をした剛腕であり背中からはタコのような触手が2本蠢いていた。
「わお、早速、お掃除対象が出てきたね」
「あれが……キメラ……蛙?え、ゴリラ……タコ?」
「キメラだから色んな動物が融合してんだよ。これもウイルスの影響だ。気をつけろ!」
潔の掛け声と同時にキメラは地面を砕き、勢いよく跳躍すると口から蛙のように長い舌を伸ばす。それは蜂楽へと物凄い勢いで迫っていた。
「お!俺狙い?」
潔は咄嗟に知里のお腹に腕を回し高く跳躍する。蜂楽は、跳躍し舌の一撃を交わすと身を翻してキメラの背後に降り立つ。キメラは今度はゴリラの腕を振り向きざまに勢いよく振り抜く。それもまた、跳んで交わすと腕に降り立つ蜂楽は、銃を玩具のように振り回しながらキメラの頭部へと腕を駆け上がっていく。そして、照準をキメラの目へと向け
「Bon!」
ズドンッという音とともに銃弾は的確にキメラの目を貫く。痛みからかどの動物とも言えない奇妙な奇声を発するキメラはさらに轟速で蜂楽に殴り掛かる。それを高く跳躍して交わす蜂楽。
「凄い……」
知里は潔に抱えられ建物の屋上から蜂楽がキメラと戦闘している様を見つめる。あれを自分は倒さないといけないのだ。そう考えると体は一気に恐怖と緊張に支配され、思うように動かなくなる。
「篠崎」
「……っ!いさぎ、くん?」
「大丈夫だ。俺らがいる」
無意識に震えていたであろう知里の手を強く握り、潔は知里の瞳を覗き込む。その意思の強い青い瞳は、真っ直ぐに知里を見つめる。ああ、本当に優しい人だ。こんな人でも生き延びたいと強く思っているからこそこうして強い瞳を持つのだ。自分はどうすればいい、自分には何ができる。潔達に頼らず、自分自身だけでアレを倒せることを。
「ありがとう、潔くん。震えは止まった……それで、お願いがあるの…………「私を降ろしてくれますか」」
「は……?」
「いいね、いいね!楽しくなってきた!」
蜂楽は、曲芸のような身のこなしでキメラの一撃一撃を踊るように交わす。まるでこの戦いを楽しむかのように。無邪気な子供のような笑みを向けながら、今度はキメラの後肢へと銃を発砲する。すると、キメラは突然動きを止め目標を蜂楽から外す。
「あり?」
キメラが向かった方向を見ると、拳銃を持った知里が蜂楽の視界に入る。
「ちょ、知里!?」
キメラは勢いよく腕を振り下ろす。知里は、それ間一髪というほどのギリギリで交し、よろけながらもキメラの目へと銃をいくつか発砲する。銃弾は運良くキメラの目を捉え、貫く。痛みで奇声を発する間に知里は、蜂楽がいる方向とは別の方向へと走っていく。
知里は、頭の中で今でも繰り返し自身へ問いかけていた。「本当に生きたいと思っているのか」元の世界でも自分はどこか影のようにうつらうつらと人の波に流されているだけの「生かされた」感覚で生きていた。妹が亡くなってから、知里の中で時間は止まっていたのだ。だがこの世界に来て、自分はなぜ1度アンデットから逃げた。生きたいと思ったから?じゃあなぜ、最後まで抗わず現実から目を逸らしてただ嘆いていた。自分の中の矛盾が気持ち悪く、知里の胸の中を渦巻く。妹がいないと生きていけないと思っているから?なら、あの時アンデットから逃げた時にほっとしたのはなぜ?潔達に助けられて安心したのはなぜ?いや、もうそんなのどうでもいい!もう、何もかもどうでもいい!何かに縋らないと自分の生き方さえ決められないなら……死んでやり直した方がいい。だから
「今までの優柔不断の私は死ね!もう、キメラやらアンデットやらに怯えて、潔くん達に縋りついていないと生きてさえいられない自分なんて死ね!だから………」
自分のために生きる自分だけを生かしたい
「生き延びたい!」
自身を追いかけてきたキメラは、知里が立ち止まった瞬間背中の触手を鞭のようにしならせて知里へと振るう。あまりの速さと短時間で全速力で走ったことによるスタミナ切れから足が覚束無く足元の石ころに躓く。もう目の前に触手は迫っていた。アンデットの時のように知里は目を閉ざさなかった。生き延びたい、その事だけが体を動かし手に持っていた銃をある場所に合わせた。発砲する。
銃弾は吸い込まれるようにキメラの横にある、オイル漏れした車のパイプを貫通した。その瞬間、熱を加えられたオイルは物凄い勢いで爆発し車の破片はキメラの体を貫いた。その痛みから触手は知里から逸れ、そのままもがき苦しむように揺れる。しかし、痛みから藻掻くキメラの体がそのまま知里へと倒れていく。あ、死んじゃう。やだ。
その時だった。
チリン、と今までの中で強く聞こえた鈴の音。その瞬間時が止まった。知里は、自分の足の間にいつの間にか小さく座り込んでいる黒猫に目を見開く。
「…………へ?」
黒猫の金色の瞳は知里を射抜く。
やっと目を覚ました。
そう知里の頭の中に言葉が流れ込む。訳が分からない子の現状にただ、ぼーっと黒猫を見ることしかできないでいるとさらに言葉が流れ込む。
知ってる?知里、知里の心臓はね。知里でもあって、千鶴でもあるんだよ。
何を言っているのかわからなかった。
知里は、ひとりぼっちだと思ってたけれど千鶴がずっと知里のそばにいたんだよ。
その言葉に耳を疑った。千鶴は幼い頃に猫を庇って死んだのだ。自分の心臓と千鶴の心臓なんて取り替えられるような出来事もない。
ううん、知里が覚えてないだけ。でも、やっと本当の知里がでてきたから……そろそろだと思ったんだ。
頭が酷く痛み出す。脳みその中をナイフが暴れているような酷い頭痛。痛みで目を瞑っていた知里は、痛みが引いてくいくとゆっくり目を開く。その時には黒猫の姿はなくなっておりいつの間にか胸元に初めてこの世界に来た時に拾った懐中電灯が下げられていた。
それじゃあ知里、頑張って生きてね。
その言葉を最後に時間が戻っていく。キメラの体が自分へとさらに迫ってきていた。知里は、先程の言葉を思い出す。本当の自分。それがこの世界で生きていく鍵なのだろう。不思議と怖くなくなった。それどころか、先程まで倒せるかもわからない目の前の対象を今はなぜだか倒せると知里は思った。
衝撃波がキメラを襲った。キメラの体は勢いよく後方へと吹き飛びその体はバラバラになり肉が飛び散り血液らしき青い液体がそこら中に模様を付ける。
キメラが吹き飛ぶ方向を見つめた蜂楽、潔、知里の間には静寂が訪れる。キメラの下敷きになりそうな知里を助けようとしていた潔は目の前で起きた光景に目を疑った。知里から聞いていたことはオイル漏れした車のところまで自分が引き付け車を爆破弱ったキメラに潔がとどめを刺す、ということだった。では、なぜ自分の目の前でキメラは吹き飛んだのだ。目の前にいる少女は、何をした。だが、考えている潔の目の前で知里の体は徐々に力が抜けていき地面へと倒れかけていた。
「篠崎!」
咄嗟に知里の体を抱え彼女の顔をのぞき込む。慣れない戦闘での、疲労からか小さくだが寝息が聞こえる。それを聞いた潔は、ほっと息を吐き出し再びキメラがいた場所を見つめる。そこには強い力が加わってか大きなクレーターができていた。
「潔!」
「蜂楽、怪我はねえか?」
「大丈夫、そんなことより!」
近づいてきた蜂楽は興奮した様子で潔脳での中にいる知里を見つめる。新しい玩具を見つけた子供のような笑みを浮かべた蜂楽は、潔に向き直る。
「潔!これならあいつも納得するよ!俺の中の怪物が言ってる!この子も怪物だって……しかも、今まで見てきた怪物の中でも1番「怪物らしい」!」
蜂楽と狂気じみた表情に潔は、恐怖と困惑を感じた。今自分の腕の中にいる少女は、本当に普通の少女なのだろうか。
暗く冷たいモニタールームで1人絵心は口角をあげる。ついに目覚めた。予想以上の収穫だ。眼鏡の奥に潜む真っ黒な瞳に帯びるは狂気であった。
「想像以上だ、篠崎知里。これは革命が起きる…………この世界に新たな時代が来る」
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