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犬みたいな彼氏

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犬みたいな彼氏

1 - 犬みたいな彼氏

♥

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2024年10月07日

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犬みたいな彼氏





桃赤︎︎ ♀











※この作品は「猫みたいな彼女」の作品の

赤視点です。












赤視点








お風呂からあがると、そのしんとした静けさにぞっとした。



彼がいてくれているはずの家はがらんどうで、張り詰めていて、どこか不気味で、りうらはなんとなく察してしまう。



テーブルの上にはいつの日か彼がプレゼントしてくれたピアスがぽつんと置いてあって、インターフォンは滲むように点滅している。



ああ、たぶんバレちゃったんだろうな。



ピアスを手のひらに手繰り寄せてぎゅっと握りしめると、ひんやりとした金属特有の冷たさが伝わってきた。



彼のいない部屋はやっぱり静かで、どうしようもなく息苦しい。



「りうらも十分猫っぽいよ」



付き合う前、ないくんとは猫カフェでりうらのことを猫みたいだと愛おしそうに言った。



顔も、性格も、振る舞いも、猫みたいで思わず追いかけたくなるんだ、と。



彼からへのストレートな感情表現は、くすぐったいような、恥ずかしい感じがしたけれど、りうらも子供の頃から猫が好きだったから、悪い気はしなかった。



彼は大学のゼミで初めて出会ってから、ことあるごとに話しかけてくれて、りうらのことを褒めてくれて、飽きずに話題を振ってくれて、そういう君は犬みたいだよなあ、なんて思ったこともあったっけ。



りうらが反応を示すと嬉しそうに目を細めるところなんか、主人に尻尾をぶんぶん振っている柴犬みたいでちょっと可愛いと思った。



積極的でストレートなアプローチを受け続けて、正直少しいいなという気持ちが芽生えつつも、内心ずっと迷っていた。



元カレのことが、いつまでも忘れられないでいたからだ。



元カレにされた浮気は、今でも忘れられない。



証拠のために撮った彼と浮気相手のLINEのスクリーンショットは、未だに消すことができない。



でも、自分のことを傷つけたひどい人間だと頭ではわかっているのに、存在自体は心にこびりついたままだった。



ふたりで撮った写真も、連絡先も、いつになっても消せなかった。



浮気された事実と、それでも楽しかった思い出とが、激しく拮抗していた。



白状すると、ないくんと付き合ったのもこの人と付き合えば元カレの呪縛から解き放たれるかもしれないと思ったからだった。



ずるい考え方かもしれないけど、元カレとはまるで正反対の性格をしている彼と付き合えば、幸せになれると思ってしまったのだ。



ようやく元カレのことは忘れられる。



誰よりも信用できる人が現れた。



もう自分はひとりで抱えなくてよくなった。



ないくんの持つ温かさが、りうらのトラウマを溶かし込んでくれると思った。



でも結果的に、りうらは彼の優しさを利用することになる。



















『最近どう?元気してた?』



元カレからそのメッセージが届いたのが、ちょうどりうらが体調を崩してひとり部屋で寝込んでいた日だった。



ないくんは就職活動で関西へ飛んでいて、長らく会えていなかった。



優しいないくんのことだから伝えれば心配の電話をよこしてくれるかなとは思ったけれど、彼の就職活動の邪魔はしたくなくて、身体がしんどいことは伝えてなかった。



数か月振りの元カレからの連絡。



無視しなきゃと思いつつも、無意識に親指が動いた。



『ちょうど風邪ひいてたとこ。

というか、今なら何の用?』



『いやなんとなく連絡しただけなんだけど。

風邪引いてんの?なんか必要なもの持っていこうか、てかごめん持ってくわ』



『いや勝手に決めないで。

あんた自分が前したことわかってんの?

どういうつもり』



『それはごめん、だけど今はりうらのことが心配だから。

嫌だったら顔は合わせなくていいし、ドアノブに買ってきたやつだけ掛けとくから。

ポカリとか色々買ってくわ』



長文のメッセージが液晶でぼんやりと光る。



ああ、彼は昔からこういう人だったなと、どうしようもなく懐かしさが込み上げてきた。



こっちが離れようと頑張っているときに、なぜかタイミングよく連絡して来る人だった。



普段はふざけてるくせに、しんどきときは真摯に寄り添ってくれる人だった。



遠い距離を、すぐに埋めてくれる人だった。



ちゃらんぽらんで浮気症だけど、こういうところは、本当に好きだった。



ベッドの中で朦朧としていると、ほどなくインターフォンが鳴る。



重たい身体をなんとか起こして玄関へ向かう。



一目だけ見たら帰そう、わざわざ来てくれて助かったけど、もう大切な彼氏がいると、一言だけ伝えよう。



いつもより冷たいドアノブを捻ると、懐かしくて大好きだった顔が覗いた。



「大丈夫?熱はない?一応ポカリとプッチンプリンは買ってきたけどー。

プリン好きだったじゃんね、食べれるかな?」



ああ、りうらがプッチンプリン好きなの覚えててくれたんだ。



付き合ってた頃、プリンは柔らかい方が好みだって話したもんな。



そっか。



ダメなのにな。



風邪とは全く別の、遠くに置いてきたはずの温度がじんじんと身体を駆け巡る。



刹那、ないくんの顔が浮かんだけれど、すぐに消えた。



「……わざわざ来てくれてありがと。

時間あるなら、ちょっとだけ中入ってけば」

彼は、迷うことなく前もそうしたように、りうらの部屋に足を踏み入れる。



その後のことはよく覚えていない。



ただ懐かしい体温とシャンプーの香りが、ずっとずっと部屋に残っていて、冷蔵庫に入れ忘れたプリンには、ぬるくなった水滴がまとわりついていた。














それから、りうらが彼に会いに行くことは一切なかったけれど、彼がりうらの家に来るときは、拒むことはしなかった。



彼氏がいることもあえて伝えなかった。



互いに探り合うこともない関係性は楽で、次第に持っていたはずの罪悪感も薄れていった。














___りうらも十分猫っぽいよ




ないくんがくれた大切な宝物を、ひとりっきりの部屋で反芻してる。



たしかにその通りかもな、と思わず笑いが込み上げてきた。



たしかに、犬はとことん懐いた主人に一途だけど、猫は浮気性だよね。



遠い昔でも、1度擦りつけた匂いは猫は簡単には忘れられないんだよ。



握りしめていたピアスが、手のひらの体温を奪って熱を帯び始める。



インターフォンの点滅は止まらない。



ないくんになんて言い訳をしようか考えて、スマホを手に取ってから、無駄な足掻きはやめることにした。



なんて伝えようが、もう彼には届かない。



浮気されたときに余計な言葉を発せられても、言い訳を重ねられるほど、さらに傷つくだけだ。



そんなこと、誰よりもりうらが1番わかっていたはずなのに。



ピアスを耳元に持っていく。



鏡を見ながら、ゆっくりと皮膚の感触を確かめながら、針をぷすりと貫通させていく。



久しぶりだからか一瞬チクリと痛んだけど、痛みはすぐさま内側に熔けて、まるで最初から身体の1部だったかのようになじんだ。



なぜか、涙が出た。



これはピアスのせいだと、耳が痛かったからなんだと、自分に何度も言い聞かせてみたけれど、涙は止まらなかった。



部屋は、静かなままだった。













犬みたいな彼氏

𝑒𝑛𝑑





























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