「それから……」
颯ちゃんの攻撃、プラス口撃は、まだ続くようだ。
「一つ忠告しておいてやる」
「何でそんなに偉そうなのよっ?みんな‘恵麻’‘恵麻ちゃん’って付いて来るのに、昔からあんたたち兄弟だけは私よりヨシコっ!頭おかしいんじゃない?」
ここで颯ちゃんは、厳しい顔を綻ばせた。
「リョウの方が可愛いから、仕方ないよな?」
それだけ言うと再び鋭い視線で恵麻ちゃんを捕らえた彼は
「お前も母親と同じようになる気配だし、古くさいスナックにもいられなくなるぞ。それに田舎っていうのは、狭くて噂が一気に広がるんだ……自分の働き口がなくて実感しただろ?よほど気をつけないとな。今、リョウが地元に帰っても‘おかえり、よく帰って来たな’それだけが一気に広がる。それはリョウ自身と佐藤のおっちゃんたちの人柄の賜物だ。だが、お前……もうすでに体売ってるのを、皆が知ってるぞ。好きでやってるんだろうが、一応忠告する。あんな地域で相手を探していたら、2日で皆が知ってる」
「…なっ……噂を信じるなんて、バカじゃないのっ?」
「バカなのは俺じゃない。お前とお前が相手した男たちだ。いくらでヤった、どこで約束できるとご丁寧に情報開示合戦らしいぞ。父さんも、俺と佳佑も地元で店やってるから、自転車に空気を入れてくれと店に寄る老若男女からいろいろ聞くからな。そろそろ耳が腐ってくると心配している。お前の家の前に5千円札持った男たちが列を作るのはやめてくれよ。うちに迷惑だから」
「…はっ……?家なんてあり得ないでしょ?」
「さあな?あの規模の地域じゃ、家の特定も難しくないよな?」
唇を震わせ、歯が音を立てているのではないかというほど顎をガクガクさせる恵麻ちゃんは、声を絞り出した。
「あんなとこっ…こっちから出て行ってやるっ!」
恵麻ちゃんが人混みに飲まれ見えなくなると、私はふーっ……と息を吐いた。
「リョウ?大丈夫か?」
手を握りしめて私の顔を覗き込んだ颯ちゃんに、ゆっくりと頷く。
「気持ち悪くない?」
「それは大丈夫…情報量が多すぎて……知らないことばかりで、びっくりしただけ」
「良かった……」
颯ちゃんはコツッ……と額を私の頭に落とすと
「リョウ…好き」
「へっ…?あっ…ありがと?」
「食べたい……」
「…食べ……る?」
「いい?」
「…ぇ…っと…リクエストに応える技術があるかは…不明……簡単なレシピのものでお願いします」
「リョウ」
「うん?」
「リョウ」
「うん、颯ちゃん、何?」
「…リョウを食う」
私の頭にゴリゴリと額を擦り付けた。
私を……
私の最寄り駅まで、二人はほとんど話さなかった。
改札を出て颯ちゃんが
「スーパーどこ?」
と聞くので教えると
「料理は今度楽しみにしてる。今日はすぐ食えるものを買って帰る…離れてる時間はないと思うから」
そう言い、彼は照れた笑顔を見せて私の手を引く。
本当にすぐに食べられるものと、私が買っておきたかったヨーグルトなどだけを買い部屋に戻ると4時だった。
「リョウ」
荷物を手から下ろすと同時に、彼の両腕に包み込まれる。
「リョウ…今日あのクソと一区切りだ……忘れることは出来なくても苦しくはならなかっただろ?」
「うん……」
「今までのリョウは終わった。今から新しいリョウな…俺と一緒に……俺のリョウだ」
「新しい私か……」
「そうだ」
少し腕を緩めた彼を見上げるとチュッ…チュッ…と唇を啄まれる。
髪を撫で、耳を撫でながら顔中に唇を落とした颯ちゃんは、ひょいっと私を抱き上げると
「ベッド行こうか…」
と歩き始めた。
「颯…ちゃ…ん…シャワーはしたい…新しい私は……シャワーしてからがいいっ」
彼の首にしがみつき伝えると、彼はベッドまで行かず洗面所に私を下ろしてくれた。
「リョウ、今日一緒に生まれ変わるぞ。俺、新しい食器洗って待ってるな」
コメント
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新しいリョウのはじまり✨ 俺のリョウ 一緒に生まれ変わる… ずっと昔からブレることのない颯ちゃんの深愛に感激🥹 『一緒に』この言葉に覚悟を感じるし、足並みを揃えて第一歩を踏み出す、待ってるでも追いかけるでもない。新しい食器を洗って待ってる颯ちゃん、あぁ〜胸が熱い❤️🔥 恵麻とはこれで終わったね…